15
「殺すのではなかったのか?」
不穏な発言だな。男にしては澄んだ綺麗な、聞き覚えのある声。
「黙れジェラルド。そんな約束はしておらぬ」
「なんでこんな男をこのように…」
「黙れと言っておろう」
どうやら自分を殺すつもりはないらしい。
少し頭がずきずきと痛むがどうと言うことはない。随分と手加減して殴ってくれたようだ。それにとても気持ちの良い清潔なシーツの掛かった布団……。
ジェラルド王子はやはり使われただけのようだ。自分を誘きだすために。まんまと嵌められた。王子もそうなのだろうが。
「ジェラルド、おぬしがうるさいから目を覚ましてしまったではないか」
目を開けると美しい顔がこちらを見下ろしている。辺りはほんのりとランプに照らされて明るい。
二十代半ばだろうか、派手な化粧を施した見慣れない顔立ちの女性が私の額に手を置いている。華やかな美人だ。全く好みではないが。
「気分はどうじゃ?ダーマッドとやら」
「……」
何を言えと?
ずいぶん古めかしい喋り方だ。古典の書物のよう。発音はおかしくないが現代公用語ではなく古文を教わってしまったのだろう。
きちんとしたベッドに寝かされて介抱されている。あの軽装騎兵たちに捕まって、石牢にでも繋がれているかと思ったが。
周りを目だけで見回すと派手な彩りに驚く。
ベッドは極彩色の織物をかけられた天蓋のある豪華なものだ。この部屋も調度品も、王宮と遜色ないどころか派手な色使いできらびやか。ランプにも色とりどりの硝子が使われ妖しく空間を照らし出す。
「ここは妾が用意した隠れ家じゃ。急拵えにしては、まぁまぁじゃな」
「……なんのご用でしょうか?タマル女帝陛下」
私の額をさわさわと撫でながら、派手な美人がニヤリと楽しそうに口角を上げる。女性に馴れ馴れしく触られるのは意外と不愉快なものなのだな。
「そう急ぐでない、男は余裕があるほうが格好良いぞ?」
「……そもそも格好良くないので大丈夫です」
「可笑しなことを。世界一の美姫と名高いグィネヴィア王女から溺愛されておると聞いたぞ?すけこましじゃのう」
「すけこましは意味が違いますね」
「じゃあいろおとこ、だったかのう?」
「全っ然違います。公用語の教師を替えることをお勧めします」
グィネヴィア王女から溺愛って、どんな噂だ。真逆だろう!
でもジェラルド王子の手前それは言いたくない。
「ふむ、公用語は騎士道ロマンスを読み漁って独学で覚えたのじゃ。現代語とはたしかにちょっと違うようじゃのう」
「いつまでこの呑気な会話が続きますかね?」
「だから焦るでない、ダーマッドよ。男前が台無しじゃ」
タマル女帝はケラケラと高笑いしている。誰が男前だ。誰もが認める地味顔だ。嫌みにも程がある。早く目的を言え。
グィネヴィア王女になら何を言われても腹が立つどころか可愛すぎてにやけるのを抑えるので大変なのに。
「騎士道ロマンスに出てくるような麗しの騎士に憧れてのう。そういう騎士を妾の後宮に入れるべくいい男を自分で集めに来ておるのじゃ」
「そういったことは普通役人がするのでは?」
は?後宮?男が?
アーリヤ帝国は帝が多くの女性を後宮に入れて妃としていると聞いたことは、ある。女帝ならそれが男になるのか。へぇ。
いや、色々とおかしいだろう!話の筋が!なぜ今その話をされねばならない?
突然の思いつきもしない展開に面喰らう。
「こればっかりは女帝というは面倒なものでな。後宮は帝国の決まりごととはいえ女にはどうしても生理的に受け付けぬ男が意外と多くてのう。男と違って綺麗どころなら何でも良い、という訳にはゆかぬのじゃ」
「あぁ、だからジェラルド王子を」
ジェラルド王子は顔だけは国宝級だ。
あ、殿下が抜けた。まぁいいか。うちの王族ではないし。グィネヴィア王女の兄の王子にもいつも抜けてしまうけど気付いてないしジェラルド王子もきっと大丈夫だろう。
「僕のこと、どうせ顔だけは国宝級、とか思ってるんだろう?」
ジェラルド王子が拗ねた顔で私を睨む。本当に綺麗な顔だ。敬称が抜けても全然気付きもしない。
「ほんにジェラルドは顔だけは最高に良い」
タマル女帝がうむ、と満足そうに頷く。
「ジェラルドが愛しているという、世界一の美姫を一目見ておこうと興味が湧いてのう。それでおぬしの大事な婚約者を拐ったのじゃ。申し訳なかったのう」
「そんな理由で……」
絶句。
怒りが頭を突き抜ける。こんなにも腹の立つことってあるのか。
「グィネヴィア王女は誠にこれまで見た女性の中で最も美しかった。妾が男ならば正妃にと望んだであろうな。王女がこれと愛し合っておるのであればジェラルドを後宮に入れるのは諦めよう、ということで賭けをしたのじゃが。ご存知の通り結果は妾の勝ちじゃ」
「グィネヴィアは僕のことを愛していると言ってくれた!」
「面倒臭くて話を合わせただけじゃ、あれは」
こんなことのためにグィネヴィア王女を拐ったなんて。
許せない、そう思っていると女帝がさらに素っ頓狂なことを言い始めた。
「グィネヴィア王女の美しさに感動したあとは、王女の愛する男というのはどんな奴なのか、これまた興味が湧いてのう」
私の顔をまじまじと見つめるな。やめてくれ……
「気に入った。気に入ったぞダーマッド。妾の後宮に入るがよい」




