幕間「幼馴染の結婚式と求婚娘からの逃亡」
ダークエルフの村を襲撃したエルダーコルルクスコーピオンを討伐した後、村を挙げての復旧作業が続いた。
魔物の襲撃による被害はそれなりに甚大だったのだが、元々ダークエルフの村の建築物は仮設的に設営されたテントが大多数を占めていたため、復旧作業も一時間とかからず修復が完了した。
村の人々も魔物の襲撃に慣れているのか、何事もなかったかのように宴の準備を始め、先ほど全ての作業が終わったところだ。
今回の宴は魔物を退けることに成功したことと、俺が村を救ったことに対しての感謝の意味もあったようで村人総出で宴を楽しんだ。
宴の最中引っ切り無しに村人たちが俺に感謝の言葉を言いに来るので、意外と忙しかった。
アゼルとアイリーン二人が仲直りをしたことにより、明日結婚式が執り行われることが決定した。
どうやら村の中では二人が仲直りをした時点ですぐに結婚式が行われるよう前もって準備が進められていたようで、エゼルさんが「これで一つ肩の荷が降りましたわい」と目を細めながら喜んでいた。
ルインは相変わらず俺の腕を取って密着した状態を維持しており、意地でも俺を離さないという意思が感じられた。
女性の村人が感謝を言いに来た時も俺を取られまいと「シャー」という威嚇の声を上げていた。
他の人に迷惑が掛かるので、彼女の頭にチョップを落とし、黙らせた。
楽しい時間を過ごし、宴もたけなわという事で宴が終わり、今日はアイリーンさんの家の客間で泊まることになった。
だが、例によってルインが俺と一緒に寝ると宣い出したため、軽く拳骨を落としてやると口を尖らせ抗議の声を上げたので、さらに右手に握りこぶしを作って振り上げると、大人しく自分の家に帰って行った。
そして、次の日の朝――。
意識はまだおぼろげながらも少しずつはっきりとしていくのが分かる。
まだ寝ぼけているため現実世界と仮想現実の区別がつかず俺は寝た状態で右手を何かを探るように彷徨わせる。
いつも習慣化されているのだろう、無意識に自分の部屋の目覚まし時計を止める仕草をしてしまったようだ。
だが残念なことに、ここはFAOの世界、ゲームの世界なので当然目覚まし時計は無い。その代わり、何か手に当たる感触があった。
生温かくて柔らかな感触で何か懐かしいと思わせる、そんな感触。
掴めそうだったので、そのまま掴んでみるとその柔らかなものに指が沈んでいく。
大きさ的にはちょうどソフトボールくらいだろうか、俺の手から若干はみ出るくらいの大きさだった。
(な、なんだこれ? 丸くて柔らかいな……)
この丸いものの正体を確かめるべく、揉んでいると女の子の声が聞こえてきた。
「えへへ、意外と積極的、でも嬉しい……」
「うん?」
ここでとうとう意識が覚醒し、ゆっくりと目を開けるとそこに広がっていたのは浅黒い肌の少女だった。
それだけならどうということはないのだろうが、問題は自分の家に戻って寝たはずの彼女が俺のベッドに潜り込んでいるという事と服を一切着ておらず全裸だという事だ。
前者の潜り込んだのはまだいいとしよう、良くはないが無理矢理そう思う事にし、後者の全裸の件についてだ。
なぜ着ていないのか、そのことに意識を持っていきかけたところに俺の視線はとある一点で固まった。
それは俺の右手が彼女の胸を鷲掴みにしていたことだ。
ちなみに残念というのか助かったというのかどっちかは分らんが、このFAOでは十八歳未満のプレイヤーもいるための配慮として、乳首などの局部は見えない仕様となっている。
……またこのパターンかよ、と思いながらも彼女、ルインの胸を揉んでいる事実に驚愕していると、畳み掛けるように彼女が甘い言葉を漏らす。
「そんなにがっつかなくてもボクはもうジューゴの物だよ? 前は左のおっぱいだったけど、今回は右のおっぱいだから両方コンプリートだね」
俺が今置かれている状況を理解した瞬間、その状況を拒絶する実にシンプルな言葉が叫び声と共に発せられた。
「NOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!」
“NO”それは純粋な拒絶の言葉、この状況から逃れたいという心の表れだ。
前にも同じようなシチュエーションがあったので少しは耐性が付いていたらしく、今回はグーで殴ることはなかったが、それでも彼女の脳天に強烈なチョップが炸裂する結果となった。
その後のルインはまるで解剖実験の時に仰向けにされたカエルのように体をヒクヒクと痙攣させながら気絶していた。
どうやらチョップとはいえ手加減をしなかったのが悪かったらしく、彼女の意識を完全に刈り取ってしまったようだ。
俺はそのまま掛け布団を彼女に覆いかぶせると、両手を合わせて目を瞑る。
分かっているとは思うが、彼女は死んでないからね? 状況的には似てるけど……。
それから騒ぎを聞きつけたアイリーンさんとエゼルさんが「お盛んな事で……」とからかってきたが、俺の背後の負のオーラに気付いて、跪いて平伏するというシュールな光景が見られた。
何とも居たたまれない気分になった俺は二人に散歩に出かけると言って、族長の家を出た。
今日はアゼルさんとアイリーンさんの結婚式が執り行われるため、村人たちはあくせくと準備に勤しんでいる。
しばらく村を散策した後、家に戻ってエゼルさんが作ってくれた朝食を食べた。
そして、結婚式の準備が整うとつつがなく式が執り行われた。
花嫁衣装などは特に無かったが、現実の世界のように頭をベールのようなもので覆っていることと、周辺で摘んできた花をまとめたブーケのようなものをアイリーンさんが持っていた。
アゼルさんと二人で仲良く歩き、エゼルさんがいる祭壇のような場所までたどり着くと、誓いの儀が始まった。
「汝、アゼルはこの者アイリーンを妻とし、永遠に愛することを誓うか?」
「……誓います」
「汝、アイリーンはこの者アゼルを夫とし、永遠に愛することを誓うか?」
「……誓います」
それぞれ誓いの言葉を口にすると結婚式はいよいよ終盤に差し掛かる。
ちなみに誓いの言葉はあったが、誓いのキスはなかった。
俺は心の中で「ねえのかよ」と思ったが、それを口に出して叫ぶほど空気の読めない人間ではないので口には出さなかった。
最後に花嫁が持っているブーケのような花束を投げる例のあれが始まり、独身女性がまるで獲物を見ような獣よろしく目をぎらつかせ臨戦態勢を取った。
「いーい? それじゃあ、いくわよー!」
そう一声かけるとアイリーンさんは両手で花束を獣たちがいる上空へと投げた。
その瞬間、弱肉強食のバイオレンスな世界が広がり、一人、また一人と弱い個体は強い個体に蹂躙されていく。
最終的に三人残り、このうちの誰が花束を手にするかという刹那、どこからともなくブーケを奪い去っていく影が現れた。
「これは、ボクのものだーー!」
そうブーケを掲げながら彼女にしては大きめの声で叫ぶルインの姿があった。
この時彼女が着ていたのは表面積の薄いおめかし用のドレスだったため激しい動きをしたことで見えてはいけない部分が見えそうになっていた。
それを見たエゼルさんが「やめんか、このじゃじゃ馬娘が!」と怒鳴り散らす一幕があったものの問題なく結婚式は終了した。
さあ、宴会も楽しんだし、二人の結婚式も見れたのでもはやここには何の未練もない。
そう思い次のイベント【冒険者たちの武闘会】に出場するため一度会場がある始まりの街に戻るためアイリーンさん達に別れの挨拶をするべく族長の家に歩き出したのだが……。
「……ジューゴ」
「なんだ」
「ボクと結婚して」
「断る」
こういうのは躊躇うと相手に変な気を持たせてしまうので、はっきりきっぱりと断る。
そんなやりとりから数秒後……。
「……ジューゴ」
「なんだ」
「ボクと結婚して」
「断る!」
舌の根の乾かないうちとはまさにこのことで、俺に求婚を断られた数秒後に再び求婚してきやがった。
もちろん結婚なんてできないので当然ここもきっぱり断った。
そして、しばらく歩いた後、族長の家の前までたどり着いた時に再び……。
「……ジューゴ」
「断る!!」
流石に三回目ともなれば、全てを聞かなくてもわかるのでその前に断ってやった。
するとまるで捨てられた子犬のような目を向けながら俺に問いかけてくる。
「ジューゴは、ボクの事嫌い?」
「俺がルインの事を好きとか嫌いとかそういう問題じゃないんだよ。俺はプレイヤーで、君はNPCなんだ。俺が言ってることは分るな?」
どんなに好きな者同士でも所詮NPC達はこのゲームの中でしか生きることを許されない存在だ。
俺がこのゲームにログインし続けている間は多少は慣れ合うのも吝かではない、だが結婚となれば話は違ってくる。
現実の世界でも結婚するには婚姻届けを役所に提出しなければならない、それほど法的な拘束力が付きまとう。
友達になるのにも、お付き合いするのにも、届け出は必要ないが、結婚するためには申請が必要なのだ。
それに加えて、結婚すれば相手を養って行かなければならないという責任が生ずる。
まともな恋愛をしたことがない俺ではとてもではないが、荷が重すぎる事だろう。
「プレイヤーだから、NPCだから結婚できないの?」
「そうだ、お互いに住む世界が違うんだ。NPCはNPCとプレイヤーはプレイヤーと一緒になったほうがいい。プレイヤーである俺と一緒になっても辛い思いをするのは君だよ?」
なんとか俺との結婚を諦めてもらうべく、俺と一緒になってもいいことがないという方向に持っていこうとしたら、突然ルインが俺の腕にしがみ付いてきた。
「それでもいい! ジューゴの側に一緒にいられるだけで、ボクは幸せだもん。だからお願い、ボクとけっこ――」
「悪いな、ルイン……」
「うっ……」
そう一言呟くとしがみ付いていたルインの腕を振りほどき、そのまま彼女の背後に回り込んで、首の付け根に手刀を落とした。
その瞬間、呻き声を上げて意識を失った彼女の体を支えながら、族長の家に入っていく。
家に入り、ソファーに彼女の体を預け、そこにいたアイリーンさんやエゼルさんに別れの挨拶をする。
二人とも本当に名残惜しそうな残念そうな顔を浮かべ「もう少しいてくれてもいいですよ」と言ってくれたが、差し迫っているイベントもあるため二人の申し出を固辞する。
その後ルインを残して、村人総出で送り出してくれた。
こういうのには慣れていなかったが、気分としては悪くなかったので、たまにはいいかなと思った。
この村で起きたことは、俺にとっていろいろと濃い内容のものだったが、総じて楽しかったので良しとしよう。
そう思いながら一つ息を吐き出すと、村人が振る手にこちらも手を振り返しながら村を後にした。
ただ一つ気になったのはエゼルさんの一言で……。
「ダークエルフ族の女は一度好いた男から死んでも離れない。救世主様、そのことゆめゆめお忘れなきよう……」
この時から自由の身から追われる立場になるとは夢にも思わない俺だった。
【作者のあとがき】
お疲れ様です。こばやん2号です。
第六章が終わったのですが、今思い返してみると、長かったですね。
予定としてはこの六章の中盤からイベントが始まる予定だったのですが、突然俺の中に降りてきたのです。ダークエルフを出せというご神託が!
というのは冗談にしても、なかなか手こずってしまい今回かなり話数が多くなってしまいました、てへぺろ。
読者の方々も空気を読んでなのか、それとも別の意図があったのか、感想がほとんど書かれませんでした。
アルファポリスでは誤字の指摘をいただいていたのですが、なろうではほとんど感想がなかったです。
もっとも俺がそれを望んだというのもあるので、如何ともし難いですが、便りのないのは元気な証拠ともいいますし、感想がないのは面白い証拠として受け取っておきます。
次の第七章でようやくプロローグに出てきた内容に着手することになるわけですが、果たしてどうなることやらというのが現時点での感想です。
マイペースに頑張っていこうと思いますので、お暇な方は何卒ご拝読いただければなと思います。
それでは第七章の幕間でまたお会いしましょう、では!




