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執着を手放すと望んだものが手に入る。
そんなことをお父様の相談相手の賢老人が言っていたように思う。
わたくしは、彼への想いを、何年もかけて棄てたのだ。なのに。
「わたくしが、ガラン侯爵家に?」
臣下の居並ぶ王の間で、父王がわたくしの結婚を皆に伝えた。わたくしには突然の降嫁の命令だ。
事前に何も聞かされてなどいない。
お父様はいつもこうだ。
きつく歯をくいしばり拳を握りしめる。眉間にぐっと力を込めた。
それでもぷるぷると震えは止まらず涙が溢れ落ちた。
何でもないという素振りをしようとしたのに。
目の前が暗転して星がちらつき、身体が傾くときちらりとダーマッドの姿が見えたがそのまま意識を失った。
「お嫌ならお父様にそう言えばいいのに」
「そのようなことはありません。侯爵家には大変な誉れですので」
やんわりとした笑顔でダーマッドがお茶を飲む。
わたくしが失神してしまったので改めて翌日二人で会う場を設けられた。王宮の中庭に面したサロンだ。
春風が心地良くダーマッドの短めに整えられた茶色い髪がさらさらと揺れる。透けるような淡い色合いの髪に柔らかな光がきらめいて綺麗だなぁと見惚れる。
「グィネヴィア王女殿下こそ侯爵家に嫁ぐなんて嫌だと国王陛下に申し上げてはいかがですか?あなたが散々馬鹿にしてきた山ばかりのど田舎ですよ?華やかな王宮で育ったお姫様が喜ぶようなものは何一つありません」
ダーマッドが優しそうな、まろやかな笑顔でそう毒づく。
「お父様は聞く耳など持たないに決まってますわ」
わたくしは無表情でそう言い捨てた。
わたくしが隣国との婚約を言い付けられたのは13歳のときだった。
隣国の王子はとても美しく優しそうで、少し年上ではあったが政略結婚としてはありえないくらい恵まれた相手だった。
そんな婚約が取り消しになったのは半年前のこと。隣国と国境の競り合いが戦争に発展した。幸い小規模で済んだが事後であれば和平の証となったであろう婚約は一度破談にしたもので縁起が悪いと再度話が持ち上がることはなかった。
そして他に年頃の王子が周辺諸国におらず婚期を逃しそうになったわたくしは戦功のあったガラン侯爵家へと降嫁されることとなったのだ。
「でもあなたには婚約者がいたのではなくて?シャルロッテとかいう」
「……もう婚約破棄しましたので」
ダーマッドが驚いた顔をしている。わたくしの方が驚いてるんですけど。どうして?
「いえ、そのような些末なことをグィネヴィア王女殿下が知っているとは存じ上げなくて」
わたくしが首を傾げると彼が不思議そうに言った。