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83話

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 「お前がジューゴ・フォレストだな?」



 プリオの家から宿に向かう途中の裏路地で突如として声を掛けられた。あり得ないことだ。

 何故なら今の俺は、スキル【認識阻害】によって探知系のスキルで居場所を特定する事もできなければ、存在自体を認識することも不可能なはずなのだ。



(こいつ何者だ?)



 汚れ一つない白いローブに身を包んだ人物は、確実にこちらの返答を待っているようにただただそこで佇んでいた。

 鈴を転がしたような声から察するに、女性であることは辛うじて理解できるものの、それ以外は一切謎に包まれている。



「そうだと言ったら?」


「ある御方がお前をお呼びだ。一緒に来てもらおう」



 その言葉の節々から、こちらの有無は全くと言っていいほど関係がないという事を物語っている。

 だが、こちらとしても一緒に来いと言われて付いて行くほど尻の軽い男ではないのだ。……男にも尻軽って言葉を使っていいのかはわからんがな。



「“断る”と言ったら?」


「仕方がない。この手は使いたくなかったが、無理にでも一緒に来てもらおう!」


「なっ!?」



 そう言うが早いか、気が付けば俺の目の前に彼女の拳が迫っていた。

 その瞬間僅かコンマ数秒というレベルで起こった出来事だった。こいつはマズい、非常にマズい。



 少なくとも俺が目で追えなかった時点で、素早さに関しては相手の方に分があるという事が今の一連の動きで理解できる。

 一先ず、こいつが何者なのかという考えは俺が捕まるにしろ彼女が敗北するにしろその時になってから考えるべきだと結論付け、とりあえず目の前の拳を体を捻って躱した。



「ほう、私の一撃を躱すとはやはり陛下が指名するだけの冒険者ではあるようだな」


「あっぶねえー、おいお前! 今のは完全に急所狙いだっただろ!?」



 さきほどの彼女の攻撃は、並の冒険者であれば首から上が胴体と今生の別れをするほどの一撃で、相手を無力化する意志が全く感じられないほどの一撃だった。



 だがそんな俺の抗議などどこ吹く風とばかりに、白ローブの彼女は鋭い視線を向け上から目線な態度を取る。



「この程度の攻撃を躱せないのなら、その程度の男だったという事だ。そんな奴に国の一大事を任せられるものか」



 ……どうやらこの子は脳筋タイプみたいだな。さっきからちょこちょこ重要なワードが口から洩れてるみたいだし。



「お前は上役の命令で俺のところに来たのだろう? そのお役目を違えてもいいのかよ?」


「うっ……」



 どうやら自分がなんのためにここに来たのか思い出したようで、途端に動きが鈍くなった。

 俺にとって彼女が逡巡するその僅かコンマ数秒の躊躇いさえあれば十分だった。



「【縮地】」


「かはっ」



 俺は縮地で彼女との間合いを一気に詰めると、お腹にボディーブローをくれてやる。

 彼女の顎が下がったところに、そのままアッパーカットで突き上げ彼女の身体が宙に投げ出された。



 仰向けに地面に倒れ込んだところを馬乗りで拘束する。

 少々卑怯な手だったかもしれんが、こちらとて相手に実力がある以上手加減するほどの余裕はなかったため仕方がないと思うことにする。……むしろ俺を本気にさせたことを誇るべきだろう。



「動くな、もし動けば一生お嫁にいけない身体にするぞ?」


「脅しの文句が卑猥なんだが!?」


「なーに、抵抗しなければ何もしない。抵抗しなければの話だがな?」


「やめろ! 何をする気だ!? そのワキワキした手をどうするつもりだ」



 マウントポジションを取りつつ、抵抗できないように太腿の内側の筋肉を使ってがっちりとホールドする。

 先ほど彼女が言ったワキワキしている手をどうするのかと言えば、こうするのだ!



「あっ……」


「へえー、どんな顔をしてるのかと思ったら、まさか……獣人だったとはな」



 俺は手をフードの部分に持っていくと、そのまま掴み後ろへとずらした。

 目的はたった一つ、彼女の顔が見たかったという単純な好奇心だ。

 ……なに? 卑猥な事をすると思っただって? まさかこのジェントルマンの俺が、そんな野獣みたいな真似をすると思ったのか?



 コホン……そ、そんなことよりも、今は彼女の素顔の方が重要な事だと思わないか? ……え、ごまかした? ナンノコトデスカ?

 とにかく彼女の素顔を見て俺が思わず“獣人”という表現を使ってしまったのには当然理由が存在する。



 まず彼女の見た目は、きつね色の髪に黄色い瞳をした美人というより愛嬌がある可愛らしい顔立ちをしており、特徴的な頭頂部に二つのケモ耳が付いていたのだ。



 俺はあまりそう言ったアキバ系と呼ばれる類の知識は詳しくはないが、ケモ耳=獣人ということは理解していたため思わず口に出てしまったのだ。

 だが、彼女にとってその呼ばれ方はどうやら蔑んだ言い方のようだったらしく、俺の発言を聞いた瞬間に鋭い目をさらに鋭くさせ激昂した。



「その呼び方で私を呼ぶんじゃない!!」


「うあ、なんて馬鹿力だ。流石は獣の力を持つと言われる獣人なだけはあるな」


「その呼び方で呼ぶなと言っているだろうが!!」



 ただの純粋な男と女の力比べであれば、当然筋肉量の多い男に分がある。そして、それは常識的な至極当然の一般論だ。

 だが、これが人間の男と獣人族の女であればどうだろうか? 答えはすぐに出ることになった。



 あれだけ力を込めてホールドしていたにもかかわらず、いとも簡単に返され逆に吹き飛ばされてしまった。

 辛うじてノーダメージで地面に着地するものの、彼女がその隙を黙って見ているわけもなく、今度は俺が彼女のボディーブローを受けてしまい壁に激突する。



「ぐはっ」



 肺から空気が吐き出される感覚とともに、背中と腰全体に衝撃と激痛が駆け抜ける。

 なんとか地面に着地するも、彼女の追撃は止まず大きく跳躍し飛び蹴りを放ってきた。

 三メートルほど跳躍したのち、そのまま勢いをつけ放たれた蹴りの標的は俺の顔面だ。



 直撃すればまず致命傷は避けられないというか、直撃すれば彼女の膂力的に首から上がこの世から消えてなくなる可能性が高い。

 今彼女が放った一撃が、それほどの威力を持っていることを瞬時に理解した俺は、なんとか回避しようとするも先ほどの彼女の攻撃によるダメージが残っているため身体が言う事を聞いてくれない。



 逃げなくちゃ、逃げなくちゃ、逃げなくちゃ、逃げなくちゃ、と某アニメの主人公とは逆の思いを抱きながら身体に電気信号を流す。

 だが逃げちゃだめだと言わんばかりに、身体が言う事を聞いてくれない。



 そうしている間にも確実に殺人キックが俺の顔めがけ近づいてくる。

 2メートル、1.5メートル、1メートルとまるでコマ送りのように世界全体が遅くなったような感覚に襲われながらも、彼女の蹴りは確実に俺を捉えんと向かってくる。



(くっ、このままでは……死ぬ)



 徐々に迫ってくる死神の釜の如き鋭い蹴りに、俺が諦めかけたその時――。



「クエエエエエエエ!!」


「ぶべらっ」



 突如として彼女の側面から謎の影が割って入り、彼女に蹴りをお見舞いする。

 ……まあ謎の影って言ったが、もう鳴き声の時点で誰からはわかっていたのでもはやその事についての言及は止めることにした。



「た、助かったぞクーコ」


「クエッ」



 俺がそう言うと、いつもの顔の横に羽を持っていき敬礼のような仕草をする。……相も変わらず、器用な手羽先だ。



 一方彼女と言えば、汚れ一つなかった白いローブはボロボロで、衣服としての機能は完全に失われていた。

 見たところ身長はそれほど高くはないようだが、女性として均整の取れた身体つきをしており、胸もそこそこある。……Dぐらいかな?



 顔が少し、幼さを帯びているため実年齢よりも若く、いや年下に見られそうなほど彼女の顔は童顔のそれだった。

 クーコの蹴りを食らい意識を失った彼女だったが、すぐに目を覚ました。



「んっ、んぅー」


「目が覚めたようだな。まったく人騒がせな奴だ」


「クエクエ」



 クーコ先生からも同意を得られたところで、尋問タイムと行きたいところだが、残念ながらお時間という事でこの続きは次回に続く事になる。

 だが最後にこれだけは一つ予め言っておくとしよう。……どうしてこうなった?



 余談だが尋問の経緯については、見せられないよ君が仕事をするため割愛するが、彼女にトラウマを植え付けるような何かがあったとだけ記述しておこう。

 とりあえず、サクッと彼女から事情を聞きだすとしますかね?(ワキワキ)

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 獣人、隠蔽無効……臭いかな。 ……PC獣人が作れないとはアレですね。 体格、性別以上に身体能力が変わり過ぎだけどな!
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