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「なんとまあ、油断ならぬ王女じゃのう」
タマル女帝はとても嬉しそうに笑った。目が輝いている。獲物を見つけた獣のような眼差し。
ジェラルドめ、余計なことを。
盗賊騒ぎが落ち着いて、女帝とジェラルドが私の軟禁部屋にやって来ている。どうしてこうも次から次へと色んなことが起こるのだろう。
「グィネヴィアになにかしたら容赦しない」
「そのように愛らしい姿で凄むでないダーマッド。睨まれても可愛いだけじゃ」
まだ私は女装のままだ。ドレスとはなんと動きにくいものなのか。小股でしか歩けない。それに重い。頭の飾りも重い。女性は大変だ。
そういえばグィネヴィア王女はどちらかというとふんわり軽そうなシンプルなドレスが多かったし髪飾りも最低限だった。自身が美しいから着飾る必要がないのだと思っていたが身体機能を妨げないためなのだと今さらわかる。
騎士団の訓練場でも的確なダメ出しをされていたな。王女が剣や槍を使うからこそ私の至らない部分がわかるのに。なんでこんな簡単なことに気がつかなかったのだろう。あの可憐な姿からは誰も想像すらできないだろうが。
王女のことになると残念、というジェラルドの言葉の通りだ。王女が武術にも優れていることをジェラルドは知っていたのに。剣や槍どころではない、隠密は存在だけでなく技も秘匿されているがそれも習得している動きだった。
自分はグィネヴィア王女のことをほとんど知らないのかもしれない。一方的に重い想いを抱えて。王女が私に悪態ばかりつくのも仕方ない。女装などばれてはもっと嫌われてしまう……。
でも、グィネヴィア王女の新たに見えた一面に、より愛しさが増す。
王女というのは城の奥でそれは大切に囲われているものだと思い込んでいた。実際は私の想像など及ばないほどの努力を要求されていたのだ。
あの華奢な身体にかかる重責はいかほどだったのだろう。
守ってあげたい。一緒にその重い枷を背負いたい。
これ以上ないくらい愛していると思っていたのに、彼女のことを知れば知るほど好きになる。
「ダーマッド、聞いてる?」
ジェラルドが心配そうに私の顔を覗きこむ。見慣れてもキラキラが凄い。あと近い。
「これから辺境伯のところへ行くよ。ゾエ将軍とグィネヴィア王女もそっちに向かってるから」
「なんで?」
「ゾエ将軍がグィネヴィア王女の護送馬車から脱走したんだよ。やっぱり聞いてなかったね」
「あぁ、じゃあ青揃隊を拾いに行ったのか」
「……急にいつものダーマッドだ」ふふ、とジェラルドが笑う。「デレたりへこんだり機転利かせたり大変だね、さぁ出掛けるよ」
出掛ける、てピクニックじゃあるまいし。そんなに顔に出てただろうか?わりと無表情なほうなのだが。
「え?ちょっと待て、着替えさせろ」
「無理じゃダーマッド、時間がない。馬車の用意は出来ておる。さぁもう出るぞ」
「こんな格好じゃなにかあったときに困るだろう!」
女帝が珍しく驚いた顔だ。ジェラルドはむこうを向いて肩を震わせている。
「騎士道ロマンスではヒロインはおとなしく救出されるのを待っておったぞ?」
「私は騎士だ!」
誰がヒロインだふざけるな!
「今はヒロインじゃ。グィネヴィア卿の助けを待つ姫じゃな。騎士道ロマンスではな、助けを待つはずの姫が足掻くとより面倒が起こるものじゃ。頼むから拘束服を着ておとなしくしておれ」
面倒を起こしてる自覚がない人間に言われたくない!




