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「ねぇ、それ毎日やってるの?今やらないと駄目?しんどくない?」


 ジェラルド王子がうんざりといった声音でぶつくさ言っている。


「いえ、別に。暇なので」


 なんで腕立て伏せごときで文句を言われねばならないのだろう。この極彩色の部屋に軟禁されて身体が鈍りそうだ。狭いスペースでもできる鍛練といえば筋トレだろう。



「暇、てさぁ。その親指どうなってるの?ねぇ!ちょっと、親指一本で腕立て伏せって出来るものなの?」


 側に立っている護衛にまで飛び火した。護衛は首をふるふると横に振ると拘わりたくなさそうに真顔で扉の方に向かう。


「やってみたら如何です?簡単ですよ?」


「……いや、普通に手のひらででも多分出来ない」


「それは軟弱すぎじゃジェラルド」




 護衛が扉を開けるとタマル女帝が部屋に入ってきた。女帝直々にお茶を持って来てくれたようだ。私には冷やしたお茶。女帝なのに意外と気が利く。




「妾もな、女帝として少しは鍛練しておるから分かるが、親指で腕立て伏せは凄いと思うぞ。今さらダーマッドが何しようともう驚かぬがな」


「驚かせてるつもりは毛頭ないのですが」


「おぬしがそうやって何かする度に益々惚れるだけじゃ。ほんに男前じゃのうダーマッド。その汗を拭ってあげたくなる」


 やめろ。気が利くとか思ったの撤回。慌てて腕立て伏せをやめて自分で身体を拭う。


 タマル女帝は何かと私の身体を触ろうとするので身の危険を感じる。私は王女以外の女性など無理だ。勘弁してほしい。



「ふふ、嫌そうな顔をするでない。でもそうやって眉を顰めてるのも……」


 可愛い、と言いかけて口元を手で押さえる。顔がにやにやしているのまでは抑えられないようだ。


 私が何をしても可愛いらしい。腹立たしいがなんとなくその感じは分かる。


 グィネヴィア王女がどんなに悪態をついても可愛いのと多分同じなのだろう。いや、同じか?王女は現実に誰が見ても可愛いが私は平凡な地味男だぞ?可愛い要素ゼロだ。全然同じじゃない。


「ダーマッド、おぬしの着ておった服を洗い浄めておいたぞ。泥だらけじゃったからのう。着てみてくれぬか?」


「は?今?なんで?」

 暇があれば、というよりも基本的に暇なのではなかろうか?ジェラルド王子とタマル女帝はしょっちゅう私の軟禁部屋に来てはくだらないことを言っている。


「泥だらけ姿しか見てないのじゃ。騎士服であろう?これを着たダーマッドが見たいのじゃ」


「……ほんと好きですね、騎士道ロマンス」


「騎士道ロマンスも好きじゃがダーマッドのほうがより好きじゃ」


「そんなにはっきりと言われると冗談にしか聞こえないですよ」


 全くときめきもしない。


「え?それはお国柄か?」

 今度はジェラルド王子が眉を顰める。女帝は無反応。


「あれか、もしかして僕は王女に素直に愛の告白をしてきたけどまさか全部冗談に捉えられていたとか?なんか反応薄かったのってそのせい?」


「ああ、言ってましたね。美の女神のように美しいだの君は僕の「わあああああ」


 ジェラルド王子が耳を塞ぐ。


「傷抉るのやめて」


 涙目だ。可哀想だからやめるか、なんて思わない。王女にベタベタしやがって。くそ。



「いいからこれ、ダーマッドの服をもて」


「はいはいこれかいのう?」


 銀獅子隊のひとりが私の騎士服を持って来た。


「前から思ってたけど、公用語……」


 西国訛りが凄い。銀獅子隊は女帝陛下の近衛だけあって容姿の良い帝国騎士ばかりだが全員この公用語を使っている。なんでだ。


「女帝陛下のゆーとるんとおんなしのにしてくれゆーたんよセンセエに。同じじゃろ?」


「……あぁ」


 ジェラルドもぽすんと拳を叩いた。



「ダーマッド!はようこれを着ておくれ」


「はいはい」


「きゃあああああぁぁぁぁ!」


 今着せられているゆったりとした部屋着をばさっと脱ぐとタマル女帝が顔を手で押さえて喚いた。


「き、急にこここ、ここで脱ぐでない!妾は出ているから着替えたら呼ぶのじゃ!」

 顔を押さえたまま足早に部屋を出る。


「……なんだ?」


「意外に初心、なのかな?」


 ジェラルド王子も不思議そうだ。


 そういえば前に、暑くてシャツの前を開けていたらグィネヴィア王女が文句を言いにきたな。近付いたら悲鳴をあげて逃げてった。なんか私の身体ってそんなに見るに耐えないものなんだろうか?






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