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「……抱き締めあって、おぬしら一体何をしておる?」
部屋に入って来た女帝が目をまんまるにしている。
「あぁ~やっぱり触ると硬い。こんなに可愛いのになんか切ない。あ、ほっぺはやらかい」
「やめろ、触るな気持ち悪い」
頬擦りするなエロ王子。
残念そうな顔でジェラルドが私から離れた。侍女たちがまだ側でかつらやドレスの仕上げをしていてジェラルドを殴ることが出来ない。くそ。
「やっぱり、思った通り可愛いのうダーマッド!ジェラルドと並ぶと美男美女じゃ。眼福眼福。ハーラよ、さすがの腕前じゃのう」
「ダーマッド様がもともと美しくございましたので」
ハーラと呼ばれた侍女は大満足といった笑顔で鼻息荒く答えた。握り拳が達成感をアピールしている。
「陛下、とても愉しゅうございました!素晴らしい素材です!もっと色々着せたいです!」
「すっきりした顔立ちなのできっと極東風の衣装もお似合いになりますわ!先程の黒い服もとても素敵でしたけども」
さっきまで真顔で任務に就いていた他の侍女たちも興奮した様子で宮廷貴婦人のようにかしましい。私はおもちゃじゃない。
賑わいに人が集まってきた。銀獅子隊も扉から部屋を覗き込んでいる。
「おぉ美女がおるぞ」
「愛らしいのう。どこぞのご令嬢かのう?はて、なんか見たことあるような」
うるさい。誰が令嬢だ。
「……あれは、あれじゃねーか?女神様じゃ」
「あっほんまじゃ!女神様じゃ!」
女神様だ女神様だと今度は銀獅子隊の騎士たちが騒ぎだした。誰が女神だふざけるな。
「なんじゃ女神というのは?」
「タマル女帝陛下、あれですわほら、冬の国境戦でわしらを助けてくださった女神様」
はぁ?隣国とのこの前の戦のことか?
「ほら、わしらを鬼畜の司令官から救ってくださった女神様」
「なんかそのようなことを申しておったのう、そういえば」
タマル女帝がぽんっと手を叩いてうんうんと頷いた。
「何ですか?女神って。美人の話なら僕にも聞かせて」
ジェラルドが目を輝かせて女帝と銀獅子隊の話に割り込む。
「前の戦に我が銀獅子隊を使わせたのは、もうおぬしらにはバレておろう?その時の司令官が鬼のように恐ろしいとの噂が回って来てな。たしか若い、まだ名を知られてない王宮騎士だとかで。それくらいでは銀獅子隊は怯まぬが」
は?司令官……私だ。なんで鬼畜?
「あれは月の明るい夜でねぇ」
銀獅子隊が口々に語り始めた。
「陽が落ちて、寝る頃じゃったかねぇ。わしらの夜営に差し入れゆーてそれはそれは綺麗なおなごが食べ物やら毛布やら持ってきてくれたんよ。酒もあったけどわしら、ほら、飲まんけえねぇ」
あー……あれだ。
「別嬪さん一人じゃったけぇわしらも全く警戒せんでねぇ。酒は飲まんのんよ、でもありがとねぇゆーたらその別嬪さん、急に棒切れで起きとる当番の兵士を片っ端から殴って気絶させよーったんよ。物凄いスピードで誰も抵抗する間ものーてね」
帝国は禁酒なのを忘れてたんだよなぁ。せっかく眠り薬仕込んだのに。
「全然女神じゃないじゃん。むしろ攻撃してるじゃん。鬼女じゃん」
「黙れジェラルド」
「わしら気付いたらもうぐるぐるに拘束されとってねぇ。あっちの、いやこの国か、騎士どもに身許を吐けぇ言われたんじゃけど、ほら、秘密で来とるけ言えんじゃろ?そんで女神様が言うにはわしらからは身代金とれんけんこのままじゃ全員この場で殺されてしまうゆーてねぇ」
「でもそれは困るけぇ夜が明けんうちに、上部に気付かれんうちに乗って来た船でこっそり帰りぃーゆーてくれたんよ。私がなんとかするけぇゆーて。上部ゆーたらあれじゃね、鬼畜司令官からわしらを逃してくれたんよ」
私じゃない、せこい地方領主どものことだ。
「ほんま見たことないくらいに綺麗な、ふんわり優しい顔した別嬪さんでねぇ。皆で女神様じゃゆーてときめいたのぉ。あんたぁそっくりじゃわ。てゆーか本人じゃろ?やっぱり陛下の知り合いじゃったけ助けてくれたんじゃねぇ」
「…………」
ジェラルドとタマル女帝が私をじっと見る。目線を合わせないように逸らす。
「あんたぁ命の恩人じゃけぇね」
「わしらあんたのためならなんでもするけぇほんま」
「死ぬまでにもう一回女神様を拝みたい思うとったんよ。ほんま綺麗じゃねぇ」
銀獅子隊が私を囲って涙目で拝み始めた。やめろ。
ジェラルドが肩を震わせて笑っている。タマル女帝は口元を覆ってぷるぷるとしている。
「なんだよ嫌がったわりにもう経験済みじゃん、女装。ねぇ女神様」
単身夜営に忍び込む、と言ったら何故か辺境伯の奥方が張り切って女装させたのだ。敵を油断させて欺く、とかなんとか言って。恐ろしくて鏡は見てない。
結局全員ぶっ叩いて気絶させたから全然必要なかったのだが。
「なんじゃ、おぬしがあの件の女神様か。美女が棒切れで銀獅子隊を気絶させるなどおかしなことじゃと思うておったが……納得じゃ。礼をせねばならんのう。盛大にもてなさせてくれ、妾の宮殿で。ほんに、ほんに愛いやつじゃのう」
女帝が乙女のように頬を両手で押さえてうるうると私を見つめる。銀獅子隊がはて?と不思議そうな面持ちで私と女帝を交互に見る。
「いや、礼もなにもそもそもの発端はあなたでしょうタマル女帝陛下」
「介入をなかったことにしてくれたのじゃろう?そういう機転の良さが好きじゃ。愛してるぞダーマッド」
溜息がでる。女帝との会話を聞いて銀獅子隊が目玉が溢れ落ちそうなほど驚愕している。
「なんと!ダーマッド殿じゃあ!?」
「嘘じゃろう?こんな別嬪さんが??男??ありえんのう!」
ああもう、うるさい。
「なんでもしてくれるっていうなら今すぐ解放してくれ」
グィネヴィア王女の可憐な姿に癒されたい。




