62話
「……なぁ?」
「……なによ?」
その問い掛けと返答は心ここにあらずの様相を呈していた。
二人の視線は今もなお一人と一匹の激闘に釘付けになっており、瞬きも忘れるほどに見入っている。
「……あれって、俺らより凄くないか?」
「……ええ、そ、そうね」
茫然自失とはまさにこのことで、予想外の展開に二人は目の前の光景をただただ眺めるしかなかった。
(な、なんなのよこれは……あいつってこんなに強かったの……)
ジューゴに初戦を譲る形を取ったレイラは内心で狼狽していた。
彼女の当初の思惑としては、ジューゴの戦闘能力がどれほどのものなのか測り兼ねていたため、自分が先に戦う前に彼の実力を知る必要があった。
彼女の性格上、例え生産職を主としているプレイヤーであっても、侮られるわけにはいかない。
それほどまでに自分の実力に自信があったし、トッププレイヤーとしての自覚も持っていた。
だが先刻から繰り広げられているジューゴとモンスターの攻防は、今の彼女たちには次元が違い過ぎた。
例えるなら小学生が高校レベルのテストを受けるようなものだろうか、それだけジューゴと今の二人の間には実力の開きがあったのだ。
「クソっ、アイツって生産職プレイヤーだろっ、なんで最前線で活動してる俺らより実力があんだよ!?」
「そ、そんなことあたしに聞かれたってわからないわよっ!? こっちが聞きたいくらいなんだから!」
会場にいるほとんどのプレイヤーはジューゴの戦闘に魅入られていて気付かないが、一部のプレイヤーは冷静に彼の強さについて分析を行っていた。
現在進行形で掲示板で意見が飛び交い、こうしている今も議論が白熱していた。
なぜジューゴがここまでの力を付けたのか、それにはちゃんとした理由があった。
そもそもこのフリーダムアドベンチャー・オンラインの育成システム、つまり強くなるための方法は職業レベルの上昇だ。
従来のRPGはキャラクター自体にレベルの概念が存在し、経験値を獲得してレベルが上昇することで、自身が持つステータスが上昇していく。
だがこのゲームの育成システムはキャラクター自体にレベルの概念がなく、職業レベルの上昇によりステータスに補正が掛かる方法を取っている。
そのためこのゲームにおいて最も効率よく強くするためには、各職業レベルをバランスよく育てるのが正しい方法だ。
現在フリーダムアドベンチャー・オンラインのプレイヤーの八割が戦闘職と呼ばれる類の職業を取得している。
戦闘職と言っても剣士や槍術士、斧術士と様々な種類があり、使用可能な武器もそれぞれ異なる。
例えば剣士のレベルを上げたいのであれば、当然剣を装備していなければならない。
しかし、剣を装備した状態では他の槍術士や斧術士といった専門の武器に特化している職業のレベルは上昇しないのだ。
かく言うハヤトとレイラも戦闘職を主に取得しているため、主力武器の専門武器職の職業レベルは三十代とジューゴと変わりないが、他のサブ的な専門武器の職業は二十代に届くか否かというレベルであった。
一方ジューゴと言えば、専門武器職は剣士のみで他は鍛冶職人と料理人と盗賊という何ともバラエティに富んだ構成だ。
戦闘行為という限定的な条件下でしか職業レベルを上げる事ができない戦闘職プレイヤーとは違い、鍛冶仕事や調理、かくれんぼ等の隠密行動といった戦闘以外の行動でも職業レベルを上げる事ができるため、このゲームに限り最も効率のいい職業の取り方を無意識に行っていたのだ。
さらには彼の几帳面な性格も功を奏し、一つの職業を徹底して強くする方法ではなく、取得した職業のレベルをバランスよく育てたことで、各職業のステータスの補正が如何なく発揮されていた。
加えて【ベルデの森】でベルデビッグボアを倒した時に獲得した【勇ましき者】という称号の恩恵である全パラメーターが常時10%上昇の効果も相まって現在のジューゴのステータスは他のプレイヤーからすれば目が飛び出るほどの数値にまで押し上げられていたのだ。
「決まりだな……」
「え?」
先ほど狼狽えていた時とは打って変わり、口端を釣り合げまるで新しいおもちゃが見つかったかのような笑顔を湛えたハヤトがいた。
突如として彼の態度が急変したことを不審に思ったレイラは、思わず先の彼の呟きを耳ざとく聞きつけ、それに対して問いかけるような声を漏らした。
「俺はジューゴを仲間にする。仮に断られても奴がどうやってあそこまで強くなったのか、近くで観察してればその一端が見えてくるはずだ」
「なっ、なんですって!? そ、それは卑怯じゃないかしらっ、それならあたしだって!」
「お前んところのパーティーは、確か女以外はメンバーとして認めなかったんじゃねえのか?」
「うっ……」
レイラをリーダーとする最前線攻略組【紅花団】には加入するための唯一無二と言っていい条件があった。
それは加入するプレイヤーの性別が女性であることだ。
実力の優劣にこだわっていないため個人の実力にばらつきはあるものの、同性同士の連携というものはなによりの強みであった。
だからこそ、レイラはジューゴを紅花団のメンバーに加入させたくてもできないのだ。
この情報はプレイヤーの中では結構有名な話であるため、ハヤトも当然知っている。
だからこそ、敢えてその部分を指摘してくるハヤトにレイラは内心で舌打ちをする。
「とにかく、これでますますソロプレイが難しくなるんじゃないかしら彼?」
「だろうな……」
ジューゴの実力を知ったレイラやハヤトでさえ彼をメンバーとして欲しているのだ。
他の最前線攻略組パーティーも考えることは同じであり、そうでなくても戦闘以外でも有益な戦力となってくれる彼を見逃す手はない。
二人は今後彼が別の意味で忙しくなるだろうなと考え、今だ死闘を繰り広げている彼の背中に同情の目を向けるのであった。




