81話
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大型連休なので、連日投稿です。
プリオの先導により今俺は彼の家に向かっていた。
両手を規則正しく前後に振りながら、トテトテと小走りに進んでいるプリオの姿に、一生懸命俺を家に案内しようとする意志が感じられて健気に思えた。
これが俗に言う父性本能というやつなのだろうか? ……否、断じて否だ!!
結婚はおろか恋人すらいないこの俺に、父性本能などと言うものがあるはずがない、いや、あってたまるものか。
この心が温かくなるものは、また別の何かだ。……かと言って腐った感情でもないからな!?
俺が好きなのは同性ではなく異性なのだから幼い男子をどうこうする感情は持っていない。これ以上の言及は避けるが、俺は至ってノーマルな男なのだ。
俺の頭の中で、この心の温かみの正体が父性本能でないと結論付け、早々に頭の隅に追いやった時裏通りから開けた場所に出る。
そこはどうやら露店が立ち並ぶ市場のようで、様々な品物が売買されている。
「なあ、プリオ。お前の家に行く前に買い物してもいいか?」
「うん、いいよー。何を買うの?」
そう言いながらプリオは小首を傾げてくる。……思わず心の中で可愛いと――違う違う違う! これは断じて父性本能ではない、腐の感情でもない。
これはあれだ、犬が小首を傾げるのが可愛いと思う感情と同じやつだ。
一人心の中で葛藤していると、肩に止まっているクーコとプリオが訝しげな表情を見せたため何でもないと言っておいた。……何でもなくはないがな。
プリオの純粋な問いかけに、良からぬことを考えていた自分が矮小な存在に思えてしまい、咄嗟に「いろいろ」と答えてしまった。
そんな自分が情けなってしまい、それをごまかすように露店を見て回ることにした。
露店で売られていたものは、始まりの街であった物と代わり映えしなかった。
それでも現実世界では売られていない野菜や、まだ持っていない調理器具などがあり金の力に物を言わせ買っていく。金は使ってこその金なのだ。
「ちょっといいか?」
「いらっしゃいませ。なんでしょうか?」
俺はしばらく露店を見て回っているとある店が目に入ったので、声を掛けてみた。
「これはなんだ?」
「これは【ニューモー】という魔物から摂れる【ニューモーの乳】でございます」
「少し飲ませてもらってもいいか?」
「どうぞどうぞ」
店主の了承を得た俺は、木製のカップに入れてもらったニューモーの乳という飲み物を飲んでみた。
見た目だけで言えば、現実世界のある飲み物にそっくりだったからだ。
「……間違いない、牛乳だ」
そう、そのニューモーの乳と呼ばれた白い飲み物は牛乳だった。
おそらく、ニューモーというのは見た目が牛系の魔物であると考えた俺は店主に聞いてみた。
するとどうやら俺の予想は正しかったようで、店主曰く牛に酷似している見た目だそうだ。
「いかがでしょうか、今なら1リットル300ウェンで――」
「うむ、全部寄こせ」
「ファッ!?」
せっかく見つけた牛乳だ。もしかしたら二度と手に入らんかもしれんからな。買い占めておこう。
俺の言った言葉が信じられなかったようで、店主が聞き返してきた。
「あの、お客さん今ニューモーの乳を全部寄こせと聞こえたのですが……」
「店主の聞き間違いじゃない、この店で売っているニューモーの乳は全て買った」
「念のためにお聞きしますが、うちの店で扱っているニューモーの乳は全部で500リットルですが……」
「全部で15万ウェンか……よし、買った」
「ファッツ!?」
うーん、15万ウェンは確かに買い過ぎかもしれんが、収納空間を使えば持ち運びも楽だし劣化することもないからな。
それに数百単位での料理を生産している身としては500リットルでも足りない気がする。
俺と店主のやり取りを、両手を頬に当てながらびっくりしているプリオを横目にその店にあったニューモーの乳を買い占めた。
クーコもどことなく呆れた態度を取っているように見えたが、この際気にしないことにする。……だって牛乳だぜ牛乳?
牛乳があればケーキにプリン、シチューだって作れる。
まだ材料が足りないがホワイトソースだって作れるようになるから、小麦粉でパスタを作ってカルボナーラもできるかもしれない。
食材一つと馬鹿にしているかもしれんが、牛乳があれば様々な料理を作ることができるようになるのだ。女の子に人気のプチパンケーキもね。
まさに牛乳こそ無限の可能性を秘めた究極の食材と言えるかもしれない。……言い過ぎか?
「毎度ありがとうございました! またのご来店を心よりお待ちしております」
「ど、どうも」
そりゃこれだけの買い物をすればそうなるか。
だが、商魂たくましい商人(あきんど)だからしょうがないのだろうが、現金というかなんというか。
まあともかく、これで新たな料理を作るためのキー食材である牛乳を手に入れられた。次のターゲットは味噌と昆布とかつお節だな……いやみりんもか?
それからプリオと一緒に軽食が売られた屋台で食べ物を買って食べ歩きながら彼の家へと向かった。
露店が立ち並ぶ市場を抜け、大通りを突き進みしばらくして横道に入った先の裏路地にある建物の一つの扉の前でプリオが止まった。
「着いたよジューゴお兄ちゃん、ここが僕の家だ」
「着いたか、じゃあ少しキッチンを借りるぞ」
「うん、いいよ。じゃあ上がって」
プリオの家だという建物に入ってみると、そこには数組のテーブルと椅子が並んでいてその奥にキッチンがあるという内装をしていた。
「ここって元々レストランだったんだよね。今はもう誰も使ってないから僕が住んでるんだ」
「そうなんだ。ここって、プリオ一人で住んでるのか?」
「うん……そうだよ」
俺の問いに俯きながら答えるとそのまま押し黙ってしまった。
どうやら彼にとって聞かれたくない事なのだろう。これ以上は追及しないでおこう。
「じゃあ、早速だがキッチン使わせてもらうぞ」
「う、うんいいよ」
まあこの際料理ができるならそこに住んでる住人の事情など知った事じゃないからな。
俺は早々にプリオの事を頭の隅に追いやると、本来の目的である料理を開始することにした。待ちに待った料理だ、何を作ろうか?
「牛乳も手に入ったしな、ここはスイーツに挑戦したいし、今フリーマーケットに出品してる料理は全体的に男向きなラインナップだから女向きな料理も欲しいところだな」
男女平等ってわけじゃないが、男と女の味覚の感じ方は違うって言われてるし、女が食べて美味しいと思う料理も出してもいいのではないだろうか?
今回の料理のコンセプトを決めつつ何を作るのか迷っているとプリオがテーブルが並んでいる部屋と厨房を繋ぐ場所から顔を出して聞いてきた。
どうやらそこは、厨房で作った料理をウエイターが受け取り、お客にサーブするために作られたスペースのようだ。
「お兄ちゃん何作るの?」
「うーん、そうだな。プリオは何が食べたい?」
「お子様ランチ!!」
……健気だ、実に健気すぎる。
また俺の中にある心が温かくなる気持ちが再発しそうなのを抑え込むと、プリオが言った【お子様ランチ】について考察する。
お子様ランチの基本的な献立は大体決まっている。
まず米だ。それもただの米ではなく、山形に固められたもので、天辺にはやはり日の丸を模した旗が立てられることが多い。
次にオムレツまたは目玉焼きの卵料理だが、目玉焼き丼があるので今回はオムレツにする。
続いてハンバーグだが、これは今まで手に入れた魔物の肉を合い挽きにしたものを使えば再現可能だろう。
そして、フライドポテト。これも露店で手に入れたジャガイモのようなファンタジー野菜があるのでそれで代用する。
次にデザートだが、ここで早速手に入れた牛乳を使ってプチパンケーキに挑戦してみようと思う。
米、オムレツ、ハンバーグ、フライドポテト、プチパンケーキ、これをお子様ランチらしく少量で盛り付ければ完成だ。
「お子様ランチか、悪くない。じゃあちょっと待ってろ」
「うん!」
頭の中で今ある食材と相談しながら、作れるかどうか吟味したところ、なんとかできそうなのでとりあえずやってみることにした。




