6話
訓練場に到着した俺だが、少し困惑した。
何故ならその場所は小さい掘っ立て小屋のような造りをしており何処にも訓練をするためのスペースなどなかったからだ。
「ここじゃねぇのか?」
そう思い俺が小屋に近づくと一人の男が声を掛けてきた。
「よぅ兄ちゃん、訓練か?」
「え、ああはいそう思ってきたんですけど……」
俺の顔色からここがホントに訓練場なのかという疑問を察したのか男は続きを話し始める。
「この先には転移門があってそれぞれの訓練場に繋がってるんだ。
冒険者の人数の多さからしてどんなに広い訓練場でも広さが足りないからね。
別の空間に訓練場を作ることでスペースを確保してるのさ」
「そうだったのですか、じゃあ訓練したいのですが空いてますか?」
「わかった付いて来な」
そう言って男は訓練場に繋がる転移門があるという掘っ立て小屋の中に案内してくれた。
小屋の中は想像通り訓練するには狭すぎる広さだったがそこには一つの転移門が設置されていた。
どうやらこの転移門の先に訓練場があるということらしいな。
「じゃあこの門を潜ればすぐに訓練場だから頑張って訓練してきな」
「ありがとうございました」
俺は彼に礼を言うと転移門に近づきゆっくりと身体を潜らせた。
突然視界が暗くなるもすぐに明るさを取り戻すとそこには二十五メートルプールを縦四つ分横五つ分程繋げた縦百メートル、横五十メートルくらいの広さの訓練場があった。
訓練場は確かにあったがそれ以外には何もなかった。
外はまるで異空間のように何もない虚無の空間が広がっており、まるで異次元にぽつりと訓練場だけがあるような感じだ。
『ようこそ訓練場へ、ジューゴ・フォレスト様。今日はどういった訓練を予定しておりますか?』
「その声は、お前あの時のナビゲーターなのか?」
突然聞こえてきた声に聞き覚えのあった俺はそう質問した。
その声は最初に初期設定をナビしてくれたあの無機質な声だったからだ。
だがその問いを訓練場に響き渡る声が否定する。
『確かに声は同じですが、彼女とは別のナビゲーターでございます』
「そうか、勘違いして悪かった」
『いえ、それよりも今日行う予定の訓練をお聞かせください』
「ああ、今日は剣士の初歩的な動きを覚える訓練をしてみようと思う」
『畏まりました。それでは――』
その後、突如として俺の前方数メートルの空間が歪んだかと思ったらそこにいたのは女の子だった。
某有名なアニメのキャラが着ているプラグスーツのような服を着用しており慎ましい彼女の体の線がはっきりと出ている。
見た目は無表情ながらも顔立ちは整っており、お世辞抜きで可愛い。
だが、どことなく感情が希薄な印象を受けるもそれは彼女の第一声で払拭されることになる。
「ではでは、訓練始めていきましょうか~」
「あ、ああ……」
さっきまでの真面目な態度はどこへ行ったのやら、こいつ猫被ってやがったな。
まあ俺としては訓練さえできれば猫を被ろうが、犬を被ろうがどっちでも構わない。
まずは武器に慣れることそれが大事だな。
「ではジューゴ様、剣士の訓練を行うという事でまずは基本的な動きをお教えします。」
「ああ、頼む」
ナビゲーターの説明では基本的な剣士の動きは昔プレイしたRPGのゲームとほとんど変わらないようだ。
縦斬り、横切り、突き、左右斜め切り、左右切り上げといった、八方向の攻撃とジャンプ斬りや剣での受け流しなどが基本動作らしいのだが、それに加えて隠しコマンド的な要素として、先ほどの基本パターンとは別に特殊な動作があるらしく、詳しいことは今後ゲームを進めるうちに自分で見つけてみてくれと言った説明で終わった。
「では、説明も済んだので基本動作を確認するためにわたしと戦ってみますか?もちろん本気で戦うのではなく、あくまでも動作確認ですのでご安心を」
「そうだな、百聞は一見にしかずとも言うし、頼めるか?」
「畏まりました、では――」
――ポチッ。
一旦言葉を切ると、彼女は自分の腰部分にあるボタンをおもむろに押した、すると。
――ズンチャ、ズンチャ、ズンチャ、ズンチャ。
彼女のお尻から突如として大音量の音楽が流れ出す。
曲調からしてどうやら戦闘曲のようでアップテンポの急き立てられるような曲で昔やっていった大作RPGのバトルシーンで聞いたことがあるような曲だった。
「では、行きますよ」
「待てえぇぇえい!!ちょちょっとストップストップストップ!!そのやかましい音を止めろ!!」
俺がそう言うと素直に止めてはくれたが、なぜ止められたのか分かっていない顔で
こちらを見据えている。
ああ、これは説明するのが面倒くさいタイプのやつだな。
かと言って何も説明なしじゃ納得してくれんだろうしな、しょうがない。
「それは何だ?」
「BGMですけど?ああ、BGMって言うのはバックグラウンドミュージ――」
「いやいやいや、別にBGMの正称が聞きたいんじゃなくてさ。その音楽をかける必要はあるのか?」
俺の至極真っ当な問いかけに小首を傾げ不思議そうにこちらを見つめてくる彼女。
そんな態度を取られると俺の方が間違ってるかのように思えてくるからやめてくれないかな、はぁー。
俺は彼女にできるだけわかりやすく丁寧に説明してやった。
「いいか?俺は、ここに、訓練をしに、やって来てるんだ、それは分かるな?」
「はい、ですから今から実践をするんですよね、じゃあBGMを――」
――がしっ。
「ふむっ、ヒューゴふぁま、ふぁんでふぁたしのふぁおをふかむんふぇふか?」
(ジューゴ様、なんでわたしの顔を掴むんですか?)
「お前が人の言うことを聞かないからだ」
「ふぉっ、ふぉんなーふぃふぉいふぇすー」
(そ、そんなーひどいですー)
顔を片手で掴まれているためうまくしゃべれないのだろうが何となく言っていることは伝わってくるのがちょっとおもしろかった。
もうちょっと遊んでみたい気持ちがあったが、俺にそんな趣味はないので早々に彼女の顔から手を離してやった。
「むぅ、わたしの可愛い顔の形が変わったらどうするんですかぁ~」
「いや、お前AIだろ?」
「AIでも女の子なんですよぉ~」
なんだかよくわからんが彼女の中ではそういうことらしいので深くは追及しないでおこう。
とりあえず剣士の基本動作を確認するとしますか。
その後俺はナビゲーターの彼女との模擬戦闘を行い、剣士の基本動作を確認した。
戦闘と言っても大したことはしておらず、精々が試合のようなもので終わった。
だが途中で彼女が先ほどのBGMを口で奏でようとしたため今度は両手でほっぺをつねることでそれを阻止した。
全く最初のナビゲーターといいこいつといい、このゲームのナビゲーターにはまともな奴はおらんのか。
「これで一通りの基本動作は終了となります」
「そうか、ならこれで訓練は終わりかな」
「他に何かご質問などはございますか?」
「そうだな、質問ではないがナビゲーターならもっと真面目にやってくれ」
「真面目にやってますよ~、ぷんぷん」と言いながら頬を膨らませていたが俺は努めてそれを華麗にスルーする。
このゲームのAIは人間に近くて親近感が沸くのはいいが、それはTPOによりけりだなと改めて実感してしまうのだった。