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この暗いおどろおどろしい石段を上がるのか、と思っているとまたもやダーマッドが抱き上げてくれる。不安が顔に出てたのかもしれない。
もはや何か言える気力は、ない。
めろめろのふにゃふにゃだ。清純な乙女に突然のお姫様抱っこは攻撃力が高すぎる。
不揃いな石段を上るのにまるで猫でも抱いているだけといった軽い足取り。
ダーマッドは細いし筋肉ガチガチという訳ではない。騎士としては華奢なほうだ。背も低くはないがさほど高くもない。長身やガチムチの多い騎士たちに混ざると少年の従騎士にも見える。小綺麗な見た目重視の近衛と並ぶほうが馴染む。なのにわたくしをいとも軽々と抱き上げる力強いところにまた惚れ直してしまう。
こんなに甘やかしてくれるのに何の説明もない。普段だって口喧嘩してくれる時以外は無口なのだが。
一体何が起こっているのだろう。
階段を上りきり薄暗い廊下を抜ける。外の光が小さな窓から射し込む。きっと過去には矢狭間であったところ。ここは古い城塞にある塔の部分のようだ。
鋳造鉄の飾りのついた分厚く古い木製の扉が近付くとぎぃ、と音を立てて開いた。足音に気付いて召し使いが開けてくれたようだ。
意外なことに、頑丈な扉の奥は優しい色合いのタペストリーが幾つも飾られた明るく美しい部屋だ。色とりどりの花がそこかしこに、白磁の花瓶に活けてある。
小さくはあるがアーチの窓が4つ、見上げると天井近くにも明かり取りがあった。
調度品などは王宮のわたくしの部屋によく似た優美な女性用のものが設えてある。
召し使いは火をおこしに来ていたようだ。暖炉に良い薫りの薪をくべている。夜はまだ冷える。
「本日からこちらで暮らしてください、グィネヴィア王女殿下。今日のところはこの屋敷の召し使いが世話をしますが明日にはアリー殿を呼びにやりましょう。必要なものも一緒に持って来させます」
「えっ…今夜から夫婦になるっていうこと?」
「えっ?」
ダーマッドがちょっと細い切れ長の目を思いきり見開いて驚きの表情を見せる。
「えっ?だ、だってここはガラン侯爵邸でしょう?わたくしがここで暮らすってことは、もうダーマッドの妻……ということ……ではなくて?……えぇ?」
違うの?
真っ赤になってるはずの顔を両手で押さえる。それでなくてもお姫様抱っこで顔がありえないほどゆるゆるで表情筋を操れないのに……恥ずかしい。
……反応がない。
そっと指の間からダーマッドの顔を見上げると、固まっている。
そんなにおかしなことを言ってるだろうか。たしかに夢と願望を思いっきり上乗せしたけれど妄言と言うほどではないはずだ。結婚まであと少し。
わたくしがこの屋敷にいれば誰だってそういう仲になったのだと解釈するだろう。結婚式まで待てなかったのか、と。
だってあと他にどんな理由がある?
実はわたくしのことが好きで、もう結婚式まで待てない、とか……そういうことではないの?さすがにそれはないか。そうだとしたら嬉しすぎる。いや、だからないってば。
……ちょっと何か言って。わたくしひとりでやきもきしてる。
生殺しはしんどい……
お姫様抱っこも下ろしてほしい、いや嬉しいんだけど心臓が持たない。
「ダーマッド!お待ちしておりましたわ」
明るい少女の声が聞こえる。
ダーマッドが慌ててわたくしをソファに下ろした。
扉の方を見るとふんわり柔らかなブロンドの可愛らしい令嬢が入ってきた。
「シャルロッテ」
「ダーマッド、大変でしたわね。さぁわたしに任せて!もう行って」
「助かるシャルロッテ。あとは頼んだ」
ダーマッドはわたくしをちらりと見やると急ぎ足で出ていった。




