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にわかに騒がしくなったガラン侯爵邸でわたしは走り回っている。
アリーと呼ばれる侍女が荷物を抱えて侯爵邸に入ってきた。彼女を出迎えて、そのまま新たな旅立ちの準備をわたしと一緒にしてもらっている。
てきぱきとしていて、さすが王女付きの侍女は違うと感心する。しかもとても優しく人当たりがいい。明るい性格だ。こんな時にはなんだか救われる。
「シャルロッテ様、ダーマッド様の着替えはこちらでいいですか?」
「はい、アリーさん。念のため下着は多く入れておきましょうか」
大怪我などしていないだろうか?辛い思いをしていないだろうか?いや、こんな事態なのだ、無事だと思うのは楽観過ぎるだろう……命に別状はないだろうか?
ダーマッドのことを思うと胸が苦しい。
ダーマッドが危ない、というグィネヴィア王女に最初は何を言ってるのだろうか?と全くその思考回路についていけなかった。
王女の身が危ないから、こうしてお守りするために侯爵邸に来てもらっているのに。
ダーマッドから散々王女のことを聞かされていなければ落ち着かせて塔に閉じ込めてしまっていただろう。
幼馴染みの彼も急に飛躍した答えをパッと言うのによくついて行けなかった。
しかもどうしてそういう答えに至ったのかを説明するのを面倒くさがるので周囲が理解できないのだ。
一瞬で答えが出ることを数分かけて他人に説明するのはたしかに骨が折れることなのだろう。
ダーマッドの、元々そういうところがあったのが王女と出会ってからより顕著になった。
父親のガラン侯爵は王女のおかげで頭が良くなって助かる、と言っていたが地頭が良いのだと思う。直感的に見えるがけして論理的な筋道を省略しているのではなさそうだ。
いつもかなり経ってからダーマッドの言っていたことが合っていると気が付くので、同じような話し方の王女のことをスルーするのは躊躇われた。
似た者夫婦だなぁ……結婚式はまだだけど。
念のため召し使いに、ガラン侯爵への伝言を頼んだのと同時くらいに侯爵が帰って来る。
王女の部屋の扉を開けて驚いた。息子と同じで、将軍といっても普段はおっとりしている侯爵が見たことないくらい取り乱している。あわてて王女へと取り次いだ。
侯爵が説明をどう伝えるべきか言い淀んでいると、またも王女が不可思議な、突拍子もないことを言い始めた。
は?ゾエ将軍とダーマッドを引き換え?使いに王女?
ポカンと呆けてしまった。
しかし床に崩れ落ちる侯爵を見て愕然とする。頭が追い付かないが王女の言う通りで合ってるようだ。
しかも自ら行く、と。断っても誰も物申さないどころか止める人のほうが多いだろうに。ゾエ将軍を送り届けるために、あのように可憐な姫君を危険に晒すなど誰も望まない。守備隊で充分だ。
救われるダーマッドがきっといちばん嫌がるだろう。
その王女の出立の準備を、このまま侯爵邸ですることになって今日はとても忙しい。
王女を守ろうとしたダーマッドの気持ちを考えるとすんなりと送り出して良いのだろうかと困惑しながら、突然捕らわれた彼の分の荷物を用意する。
わたしは物心付いた頃にはダーマッドの婚約者だった。
これは本当に政略と言うよりも穏和に暮らすための方便としての婚約で実際に結婚する必要はないのだと端から親に言われていた。
しかし、両親同士の仲がよく領館が近いこともありお互い泊まり合うことが多くわたしとダーマッドは兄妹のように育った。
身近にいた異性が彼だったから、という簡単な理由だがわたしの初恋のお相手はダーマッド。
ふたつ年上のおっとりと優しくていざというときは頼りになる彼のことがとても好きだった。
でも年頃になって改めて周りを見てもダーマッドがやはりいちばん素敵な男の子で、わたしはそのままダーマッドと結婚したい、するだろうと思っていた。
そうなることに全く疑いを持っていなかった。




