87話
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「はぁ、はぁ、はぁ……」
「……」
石畳が敷き詰められた王宮内にある庭園広場で、御前試合が繰り広げられていた。
一人はディアバルド王国最強と謳われる騎士団長アスラ・ドゥム・ライオンハートで、この王国に代々仕えてきたライオンハート侯爵家の長女である。
そしてもう一人は、我らが主人公自称普通のプレイヤー(?)ことジューゴ・フォレストだ。
この二人の対戦カードが組まれたのは、つい先ほどの事で当人同士は寝耳に水の案件だったが、事態を収拾させるにはこの選択しかなかった。
(というか、騎士団長ってこんなもんなのか?)
肩で息をしながらこちらの様子を窺うアスラは、最初の余裕の表情が消え去り焦燥と驚愕の様相を呈していた。
片や俺と言えば、彼女とは別の意味で驚愕していた。
御前試合が始まってすぐにアスラは先手必勝とばかりに攻めてきた。だが俺は彼女の実力を推し量るためひたすら見に徹していた。
アスラの攻撃はどれをとっても相手を殺傷する目的で放たれたものであり、さすがの俺も直撃すればただでは済まない。
そして、俺が攻撃を避け続けた結果驚愕という感情が沸き上がった。正確に言えば“困惑”という表現の方が正しいかもしれない。
何故ならこの国最強と言われている騎士が疲れを見せているのに対し、普通のプレイヤーである俺が息一つ乱さずに剣を構えていることに些かの違和感を覚えたからだ。
(手加減してるようには見えないしな……あ、そうだ、【鑑定】使うの忘れてたな、使ってみるか)
敵の情報をいち早く手に入れる事が、優位な状況に立てるというのにそれをしなかった失態に己が行動を省みながらアスラに【鑑定】を使う。
【名前】:アスラ・ドゥム・ライオンハート
【性別】:女
【年齢】:27
【取得職業】
【剣士レベル22】
???
【騎士レベル25】
???
【各パラメーター】
HP (体力) 450
MP (魔力) 150
STR (力) 120
VIT (物理防御) 100
AGI (俊敏性) 110
DEX (命中) 80
INT (賢さ) 55
MND (精神力) 120
LUK (運) 10
……あれ? 弱くない? 俺のパラメーターの半分もないのだが……。
具体的な詳細は出てないけど、修得している職は剣士と騎士の二つだけか……あと一つはどうしたんだ?
そうか、これはあれだ。パラメーターで敵の強さが決まるわけじゃないんだぞという運営の策略というやつだな。
危ない危ない、危うく騙されるところだったぜ。あと少しで「運営め、謀ったな!?」と叫ぶ所だ、まったく。
「こ、この化け物め!」
「同じ人間なんだが……」
俺が疲れている様子を見せないのを異常に感じたアスラが、畏怖の感情を込めて悪態をつく。
その異常性は国王や宰相、他の貴族たちも感じ取っているようで、誰も言葉を発することなく重い空気だけが漂っていた。
「はあああああ!!」
「ほいっ!」
先ほどから直線的な攻撃ばかりで、フェイントなどの虚実が全くない攻撃が飛び交っている。
尽く躱される攻撃に彼女も内心打つ手が無いといった様子だ。
(くっ、ジューゴ・フォレスト……まさかこれほどまでとは)
アスラは内心で自分が浅はかな考えを抱いていた事に腹を立てていた。
今回のジューゴ・フォレストとの戦いは自分の圧倒的蹂躙劇で幕を閉じるだろうとたかを括っていたのだ。
この国に自分よりも強い戦士などいるはずもなく、容易く奴を葬り去れるだろうという自信と傲慢が彼女の中で膨らんでいた。
だが蓋を開けてみれば自分の攻撃は当たらず、かと言って相手も反撃に出るわけでもなくただただ時間だけが過ぎていく。
攻撃が当たらないという事実が徐々に彼女から冷静さを失わせ、ジューゴに致命傷を与えることを重視した結果攻撃が大振りになり、それが余計彼に攻撃を避けやすくさせる要因となっていた。
一方のジューゴと言えば、一見相手の出方を窺う慎重な立ち回りのように見えるが、その実相手の手の内を分析すると同時に相手の体力を確実に削らせる作戦を取っていた。
よく言えば強か、悪く言えば卑怯なやり方だと言えなくもない。
だがアスラは気づいていた。
本来であれば正々堂々打ち合えと相手を挑発するのだが、彼女はそれをしなかった。否、できなかった。
何故なら、ジューゴが自分の攻撃を躱す度に視線や意識が自分の顔や胸や胴回りに向けられており、明らかにカウンターを狙っていたからだ。
(このままではジリ貧だ、どうすれば、どうすればいいんだ?)
というような事を彼女が勝手に解釈していたのだが、実際ジューゴが考えていたことと言えば……。
(おっと危ない、それにしてもこの人意外と肌白いんだなー、鎧着てるから何カップは分からんが胸もそこそこありそうだし、腰も細いな、中身どうなってんだあれ?)
というように視線を顔、胸、腰という順番で視線を巡らせたタイミングとアスラの攻撃を躱したタイミングがたまたま一致しただけであって、ジューゴがカウンターを狙っているというのは彼女の妄想だった。
ジューゴが攻撃をしないのは、相手が消耗するのを待って自ら手を下さなくても降参してくれるのを待っているからであって、こちらから打って出ることは容易にできる。
だが、それをしないのは【鑑定】によって彼女のパラメーターが自分のパラメーターより低く、本気で剣を振るえば無事で済むか分からなかったからだ。
中学生が参加しているゲームでそんなスプラッターな表現が実装しているとは考えたくはないが、もし加わっていたらしばらくトラウマが残るのは避けられないだろう。
「こうなったら、奥の手だ」
「……?」
この状況に業を煮やしたアスラが、自分の最大の攻撃を仕掛けるため賭けに出た。
と言っても彼女ができることは、精々懐に飛び込み火力重視のスキルを叩き込むことぐらいだと俺は予想していた。
「【縮地】」
俺とアスラの間に開いていた数メートルという距離が一瞬にしてなくなり、目の前に彼女が現れる。
だがこれはもちろん想定の範囲内であり、問題はこの後繰り出してくるスキルが何かということだ。
「もらったあああ! 【ダブルエッジソード】!!」
「なっ!?」
懐に入り込まれた瞬間彼女は俺に向かって剣を下から上に切り上げた。
その瞬間彼女が放ったスキルの余波で周囲に土埃が舞い散り、視界が塞がれた。
【ダブルエッジソード】、日本語で【諸刃の剣】という意味を持つこのスキルは、剣で攻撃を繰り出す直前に使用することでその時の攻撃だけに限り攻撃力が数倍に跳ね上がるというものだ。
だが当然メリットが大きいスキルというのはデメリットも大きいもので、このスキルによって与えたダメージの30%分のダメージを自分も受けてしまうというリスクがある。
しばらく土埃が消えず、観客が固唾を飲んで見守る中徐々に土埃が消えていく。
誰もがアスラの勝利を疑わず、ジューゴ・フォレストが地に伏している姿を想像していた。
しかし、姿を現したのは片膝を付きダメージを負ったアスラと、攻撃される前と何も変わらず立っているジューゴ・フォレストの姿だった。




