12 番外編 とある吝嗇家の呟き
※ネタバレを含みます。苦手な方は回避してください。
可愛くない。
予の娘は本当に可愛くない。
予が娘ごときの願いくらい叶えてやれぬと思っておる。
予は美しい娘のためにそれはそれは美しい王子との縁談を取り決めてやった。世の中の姫というのは国同士の思惑の中、とんでもない国のとんでもない王族の男の所へ泣く泣く嫁ぐ者も多い。
しかし予は娘と同じ年頃の、世界一の美姫と謳われる娘と並び立っても全く遜色のない麗しい王子を選んだのだ。可愛い娘のために。
さぞかし喜んで父に感謝を陳べに来るであろう………
何故来ぬ!?
王妃がふるふると頭を振る。
そうであろう、王妃の教育がなってないのだ。
うぬ?そうじゃないとな?妾はきちんと育てた?いや、もう今更だがあれはやりすぎ……違う?
娘の姿をよく見ろと?
麗しい王子の横で楽しそうに……してない。
何故だ。
笑顔ではいるがあれは社交用だ。
ちょっとこっち来い?王妃よ、予は忙しいのだぞ?どこに連れていくつもりだ?え?柱の影に隠れろ?
おぉ我が娘だ。いつ見ても愛らしい。
ため息をつきながらどこを見ておるのだ?中庭か。
あれは騎士団の訓練場だな。
「山ザル!いくら暑いからってちゃんとチュニックくらい着るべきですわ!そんな胸元のはだけた薄い白シャツじゃ貧相な身体が丸見えでみっともないし見たくないってキャサリンたちが言っておりますのよ!」
「今見てるのはグィネヴィア王女殿下だけですので大丈夫です。ご令嬢方はこんなむさ苦しいところには来ませんからね」
「まぁわたくしだって女ですわ!?」
「どっちだろうと山ザルに見えてるので大丈夫でしょう?」
「あぁそうね山ザル!山ザルにピッタリのものがあるから持って来たのよ……きゃあぁぁぁぁ、いやっ!そこで止まって!そんな格好でこっちに来ないで!ここに置くのよアリー!わたくしがいなくなってから取りにいらっしゃいな!」
なんだ?かごいっぱいの梨か。あれは極東産の超高級な梨ではないか。山ザルには高級過ぎるがガラン侯爵のせがれにはぴったりだな。たしか好きだと言うておったな、梨が。さすが予の娘は気が利くな。
今度予からも侯爵家の方に贈っておこう。
予は皆の言うようなケチではないのだ。
ガラン侯爵のせがれは山ザルと呼ぶには見目が好過ぎるだろう?性格も優しいし頭も良くて気持ちの良い若者だ。騎士としても優秀で将来が楽しみだ。ガラン侯爵を継いで立派な将軍となってくれるであろう。
なんだ王妃、そんな目で予を見るでない。美人が台無しだぞ。
好きなのは梨じゃない?そうだと聞いたぞ?ガラン侯爵に。娘も一緒に聞いておったから間違いない。
……はっ!え?まさか?
王妃よ……どうしよう……何故はよう言うてくれぬのだ。
予が娘に嫌われてしまうではないか。
王子の方だけ好きにさせて、と後でみっちり絞められるに決まってる。何故女性というのはその場で意見や否は言わぬくせにいつまでもねちねちと恨みがま……いや何でもない。
隣国めがなにやらおかしな行軍をしているとな?大砲?なんだそれは。とにかくチャンスだ!婚約を破談にしてやろう!
ガラン侯爵のせがれよ、これは娘の婚約の証明書だ。これをこう!
……めちゃくちゃ嬉しそうだな。可愛いやつだ。笑顔が素敵すぎて予の方がキュンときたわ。
でな、おぬしに国境まで行ってもらいたいのだ。
なに、ほら、あれだ。なんでもいいから手柄を立ててくれると予も色々とやり易いのだ。
口では言えぬがな、わかっておるだろう?婚約を破談させておぬしに手柄を立てさせる意味を……
お、影か、戦況は如何に……
ほわっなんと、大砲の破壊力がすごい?かなり危険な武器?
帰って来させろ!!あれに死なれると予は余計に娘に嫌われる!
何?武器の出所を捕まえて強制送還した?アーリヤ大帝国?ふぃー危ない危ない。いちばん関わりたくない国だ。影よ、やめい、深追いするでない。薮なんぞつついて女狐が出て来ては大変だ。
しかしあやつ、やるのう……
おっ影か、まだなにか……え?隣国が青揃隊含む一万の騎馬兵を送り込んで来たとな?青揃は一騎当千の精鋭部隊じゃないか。率いるのはゾエ将軍??あのドルシア家の?ちょちょちょ国境警備隊を皆殺しにでもする気か?
なんでも良いから逃げさせろ!増援は間に合わん!戦わんでいい!街のひとつくらいくれてやれ!命があればよい!いや、駄目じゃ、怪我ひとつさせてはならん!やつを守り抜け!!!!!!!
なんと……
ゾエ将軍を捕虜にしたとな……
青揃隊も殆ど捕らえてしまったと。
ガラン侯爵……どんな育て方をしたらああいうのが出来上がるのだ。姫が訓練所にいつも励ましに来てくれるおかげ?姫の指南が的確で剣も槍も上達しすぎて将軍であるおぬしでもすでに敵わないと?
のんき者だったのが聡い姫のおかげで知恵も回るようになったとな?
はぁ、なんとまぁ不思議なことよ。見た目はまだまだ可愛いらしい坊やのようなのだがなぁ。
まぁよい。これで誰にも有無を言わさず侯爵のせがれに娘をやることができる。
褒美は何がよいか?娘をやろうな、娘がいいだろう?ほいきた娘よな?
あれじゃぞ、領地と天秤にかけて娘の方が割安、とか思ってないぞ?そこの伯ども、なんじゃその目は。
言うたりはせぬが娘に幸せになってもらいたいという父からのささやかな愛情なのだ。
廷臣どもが集まったな。
さて、皆の者に告げようか。
ぬ、娘が倒れ……
素早いのう。いいタイミングで娘を抱き留めるなんてさすが格好良いのう。うぬぬ、おぬしは出来すぎだ。
しかし何故倒れるのだ。のう王妃よ。喜ぶはずではないのか?
うん、ほっとけ?
拗らせてるだけだ?
乙女心というは難しいのう……




