7話
訓練場で訓練を終えた俺は街の外へと戻ってきた。
実質的に訓練していた時間は一時間くらいだったのだが、辺りはすでに夜になっていた。
俺が夜になっていることに驚いていると、訓練場まで案内してくれたNPCが教えてくれた。
「この世界での一日はアンタらの世界の六時間で二時間ごとに朝、昼、夜と変わっていくんだ」
なるほど、そう言われれば俺がこのゲームを開始して二時間くらい経ったのか。
最初に始まったのが昼だったから今は夜という事だな。
ちなみにだが、訓練場でのレベルアップはなかった。
街に戻る前に訓練場でナビゲーターが教えてくれたが、どんなに訓練してもレベルは上がらないらしい。
まあモンスターや危険のない安全地帯でレベルを上げられるとなれば攻略の難易度が簡単になってしまうからな。そう言う意味合いでは当然と言えば当然の処置だろう。
NPCに礼を言ったあと俺は外套のフードを頭に被ると夜の帳が下りた街に向かって歩き出した。
「さてさて、次は冒険者ギルドに行ってみっかな」
現在俺ができる行動の中で残っている『冒険者ギルドに行く』を今からやることにする。
等間隔に設置された街灯が暗闇を照らし出すのを眺めながら冒険者ギルドに向かう。
ギルドに向かって歩いている道すがら俺に最初に声を掛けてきたおっぱい女とすれ違った。
幸いなことに外套のフードを被っていたため気付かれることはなかったのだがあの女、まだ俺のことを探してやがったのか? はは、馬鹿め。
俺はまったりとこのVRMMOをプレイしたいのだ。俺のことは放っておいてくれ。
そんなことを考えながら歩いていると、いつの間にやらギルドの入り口まで到着していたようだ。
見た目は古い木造の二階建ての建物で羊皮紙のような紙の裏に二本の剣が交差している看板が掛けられている。
西洋の酒場に出てくるような両開きのスイングドアを手で押し開けて俺は中に入った。
「ここが冒険者ギルドか」
ギルド内は特段珍しいものはなくいくつかの受付が設けられ、それぞれ用途別にギルドの職員が対応している。
どことなく市役所や区役所をイメージしてもらえばわかりやすいだろうか。
今は夜という事もあり、ギルド内にいるプレイヤーはまばらにしかいないためこれならすぐに対応してもらえそうだ。
俺は受付に【登録】と表記されたカウンターに向かうとそこにいた職員の女性に話しかけた。
「あのーすいません、登録したいんですけど」
「冒険者ギルドへようこそ。登録ですね、ではこの用紙に必要事項をご記入ください」
冒険者ギルドでクエストを受注できるようにするためにはギルドに登録する必要がある。
そのためには先ほど職員からもらった用紙に記入をしなければならないのだが特にややこしいものではなくせいぜいが名前とギルドでの活動方針を記入するだけで登録できるらしい。
名前記入欄に括弧書きで偽名可能と書かれていたためどうやら本当の名前を記入しなくてもいいようだ。
まあ、偽名を使うつもりもないのでここは素直に“ジューゴ・フォレスト”と記入する。
活動方針に関しては主にモンスター討伐や素材採取あとは荷物の運搬作業などの力仕事など自分がどの種類のクエストに力を入れるかという大まかな内容を記入するのだが、俺の場合まったりのほほんプレイでいくため活動方針に関してクエスト内容は問わないため特になしと記入した。
「それでは、ジューゴ・フォレスト様。早速ですがギルドの規則などについてご説明します。特に難しい決まりごとはありませんが、他のギルドメンバーとの争いやクエストの故意による失敗などギルドに不利益をもたらした場合、ギルド追放処分もあり得ますのでご注意ください。その他分からない点や詳しい内容に関してはこちらのギルド規約をご確認ください」
そう言いながらギルド職員が数ページほどの冊子を渡してきた。
内容を確認すると先ほど職員が言った禁則事項やギルドのシステムなどが記載されていたが特に小難しい内容ではなく実にシンプルなものだった。
基本的にこのFAOでは個人ギルドを持つことはできず、その代わりに【クラン】と呼ばれるギルドに近いコミュニティーを組織することができるようだ。
ただしあくまでもクランはある一定数の組員で構成された組織でしかなく、クエストの受注などは
冒険者ギルドを通さなければならない。
一方クランは最小で一人、最大人数の上限なしという枠の大きな組織でクエストを発行することはできないが
クランメンバー限定のチャットや高額を支払うことで手に入るクランロッジと呼ばれる拠点が手に入ったりとクランはクランで得られる特典も少なからずあるようだ。
(まあ、ソロの俺には全く持って関係のない話だな……)
あまり興味のない内容だったので次のクエストに関して、疑問に思ったことを聞いてみた。
「あのー、クエストって一度に何個まで受注できますか?」
「基本的にクエストは一度に一つまでしか受注することはできません。他の方が受けたいのに受けられないといった状況を無くすための配慮でございます」
「ということは、クエストの受注人数に制限があると?」
「はい、クエスト毎にパーティー単位で受注の人数を制限しておりまして。例えば、受注制限が五人だった場合、パーティーを一人と数えますので受注制限人数五人は最大で三十五人まで受けることができます。ちなみに一つのパーティーの最大人数は七人となっております」
なるほど、ということは受注制限が五人の最小はソロプレイヤーで五人ということか。
こりゃあ、稼ぎのいいクエストをソロでやってるプレイヤーが受けた日にゃ、他のパーティーを組んで
やってる奴らの非難がすごそうだな。これは出来る限りソロ向けのクエストを選ぶようにしよう。
「他に何か質問はございますか?」と職員が尋ねてきたので、そう言えばと思い出し質問する。
「最後に【クラン】はどうやって作るのですか?今のところそんな予定はないですが参考までに聞いておきたいです」
「クランは特定のクエストをギルドが発行しておりまして、それを全てクリアしていただかなければなりません。加えてクラン発足の準備金として百万ウェンが必要となります」
「ひゃひゃくまんウェン!?そ、それはすごい大金ですね……」
「このような制限を設けないとクランだらけになってしまいますからね。別にクランを作らなくてもパーティーで纏まっていればその重要性もあまりないですから。言い換えればクランと言うのは“ギルドが認めたパーティー”という意味合いが強い呼び方ですね」
確かに、このゲームを攻略していくだけならパーティーを組めれば十分なわけだし、わざわざ高い金を払ってまでクランを作る必要もないということか。
でもクランというギルドから認められた組織という肩書きはプレイヤー達にとっては何よりのステータスだろう。
まあ、今の俺には必要ないものだがな、ふん。
これで一通り聞きたいことは聞けたので、職員にお礼を言いそのままギルドを後にしようとしたが一応クエストが張られている掲示板を見ておこうと思い、足を向けた。
依頼の内容はバラエティーに富んでおり、定番のモンスター討伐や素材採集、変わり種として要人の護衛や荷物の運搬の手伝い、果ては子守りなんていう依頼もあった。
とりあえず今はクエストに関しては受ける必要がないので今度こそギルドを後にした。
ギルドを出るとまだ夜だったので、宿屋に泊まろうと思い空いている宿を探すのだが配信されたばかりのVRMMOあるあるなのかどこも満室で宿が取れない。
空いてる宿を求めているうちにわかったことと言えば、この街の広さと宿屋の多さは尋常ではなかった。
どれだけ広いかまだ全体像すら掴めてはいないが、この街を全部見て回るのにかなりの時間が掛かるだろう。それだけこの街は広大だった。
俺が宿を探して訪れた十三軒目の宿屋、ここも空いていないのなら野宿でもするかとインドアの俺がアウトドアな発想を頭の中で巡らせていると、宿の受付に先客がいた。