80話
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大型連休なので、連日投稿です。
発情した雌二匹から何とか逃げ切ることができた俺は、街の大通りを歩いていた。
当然ながら、宿を出る前に【認識阻害】を掛け監視者《ウォッチャー》対策は怠っていない。変態、ダメ、絶対。
さて、変態どもの話はこれくらいにして今回の活動について話そうじゃないか。
まず、現状で物足りないと感じている事がある。それは一体何かというと……料理のレパートリーだ。
現時点で俺が作った料理の品数は5品、おにぎり、ハーブステーキ、クッキー、目玉焼き丼、そして焼きおにぎりだ。
さらに現在のFAOでの料理系生産状況はと言えば、料理人の職を持つプレイヤーはちらほら出てきてはいるものの、精々が目玉焼きやおにぎりといった高度な料理技術を必要としないものが主流となっている。
だからこそ、今回の活動で新たな料理を開発し他のプレイヤーとの差別化を図っておきたいという事と、料理人自体のレベルを上げておきたいという二つの点から料理の開発に着手することにした。
「だが、【焼きおにぎり事件】の二の舞にはならないようにしないとな……」
そう、前回のような失敗を二度と犯してはならない。合言葉は“誰にも知られてはいけない”だ。
前回新しい料理に挑戦した際、匂いの強い食べ物を作ってしまったがために、他のプレイヤーを呼び寄せてしまい余計な仕事をする羽目になった。
プレイヤー個人に直接販売する行為は避け、公の場であるフリーマーケットを利用するのが最も効率が良く、生産する量も少なくて済む。
まあ需要と供給は確実に満たせないがな……。
そもそも俺は生産職専門の料理人じゃないんだ。客が望んでるからって全員に商品が行き渡るようにする義務もなければ誇りもない。
できれば、一日でも早く他のプレイヤーが俺の代わりに料理を生産してくれるのが一番だと思う。
話を元に戻すが、今回料理を作る上で大切なのはさっきも言ったが、“他のプレイヤーに料理を作っている事を知られてはいけない”のだ。
だからまず最初にすることは誰にも邪魔されずに料理を生産できる厨房だ。
前回はオープンカフェという誰でも利用が可能な公共の場所にある厨房を使ったせいであのような事件が起きた。
そんなことを考えていたら偶然にもそのカフェが見えてきたのでちらりと覗いてみたのだが――。
「なあ、ジューゴ・フォレストがここで料理作ってたっていうのは本当か?」
「彼が作った料理ってもう残ってないの?」
「なんでも醤油をベースにした【焼きおにぎり】だったらしいぜ。醤油の匂いがカフェから漂ってきて気付いたって話だ」
「「「「なにそれ、超美味そうなんですけどーーー!!」」」」
……お分かりいただけただろうか? こういう事なのだ。
ただでさえ他の分野でも名が知れ渡っている俺だ。そんな俺が料理を作り始めたら、確実に取り囲まれて料理を作らされるのは火を見るよりも明らかだろう。
だからこそ、俺が料理を作る時は慎重に場所を選ばなければならないということを前回の焼きおにぎりの一件で理解した。
そんなわけで効果が切れかかっている【認識阻害】を新たに掛け直しながら、安心して料理ができる場所を探すため街の散策を再開する。
と言っても、調理設備が整っている公の場所じゃないところなどなかなかないだろう。
ちなみにバレッタ工房にも給仕室があったが、始まりの街での俺のやり方を模倣するプレイヤーが出てきてしまい、給仕室にはプレイヤーが入っている。
「不味いな、これじゃあ料理ができん」
「クエェェ……」
クーコも俺の苦悩を理解しているらしく、難しい顔をしながら鳴いた。
そんなクーコの首筋を撫でてやると、気持ちよさそうに目を細めた。
その後、当てもなく料理ができる場所を探し回るが、料理自体ができる場所は見つかっても他の誰にも気づかれないという条件が加わると、途端に難易度が跳ね上がるため目ぼしい場所を見つける事ができない。
三十分ほど彷徨い歩いていたため、【認識阻害】も何回か掛け直し気付けば人通りの少ない路地へとたどり着いてしまった。
「まさか、料理をする前に行き詰まるとは思わなかったぜ」
「クエクエ」
俺の呟きに同意してくるクーコを撫でながら、一先ず大通りに戻ろうとしたその時ふいに怒鳴り声が聞こえてきた。
「おい、てめえ! 急にぶつかってきやがって、この落とし前どうつけるつもりだ。あぁ?」
「す、すみません、で、でもぶつかってきたのはあなたの方じゃないですか!」
「おいおい、じゃあなにか。俺らがわざとてめえにぶつかったとでも言うのか?」
……なんだ面倒事か、あんまり関わり合いになりたくないが、どうやらNPC同士のいざこざみたいだからサブイベントか何かの可能性もワンチャンありそうだしな……。
見たところ10歳くらいの男の子が二人組の冒険者風の男に絡まれてるみたいだな。
内心で溜め息を吐きつつも、俺はトラブルの中心に向かって歩いていく。
そこで話しかけようとして、自分が今【認識阻害】を使っていることに気付き苦笑いを浮かべつつも、その状態のまま二人組の男の首元に手刀を落とし気絶させた。
絡んでいた男たちも、絡まれていた男の子も、何が起こったのか分からず呆然としていたため男の子を【認識阻害】の対象外に入れてやる。
「うわうっ! び、びっくりしたあー、どこから現れたの?」
「そんなことはどうでもいい。大丈夫か、少年」
我ながらぶっきらぼうな物言いだなと自分の態度を客観的に評価しつつも少年の安否を確認する。
栗色の髪に緑がかった瞳の、一部の女性からの需要が抜群な見た目をしている。……まったく、ショタコンどもめ、駆逐して――コホン、何でもない気にするな。
俺が助けてくれたとわかった彼が、ペコリとお辞儀をしながら感謝の言葉を述べ出した。
「た、助けてくれてありがとう! ぼ、僕はプリオっていうんだ、お兄ちゃんは?」
「俺はジューゴだ。ところでプリオはなんでこいつらに絡まれてたんだ?」
「う、うん、それがね……」
プリオに事のあらましを聞いてみたところなんのことはないテンプレだった。
路地を歩いていた時進行方向から二人組が現れ、避けようとしたら相手がわざと肩をぶつけてきてという“ヒャッハー族”がよく使う手口だった。
ちなみにヒャッハー族とは頭のネジが何本か外れた素行の悪い連中の総称である。……まあ俺が個人的に使ってるだけなんだがな。
「そうかお前も災難だったな」
「ところでジューゴお兄ちゃんはなんでここに?」
「ああ、料理をするための場所を探してるんだが、気付いたらここに迷い込んでしまってな。そんな時、お前とそこで寝てるヒャッハー族がテンプレしてったってわけだ」
「て、てんぷれ? なにそれ、食べ物? 美味しいの?」
お、oh……まさかこんな子が、ナチュラルに「なにそれ美味しいの?」を使ってくるとは思わなかった。
ていうか、このゲームの開発陣って間違いなくそっち系の住人が混じってやがるな、まあ別に構わんが。
「まあよくある出来事っていうのを、テンプレっていうんだ」
「へえー、……あ、そうだ、料理するなら僕の家に来なよ。家ならキッチンがあるから」
ほうほう、それはそれは。渡りに船とはまさにこのことだな。
俺はプリオの言葉に甘え、彼の家まで案内してもらうことにした。




