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「グィネヴィア、本当に行くつもりなのか……」
「お兄様?」
侯爵邸で出立の準備をしていると兄のエセルレッド王子がやって来た。頼んだ物を運んでくれたようだ。長持ちを抱えるのを手伝う侍従と一緒に。まさか兄がそのような雑事をしてくれるとは思ってもいなかった。
「まったくお前は。止めても聞かないだろうから面倒なことはしない。でも愚痴くらいは言わせてくれ。くれぐれも王女らしく振る舞うのだぞ。あと……ありがとうな」
専ら騎士団の仕事でめったに顔を合わせることはないが兄なりにわたくしのことを大切にしてくれている。わたくしよりもダーマッドと一緒にいることのほうが多いだろう。兄にとっては無二の親友で大事な同僚だ。うらやましい。
「シャルロッテも心配だろう?君の大事な幼馴染みが捕らわれているのだから」
一緒に準備をしてくれている伯爵令嬢のシャルロッテにも声を掛ける。ダーマッド伝いで顔見知りなのか。
「はい……エセル様、あの……」
「君が行くことは許さないよシャーリー。グィネヴィアに任せておけば大丈夫だ。ここで待ってなさい」
え?付いてくるつもりだったのか?
シャルロッテは驚いて一瞬兄を見ると唇を噛んで下を向いた。どちらかというと軽いノリの温和な兄がいつになく真剣な面持ちで怒っている様子。これは何も言えまい。
ダーマッドが心配なのはわかるがこんな可愛らしい、可憐な令嬢にはとても行かせられない。
わたくしなどより彼女が来るほうがダーマッドは喜ぶのかもしれないけど。
胸がずきりと痛む。
「任せて大丈夫、というよりはやり過ぎないか心配しているのだが。面倒な指名をしてくれるよなまったく」
「まぁお兄様。ちゃんとお兄様の親友を取り返して参りますわ。王女らしく」
「お前と母上のいう王女らしい、は……まあいい、父上が散々言ってもどうにもならなかったのだから」
持って来た長持ちを指先でトントンしながら兄が呆れ顔でなにやらぶつぶつと呟く。うん、聞こえません。
「明朝こちらにゾエ将軍を連れてくる。それまで待機。戻ってきた守備隊の話では五十くらい手練れの騎兵がいたそうだからこちらも五十、騎士団から選んで連れて行く」
「そのように大袈裟にすると移動が大変ですわお兄様。指定場所の国境までは遠いですし。護衛に守備隊から二十もいれば大丈夫です。我が王国内ですし人質交換に行くのですから威嚇するような真似は好ましくありません」
お前がそれを言うか、とでも言いたそうにじろりとわたくしを睨み付ける兄をシャルロッテが不思議そうな面持ちで見つめている。
長持ちを開けて中を確認する。思わずにやりとしてしまった。文句は言うが優しい兄だ。
「お兄様!ありがとうございます。恩に着ますわ!」
「本当に無茶をするなよ。あと、ゾエ将軍には気を付けろ」
大好きなひとと結婚できるのにどうしてこうも邪魔が入るのか。ため息がでる。
夢見ることも叶わなかったはずのこの結婚。
結婚が決まってからダーマッドに初めて触れた。
初めて見る怒った顔、初めて聴く荒々しい声、見た目よりも逞しい身体、優しく抱き上げてくれる力強い腕……
捨てたはずの思いがこれまで以上に溢れかえる。
もう、なにがなんでも、ダーマッドがどう思っていようと、わたくしは彼と結婚するのだ。
さぁ、愛しの婚約者を全力で取り返しに行こう。
年末年始は更新をお休みします。
よいお年を。




