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「恐ろしい男じゃ」
ダーマッドの客室から出て、居間に向かう途中タマル女帝が嬉しそうに呟いた。
「殺す気がない、とさらりと言うたがその気があれば全滅させておったということか。我が帝国でも選び抜かれた騎士からなる銀獅子隊が。その中でも今回の旅にはさらに選りすぐりだけを連れてきていたのだが。あのように愛らしい見た目なのに恐ろしいことじゃのう」
「へぇ、まっこと面目ねぇ。わしらではとても敵わねぇ手強えぇ騎士殿でしてのう」
女帝の側で護衛に付く、銀獅子隊の無事だったひとりが応える。
女帝と同じで公用語がなにやらおかしい。辺境訛りの言葉を習ってしまったようだ。
「結局、剣でも槍でものうて刺叉で捕らえたのであろう?あの、猛獣を生け捕る時に使うとかいう」
「万一を考えて歩兵に持っとけいうたんですわ、まさか使いやしねえと……帝国でもありゃあライオンとかゴリラにしか使わんですけぇのぉ。殺すないわれたけぇしゃーない。一応持っといてよかった思うたですわぁ。刺叉も五、六本で押さえ込んでやっとじゃったけぇねぇ」
二人の会話は無理に公用語でなくてもいいのに、と思う。なんか大変さが伝わらない。異国の見慣れない服装でも立派だとわかる風采の男前と煌びやかで妖艶な美女のやりとりに、口元が弛むのを必死に堪える。
しかし気に入らない。あのダーマッドという、侯爵の子息だったか。
次期将軍とも言っていたな。世襲ならそれほど実力はないのかと思っていた。タマル女帝をすぐに見抜いた辺り見たままののんびりとした凡庸な男ではないのかもしれない。
可憐なグィネヴィアがいつも彼には悪態をついていた。とても嫌っているというか馬鹿にしているような印象だった。他の令嬢たちも彼のことは小馬鹿にしている様子で、きっとなにか残念な男なのだろうと思っていた。
男の僕から見る分にはとくに取り立てて何かいうところのない、おとなしそうな少年、という感じ。顔立ちは整っているし、なんならとても温和で優しそうだし。女性にそこまで嫌われているのが不思議だった。彼が通りかかると女官や令嬢たちがちらちらと横目でヒソヒソと陰口を言っているようだった。
それがどうして僕との婚約が破談になったあとグィネヴィアがダーマッドと結婚することになったのか。婚約期間も短く結婚式は再来週というのだから何か深い事情があって嫌がるグィネヴィアに結婚を強いているとしか思えない。
タマル女帝はダーマッドにいちばん良い客室をあてがっている。なんでだ。しっかりと施錠してあるが逃げ出すとこちらに来る王女に何するかわからんぞ、と女帝が脅していたからおとなしくしているだろう。
「ゾエ将軍を残して置いて正解じゃったのう」
居間に相当する豪華な部屋で女帝がお茶を飲む。ミントがたっぷり入った甘い熱い緑茶だ。僕は葡萄酒をもらった。帝国では宗教上飲酒は禁止されているらしいから後宮に入れば飲めなくなるかと思ったら別に改宗の必要はないから大丈夫だと言われた。領土が広い分、各民族の風習には鷹揚なようだ。
「ゾエを救出する目的はなんなの?彼も格好良いから後宮に連れて行くつもり?」
「いや、あれは妾の好みではない。年齢もだいぶ上であるし妻帯者じゃ」
ゾエ将軍は甘い顔立ちの所謂ハンサムで若い頃は相当浮き名を流していたらしい。残虐非道で有名なドルシア家の出身で、何故か我が国を気に入って将軍職におさまっているがいつ裏切ってもおかしくない、ギラギラとした野望が垣間見えるような男だ。父上は知らないが僕は信頼していない。将軍職もドルシア家からのゴリ押しだろう。
「当初はゾエ将軍を手土産にジェラルド、おぬしを帝国に連れて行く引き換えにするつもりであった。妾とてまさか一国の王子を無理矢理拐うようなことはせぬぞ」
「グィネヴィアは拐ったじゃないか」
「あれは茶番じゃ。グィネヴィアを拐うことでおぬしは両国で取扱いに困る問題児となる。妾が帝国に連れ帰るのに反対されることがなくなるじゃろう?それでも吝嗇家で有名なこの国の王はむざむざと手放しはせぬであろう。妾が身代金を払っても良いがそれは面白くない。だから脱走させたのじゃ」
「僕が国で要らない子になったってこと?」
「珍しく察しがよいの。そうじゃ。ゆえにゾエ将軍は、ううむ、結婚の支度金代わりかのう?身代金とて馬鹿にならんじゃろう?青揃隊まで捕らわれておるのだから」
タマル女帝は楽しい算段ににやにやを抑えられないようだ。美人ではあるがいつも何を考えてるのかさっぱりわからない彼女がこんなにも表情に出すのは珍しい。異国の顔立ち故に表情が分かりにくいのかと思っていたが違うようだ。
そんなにダーマッドが気に入ったのか……。
グィネヴィアのこともとても気に入っていたようだ。男であれば正妃に、と言っていたが連れ帰って女官にでもするつもりなのではなかろうか。




