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夜明けにガラン侯爵邸、城塞の外庭に守備隊と馬車が用意されている。わたくし用と捕虜用に馬車が二輛。
正直面倒臭いのでそのまま出立してしまいたいのを堪えて捕虜に挨拶だけはしておく。
「グィネヴィアです。はじめましてゾエ殿」
「……お初にお目にかかります。グィネヴィア王女殿下」
捕虜用の外から鍵の掛かる馬車の中でゾエ将軍は軽く拘束されている。
ドルシア家という教皇を輩出するような、大陸でも有数の家系の出自である彼は貴族の矜持は崩さないまま、少し横柄な感じはするが恭しく手を胸に添えて上半身だけで礼と取った。大貴族の彼は捕虜とはいえ丁重に扱われている。
わたくしの姿に驚きの色がその目に浮かぶ。
「今日は国に帰れると聞いておりましたが?」
何故王女がここに?という疑問の表情だ。
聞いてはいたがハンサム、三十代半ばのはずだが若々しい。甘い顔立ちに長身、服の上からも分かる筋肉のついた立派な体格。虜囚生活のためか少しやつれているがそれが妙に色気がある。
若い頃にかなりやんちゃをしていたらしいが今でも相当モテているのだろう。わたくしを初めて見る男性は大概まともな会話に移行するのに暫し掛かるがそれがない。モテ男の余裕なのか。
ゾエ将軍はわたくしを舐め回すように上から下まで見ると笑みを浮かべて返事を待っている。
「ゾエ殿、あなたへの身代金はまだ支払われておりません」
「でしょうな。金策が早すぎます。一体なんの取引ですかな?」
ゾエ将軍のように大貴族の出自ともなると身代金は莫大な額面だ。通常支払われるまで何年も掛かることもある。放免されるには身代金が支払われるか何かの取引に利用されるかだ。
「わたくしの婚約者が捕らわれているのです。ゾエ殿との交換を要求されています」
「グィネヴィア王女殿下の婚約者?ジェラルド王子とはたしか破談されたはずですね。新たな婚約者殿はどなたですか?」
「ガラン侯爵子息のダーマッドです」
甘いマスクがあからさまにうへぇ……と歪む。え、それどんなリアクション?そんな素が出るほど一体何が?
「ダーマッドが何か?」
「いえ、まぁ、それなりに」
それなりに、何?ゾエ将軍が捕らわれたことで戦争は終結している。彼の家柄を考えても拷問などはされてない。そもそもダーマッドが隣国の将軍に非礼を働くはずがない。真っ当に戦場で対峙しただけでそんな表情になるものだろうか。
「いや、まてよ?あいつが捕らわれたってどうやってです?」
有り得ない、とやはり素で驚いている。よくこんなんで将軍とか務まりますね、ていうかダーマッド、彼に何をした?
何ヵ月も囚われているゾエ将軍からたいした情報は引き出せないと思っていたが予想外の方向に駄々漏れしている。これは詳しく掘り下げねば……
「ジェラルドに誘きだされたのです。五十くらいの騎兵と三十くらいの歩兵とに囲まれて連れ去られたとか」
ふーん、とゾエ将軍が思考を巡らせている。にやにやとしているのを隠そうともしない。ゾエ将軍は嬉しそうだ。ダーマッドに捕らわれて憎らしいことはわかるが。
「湾曲した剣を使う騎兵だったのでは?」
あ、やはりそうか。まともな情報に、自分が横道に逸れていたことを反省する。こほん。
「帝国とジェラルドと、どんなつながりが?」
「私も詳しくは聞いておりませんので。そろそろ出立する頃では?身柄を引き渡しする国境までは遠く数日かかるのでしょう?守備隊が待っている様子ですよグィネヴィア王女殿下」
これ以上は口を割る気はありませんとばかりにゾエ将軍はにっこりした。




