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「グィネヴィア王女殿下、ご気分はいかがでしょうか?食事はお口に合いましたか?」
「とても美味しかったわシャルロッテ。お気遣いありがとう。」
暖炉が明るく燃える暖かい部屋でシャルロッテがお茶を淹れてくれている。
あの暗い螺旋階段を見たときには不安しかなかったがこの部屋は王宮の自室と変わらないくらい居心地が良い。ダーマッドの短い言葉から察するに彼女が整えてくれたのだろう。
ダーマッドが出て行ってすぐにシャルロッテが色々と説明してくれようとしたが断った。というか無理だった。
何も言わずに彼が部屋を出て行ったことに思いの外衝撃を受けたようだ。それまでの浮かれた気分から一転、身体が震えるほど気が動転してしまいそれどころではなかったのだ。
召し使いにベッドまで運んでもらい気を失うように眠った。目が覚めると夜食が用意されていた。今は真夜中だろうか。
眠れたおかげで少し落ち着き、温かいスープを食べた。これは本当に優しい味で美味しくて元気がでた。ダーマッドも食べているものだろうか、とか昼間にパンを半分こにしたことを思い出してにやけたり悲しくなったりしてるところにシャルロッテが入ってきたのだ。
そろそろ覚悟を決めて説明とやらを聞かねばならない。
「わたしもどこから説明していいのかちょっと……。ダーマッドがどこまで話しても構わないと思っているのかわからないので。余計なことを言うと後で怒られてしまいますし」
硝子のカップが乗ったトレイをわたくしのベッドに置く。薬草茶のようだ。カモミールと生姜の香りに癒されるはずなのだがやはり彼女を前にすると落ち着かない。
ダーマッドと気安く名前を呼ぶのは……幼馴染みだから仕方のないことだが嫉妬を抑えて平気な顔を取り繕うのは、辛い。
「ダーマッドにはグィネヴィア王女殿下と仲良くするように、と言われているのです。王城では何度かお会いしてますが改めてよろしくお願いしますね」
ふわふわの金髪が暖炉の火に明るくきらめく。愛らしい美貌でにこりと微笑むが少し表情が硬いようだ。
シャルロッテはダーマッドの幼馴染みで婚約者だった伯爵令嬢。
婚約は破棄したとダーマッドが言っていたがその辺りの経緯を深くは聞いてない。こわくて訊けない。
とりあえず、自分は『客』であり、彼女がわたくしをもてなしてくれている。
どうして彼女は婚約破棄した今でも、まるで女主人のようにこの侯爵邸にいるのだろう?
ダーマッドの妻になるのはわたくしなのに。
国王から行き遅れそうな王女を押し付けられたから、愛する婚約者とは破談になったけれど愛妾として迎えよう……とか?
本妻に苛められては可哀想だから仲良くしてもらおう、とか?どんだけ穏和なんだダーマッド?気配りの方向間違ってない?
さすがにそこまでクズではないだろうが……一度不安に嵌まると疑惑の自動思考が止まらなくなる。ダーマッドのこととなると全く何もまともに考えられない自分が嫌になる。
わたくしがどんなに頑張って可愛いこぶって、愛想を振り撒いてもダーマッドが固まるだけなのはやっぱりシャルロッテがいるからなのかしら。きっとわたくしではダメなのね……
はぁ、ダーマッドの元婚約者からいったい何の説明をされるのだろう?
「今、こうしてグィネヴィア王女殿下をガラン侯爵の家に迎えているということは、王城に異変があってお守りしたいから、ということなのです。この屋敷は、城塞は堅固ですから」
「異変?」
「……ジェラルド王子が王城から脱走したら王女殿下を頼む、とわたしは頼まれておりました。今頃は王子を追っているばず」
「ジェラルドが?脱走?ゾエ将軍は?」
「ゾエ将軍はそのままです。厳重な警備のもと王城の地下牢に。ガラン侯爵も今夜はそちらで警備の再確認をしています。他の隣国の高名な騎士方は辺境伯のところにおりますので確認中ですが」
青揃隊が脱走していれば、それが昼間であればこの時間ならすでに早馬があるはずだ。ガラン侯爵邸には王城と同時ぐらいに知らせが届くようになっている。将軍がどちらに居ても大丈夫なように。
前に、ジェラルドに拐われた時も不思議だったのだが、彼が脱走なんて出来るとはとても思えない。彼を手引きした仲間がいるはずだ。
彼を慕った隣国の人間、ではないはず。正直それほど人望はない。それに王女を誘拐したのだからこの国では重罪人だ。隣国としてもこれ以上こちらを刺激するのは得策ではない。
将軍や精鋭の騎士たちが捕らわれている今、隣国は第三王子のジェラルドよりは有益なそちらを先に救出するだろう。する気があればだが。
だからと言ってジェラルドは自分で脱走を目論むほど機転も利かない。援助している側は彼を擁護するのが目的ではないはず。
では何の意図が?
王子の恋心のためだけに援助などするわけないし捕まっても助けたりはしないだろう。利益があるのは誰だ?どんな利益だ?
ジェラルド王子から得られる利益、利権……ないな。いいとこって、顔?
いや、ちゃんと考えよう。
ジェラルドが脱走すれば当然彼を追う捜索隊が出る。大々的にはせずに秘密裏に少数の守備隊に任されるだろう。
ジェラルドを逃さないよう王国一の有能な筆頭騎士が王都を出て追跡を指揮するはずだ。王女がまた狙われることがないように……
「ダーマッドが、危ない」
でも、何故?どうしてダーマッドを?
「ダーマッドは強いので大丈夫ですよ?王女殿下」
「普通に戦場で対峙するならどんな敵でも大丈夫でしょう。でも向こうはダーマッドを狙っている。ダーマッドひとりをどうにかするために全てが用意されていたら?」
こんなところで守られているわけにはいかない。ベッドから起き上がろうとするわたくしをシャルロッテが押し止める。
「ダーマッドを?何故?王国では次期将軍と目されて活躍もしてますがまだ周辺諸国に知れ渡るほど有名でもなくただの、一介のなんの肩書きもない騎士に過ぎません。狙われるならグィネヴィア王女殿下です」
「理由はわからないわ。でもわたくしが狙いなら前回上手くやってるはず」
敵の意図も何もわからない、けどその答えしか出てこない!
あの時と同じ協力者ならばさらに求めるものが理解不能だ。あの誘拐の意味が未だにわからなくて気持ちが悪い。だってわたくしを隣国に連れて行く気などさらさら無さそうだった。ジェラルド王子を除いて。
恐らく利益とかそういったものではなく、私怨か、個人的な欲望か……それってもっとヤバいじゃない!
「……申し訳ないのですがダーマッドに、絶対にこの塔から王女を出さないよう厳命されております」
考えこむわたくしをシャルロッテが困惑顔で見つめる。突然何を言いだすのかと訝しんでいるのだろう。しかしふと立ち上がって召し使いを呼び小声で何やら指示を出す。召し使いは走って扉を出て行った。
「グィネヴィア王女殿下がどんなに聡い方であるかはダーマッドによく聞かされております。その殿下がそう仰るのだから……」
ダーマッドが、わたくしを賢い、ですって?
城塞の周りが急に騒がしい。馬の蹄の音のようだ。真夜中なのに。召し使いと、誰だろう?複数の足音がこの部屋に向かって駆けてくる。
シャルロッテの取り次ぎに許可を出すとガラン侯爵が入ってきた。
「このような、夜分にお騒がせして申し訳ありません、グィネヴィア王女殿下……あの、なんと申し上げたらよいか」
いつも堂々としているガラン侯爵が初めて見るような憔悴した顔で、なんと話し出そうか悩んでいる。走って来たのだろう。息が乱れ汗を何度も拭っている。
「わたくしは行きます。止めても無駄よガラン侯爵。ダーマッドの命が惜しくば王女にゾエ将軍を連れて来させろ、とでも言われたのでしょう?」
ガラン侯爵は一瞬だけ驚いて目を見開くとため息をついて肩を落とした。
「ゾエ将軍とダーマッドが引き換えなのはまだわかります。姫様が行かれる必要は……ない、と言っても、はぁ」
無駄でしょうな、とガラン侯爵は床に両膝をついて頭を垂れた。




