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55話



 ジューゴがルインとラッキースケベな展開になるほんの少し前の事だった。

 一人絨毯に座っていたアイリーンは物思いに耽っていた。



(それにしても、ジューゴさんったらいきなりほっぺを抓ってきたのにはびっくりしたわ)



 だがその事について別段アイリーンは怒ってはいない。

 彼なりに自分を元気づけるためにやったことだと理解しているし、何よりもこれからするべきことを示してくれたような気がしたからだ。



「恋は早い者勝ちか……私ももう少し頑張らないとね」



 かつての仲を取り戻すべく、アゼルへの想いに耽っていると突如地鳴りが響き渡り大地が揺れ始めた。

 床に這いつくばり揺れが収まるまでじっと耐える。何事かと狼狽えているアイリーンの前にやってきた村人が悲鳴に近い声で彼女に叫ぶ。



「族長様、た、大変です。む、村に巨大な魔物が!」


「な、なんですって!?」



 村人の報告にすぐさま立ち上がり、外へと飛び出す。

 そこには阿鼻叫喚の地獄絵図と化した村の姿が飛び込んできた。

 建物の一部は倒壊し、見るも無残に破壊され、村人たちは何かかから逃げ惑うように必死の形相で走っている。

 村人の進行方向とは逆の位置に視線を向けると、この事態を引き起こした元凶が目に映る。



 それは優に7メートルを超えるのではないかと思われる、巨大な体格をしたサソリの魔物で、まるで蹂躙を楽しむかのようにのっそりとした歩調で進行してきていた。

 戦闘に秀でた者は弓やナイフなどで迎撃を試みるが固い甲殻に阻まれ有効的なダメージを与えられないでいた。



「む、村が……そ、そんな……私は一体、どうすれば」



 族長になって日が浅い彼女では不測の事態が起きた時に素早く対応するだけの経験がまだない。

 そういったことはおいおい時間をかけて学んでいくことだし、何よりも今のこの状況が平時から起こること自体が珍しい。

 それが起こってしまった今、経験の浅い彼女が村人たちに的確な指示を出し、被害を最小限に食い止めることなど酷というものだろう。

 村にとって幸いだったのが、この村にはまだ前任の族長が存命だったことだ。



「村の者よ、慌てるでない。女子供を安全な場所に避難させよ。戦えるものは武器を取り女子供が逃げ切るまでの時間稼ぎをするのじゃ!」


「おばあちゃん……」



 自分がやるべきことを代わりにやってくれたという申し訳なさと、祖母がいてくれてよかったという感情が入り乱れた複雑な表情を浮かべる。

 アイリーンの気持ちを察してか一瞬だけ顔を綻ばせるとエゼルは険しい顔で彼女に言い放つ。



「アイリーンよ、お前も村の女子供と一緒に避難するのじゃ」


「で、でも私はこの村の族長よ。族長が他の村人を置いて逃げるわけには―ー」


「馬鹿者! 今はそのような事を考えている場合ではない。あの魔物を食い止める役目はこのワシが命を懸けて務める。お前は生き残った村人と再びダークエルフの一族を再興させるのじゃ」


「そ、そんな……命を懸けるだなんて。おばあちゃん!」



 二人が言い争っている間にも魔物は確実に村の中核へと進行してきており、このままでは村は壊滅してしまう。

 どのみち誰かがあの魔物の足止めをし、村人たちが避難するまでの時間稼ぎをしなければならないのだ。

 この場でそれができるのは長きに渡り族長の座についていたエゼルを置いて他にはいなかった。



「お前の花嫁姿とひ孫の顔を拝めないのは残念じゃが、これから頑張って族長の座を務めておくれ。それがワシの最後の願いじゃ」


「嫌、おばあちゃんが死ぬなんて……私、私は……」


「いいからお行き!」



 そう叫ぶとエゼルは村人たちが逃げている方へとアイリーンを押しやった。

 この状況を何とかできない自分の無力さに唇を噛みしめながらも、自分がこの場でできることがない以上いても足手まといになる。

 そう判断したアイリーンはエゼルに「おばあちゃん、死なないでね」と言うとエゼルの元から走り去っていった。

 それを確認した後、口の端を吊り上げ対峙している村の戦士たちと共に魔物に向き直った。



「いいかい村の戦士たちよ。こいつをここで足止めできなきゃ村は壊滅してしまう。この場所を命がけで死守するのじゃ」



「「「「おおーー!!」」」」



 エゼルの鼓舞する声に村の戦士たちも雄たけびで答え、それぞれの得物を手に魔物の足止めを開始するのだった。





 一方アイリーンと言えば、村人が避難してる場所に向かって走っていた。

 村人たちが避難する場所に向かう間も地鳴りが続いており、壮絶な戦いが繰り広げられていることは容易に想像できた。

 逃げている途中、幼い少女が躓き転んでいる光景が目に入った。



「大丈夫?」


「う、うん……あっ! お、お姉ちゃん、う、後ろっ」


「え?」



 幼い少女が自分の後ろを指を差しながら恐怖に満ち溢れた表情を浮かべる。

 何事かと後ろを振り向けばそこには先ほどの魔物よりも小ぶりだが、それでも5メートル以上はある巨大というには十分な大きさのサソリがこちらに向かってきている様子だった。

 咄嗟にアイリーンは未だに地面に伏している少女を抱き上げると、そのまま前に向かって放り投げた。



「きゃあー」



 少女はそのまま地面に叩きつけられたが、大した怪我をすることはなかった。

 だが、アイリーンはといえば、向かってきたサソリが鋏を横に薙ぎ払い、その鋏に捕まり身動きが取れない状態に陥ってしまう。



「お、お姉ちゃん!」


「いいからあなたは逃げなさい、早く!」



 そう言ったはいいもののこの状況でもはやアイリーンがサソリの鋏から抜け出す術はなく、大人しくサソリの餌食になるしかなかった。

 それを悟ったアイリーンは覚悟を決める。



(どうやらここまでのようね。こんなことになるならアゼルに自分の気持ちを伝えておけばよかったわ……)



 後悔先に立たず、幾ら後悔したところでもはや何もかもが遅すぎることだ。

 彼女はもう一度アゼルに会いたいと心の中で願いながら、サソリの餌食になる覚悟を決めそっと目を閉じた。

 その覚悟がサソリに伝わったのか、ゆっくりと自分の口に彼女を持っていくのが気配で分かり、いよいよ最後の時と思ったその時――。



「うおおおおおおおおおおーー!!」



 物凄い咆哮と共に誰かが突進してきた。

 いつも持ち歩いている愛刀のシミターを振り上げそのままアイリーンの体を捕まえている右の鋏に振り下ろした。

 だが、サソリの甲殻はかなり固いのかその一撃は空しく弾き返されてしまう。

 サソリの動きが止まったことを不審に思ったアイリーンがそっと目を開けるとそこにいたのは自分が会いたいと願った人物だった。



「ア、アゼル……ど、どうしてここに?」


「くそー、放せ。アイリーンを離すんだ、このサソリ野郎!」



 彼女の質問には答えずただひたすらシミターを振り下ろし続け、なんとかアイリーンを助けようとするも鋏が傷ついた様子はない。

 その様子をしばらく呆然と見つめていたが、ハッと我に返った彼女は叫んだ。



「アゼル何をしているのっ!? 私の事なんていいからあなたは逃げて!」


「うるせえ、お前は黙ってろ! チクショウ、離すんだ。俺の大事な女を離せ!!」


「え?」



 アイリーンの言葉にぶっきらぼうに答えるとまるで今までの気持ちを吐き出すようにアゼルが声を荒げる。



「約束したんだ! いつか大きくなったらアイリーンと結婚するって。今までいろんな女の子に声を掛けられたけど、全部断ってた。俺の側にいて欲しい女はアイリーン……アイだけだから!!」


「っ!?」



 突然のアゼルの告白に驚きながらも、彼が昔自分の名を呼ぶ時に使っていた愛称で呼んでくれたことに懐かしさ嬉しさを感じていた。

 そして何よりもアゼルが今までずっと自分の事を想い続けていてくれたことに胸のつかえが取れたような安堵感が込み上げてくる。



 ただ、残念ながら魔物であるサソリに人の心の機微や空気を読むといったことができるわけもなく、アゼルの抵抗に苛立ちを覚えたサソリが自身の最大の武器である尻尾にある毒針攻撃を仕掛けてきた。

 


「あ、アイリーン!」



 その攻撃を察知したアゼルがサソリの鋏をよじ登るとアイリーンに覆いかぶさり毒針からアイリーンを守ろうと盾となった。

 アゼルが何をしようとしたのかすぐに理解したアイリーンの口から「やめて」という言葉が紡ぎ出されるよりも早く、さそりの毒針は彼目掛けて襲ってきた。



「い、いやああああああ!!」



 最悪の結末を想像したアイリーンが絶望の絶叫を挙げた直後だった。

 何か鋭い風を切るような音と共に巨大な何かが地面に落ちる音が響き渡る。

 アゼルが何事かと顔を上げると同時にアイリーンもまた同じように何が起こったのか確認すると。

 そこにいたのは目立たない薄汚れた外套に身を包んだ人物が立っていた。



「あ、あんた……」


「じゅ、ジューゴさん、ど、どうして……」



 なぜジューゴがここにいるかわからないという二人を一瞥すると軽いため息をつきからかう様にニヤニヤ顔を張り付けると。



「やれやれ、二人ともよろしくやってんじゃないっすか~。こんな危機的状況だってのに見せつけてくれますねえ~。そんな甘酸っぱい雰囲気出しやがって、お前らは中学生か!」



 何か訳の分からないことを口にしたが、アゼルとアイリーンにしてみれば今の状況で二人をからかっているジューゴの方が異常に映っていた。

 二人の顔色からこちらの言葉の意味を理解していないと感じたジューゴは肩を竦めるとサソリに向き直った。



「まあとりあえず、これじゃあ話もできないから、こいつぶっ倒すわ」



 この戦いが後にダークエルフたちの間で【英雄伝説】として長きに渡って語り継がれることをジューゴは知らなかったのであった。

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