78話
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「こっちだ、ついてきな」
そう言われて連れて来られたのは、とある作業場の一画だった。
そこは偶然にも、以前始まりの街で俺が使っていた作業場と同じ場所だったが、二人には黙っておいた。
そこにはインゴットに加工された鉄が数十本置かれており、どうやらそれを使って俺に何かやらせたいらしいことはすぐに理解できた。
「それで、この工房を使用するための条件とは何でしょうか?」
「そりゃ、うちの工房を使うからにゃあ、それ相応の鍛冶の技術を持ってるっていうのが最低条件だ。そこであんたにはこの鉄インゴットを【鋼合金】に加工してもらう。それくらいできなきゃこの工房を使う資格はないからな」
「なっ、ちょっと姐さん、いくらなんでもそりゃあ厳しすぎやしやせんかね?」
バレッタの提示した条件の厳しさに、タロスが難しい顔で指摘する。
彼が思わず顔を歪めてしまうのも仕方ないほどに、彼女の出した条件は無理難題なものだった。
元々鋼合金を生み出すことができる鍛冶職人は一人前とされており、それができて初めて鍛冶職人として一端の技術を持ち合わせていると認められるものだった。
バレッタはいきなり初対面のジューゴに対して、鍛冶職人として一人前とされる技術を要求したのだ。
「タロス、ここの責任者はオレだ。そのオレが決めたことに口出しする資格はおめえにはねえんだよ! それにそれくらいできなきゃこの工房を使わせるわけにゃあいかねえな」
そう言いながら腕を男らしく組みながら挑発的な笑みを顔に浮かべる。
バレッタはジューゴ・フォレストの技術がどの程度であるか見定めると同時に、厳しい条件を課すことで工房を使わせない腹積もりなのだ。
かく言うバレッタですら鋼合金は一日に作れる数が限られており、できたとしても最高品質のものは作れないでいた。
自分ですら手に余るような条件を今この場で提示することで、工房使用を諦めさせようとしたのだ。
「ジューゴさん、すいやせん。姐さんの出した条件は普通じゃねえんで、聞かなくてもいいですから」
「あ、こらタロス。勝手に話を進めようとするんじゃねえよ」
バレッタ本人も流石に厳しい条件だとは重々理解していたが、今巷を賑わせている噂の男がどれほどのものか見極めたかったのだ。
(さあ、あんたの実力を見せてみな、ジューゴ・フォレスト……)
「分かりました」
「「え?」」
「【鋼合金】を作ればいいんですよね? なら簡単ですよ」
「「か、簡単!?」」
そう言いながら俺はおもむろに用意された椅子に座ると鉄インゴットを炉にくべ始めた。
――十数分後。
「エッサホイサ、エッサホイサ」
「クエックエックエクエックエ、クエックエックエクエックエ」
「「……」」
バレッタとタロスの眼前には信じられない光景が広がっていた。
あの鍛冶職人として一人前の指標となる鋼合金がまるで飴細工を作るかのように量産されていくのだ。
今までの彼女らの鍛冶の常識が音を立てて崩れていく瞬間だった。
「エッサホイサ、エッサホイサ、次」
「クエッ!」
「エッサホイサ、エッサホイサ、エッサホイサ……」
しかも彼の助手を務めているのは、【従魔の首輪】を付けているとはいえあの気性が激しく好戦的と言われている魔物であるクエックだった。
文字通り今目の前で繰り広げられている光景は、この世界のNPCにとって十人中十人が“混沌な光景”と映ることだろう。
「なあ姐さん……」
「なんだ、タロス……」
「俺の目がどうかしちまったんですかね、今信じられない光景が見えてるんですが……」
「安心しな、オレも同じ光景が見えてっから」
「じゃあ聞きますけど、あれなんすかっ!? 鋼合金ってあんないとも簡単にできるんすか!!?」
「そんなことあたいが……オレが聞きてえよ!? しかも助手がクエックって、何の冗談だい!!?」
「二人とも少しうるさいですよ? 作業に集中できないじゃないですか」
「「誰のせいだと思ってるんだ!!?」」
そんなコントのようなやり取りが行われている間に、どうやら用意されていた鉄インゴットが底をついてしまったらしく、気付けば手持ち無沙汰になっていた。
「あのー、鉄インゴット無くなっちゃったんですけど?」
「「……」」
あとに残されたのは、高品質を思わせるほどに光り輝いている鋼合金だけだった。
二人にとってその積まれている鋼合金の山は、同じ重さの金塊よりも価値の高いものだということにジューゴは気付いていなかった。
「それで、バレッタさん?」
「……」
「うん? バレッタ……さん?」
「……」
「……ほいっ」
「アッチイイイイイイ!!」
「あ、姐さん? 大丈夫ですかい!?」
彼女が俺の言葉に一切の反応を示さないため、一番最初に作った鋼合金を水でしばらく浸してそのまま頬に押し当ててやるとその熱さに反応し飛び上がる。
一見酷いように思えるが、俺が始まりの街にいた時作業に集中するあまり休憩そっちのけで鍛冶をしていたら同じことを親方にやられた。
親方曰く「人の話を聞かないときゃ、鍛冶職人の間じゃこうするのが一番手っ取り早いって言われてんだ。また同じことをやられたくなきゃ次からは気ぃ付けるこったな、ガハハハハ」だそうだ。
だからそれ以降は鍛冶職人流の人の話を聞かない時の対処法としていつか誰かにやってやろうと狙っていたのだ。……ドッキリ(?)大成功。
「ちょっとあんたいきなりなにすんのさ! この玉のような肌に傷がついたらどうすんだい!?」
「なに言ってるんですか、鍛冶職人の間じゃ人の話を聞かない時はこうするのが一番手っ取り早いって言われてるじゃないですか。また同じ目に会いたくないなら次から気を付ければいい」
「むむ、そのその独特な言い回しは! あんたひょっとしてライゼル師匠を知ってるのかい?」
「ライゼル? 誰ですその人?」
詳しく話を聞いたところ、どうやらライゼルというのはバレッタの師匠で俺が始まりの街で世話になった親方だった。
……あの人ライゼルっていう名前だったのか、そういや一度も名前を聞いたことなかったな……向こうも俺の事“兄ちゃん”としか呼ばなかったし。
その後いろいろと親方の話やら鍛冶の話やらをしていると、腹が減ったということで時間帯的にも夕飯時だったため俺が作った料理を振舞うことにした。
俺の料理を甚く気に入った二人は、今まで試すようなことしてしまった事を謝罪し工房の使用の件はめでたく許可されたのだが……。
「ジューゴ、もしあんたが嫌じゃなければオレの男にならないか?」
「……なりませんよ、大体俺とバレッタさんは今日知り合ったばかりじゃないですか」
「愛や恋に時間は関係ない、大事なのは密度だと思わないか?」
「だとすれば俺とあなたとの仲はスカスカもいいところですよ!?」
「そんな他人行儀じゃなくて、バレッタと呼んでくれよん。敬語も必要ねえ。そしてキスさせてくれ」
「親しき中にも礼儀ありですよ、バレッタさん? まあ呼び捨てや敬語はおいおいという事で、キスならタロスさんとしてください」
「ジュ、ジューゴのアニキ!? そりゃいくらなんでもひどいっすよー」
「誰がアニキですか!? 大体俺とあなたたちじゃ年も近いじゃないですか」
とまあこういった結末になってしまった。
なぜこうもこのゲームのNPCの雌どもは俺に靡くんだ? 他にもっと見目の麗しい男など山ほどおろうに!
そんなことを考えながら、夜が来たため一旦宿に戻って寝ることにした。
ちなみに宿に入る時見張っていたルインはと言えば、ずっと宿に張り付いていたらしく、街灯の柱にもたれ掛かるようにして眠っていた。
風邪を引くといけないと思い、毛布を収納空間から取り出すと俺は彼女に掛けてやった。……うーん、俺ってやっさすぃー。
こうして工房の使用権を賭けた試験のようなものは,無事に合格したもののまたなにか厄介事が一つ増えたような気がした。
余談だが、バレッタがどうしてもということで、彼女をフレンドに追加した。
このFAOは、プレイヤーだけでなくNPCともフレンド登録ができる仕様になっていたが、敢えて使う事もないとほとんど使ってこなかった。
丁度良い機会だからと、バレッタとタロスをフレンド登録したのだが、後になって俺はこの二人をフレンドに追加したことを後悔することになるが、それはまた別の話なので割愛する。




