33話
フリーマーケット、蚤の市とも呼ばれるそれは物を大切にしようという思想から自分が使わなくなった物を売買あるいは交換という形で取引される古物市のことである。
このFAOにおいてのフリーマーケットの概念は生産職を持つプレイヤーが作った品や不要なアイテムを必要としているプレイヤーに売買するシステムの事を言う。
今回の目的はそのシステムを利用して自らが作った料理を販売することだ。
「あまり目立たない場所がいいな」
そう思い俺は運動会の設営テントの様にずらりと並んでいる販売所の中でも最奥の場所をチョイスした。
商いを行う上でまず重要なことは客に自分の商品を見つけてもらうことなのだが、俺は敢えて目立たない場所で販売することにする。
理由としては簡単でフリーマーケットで商品を販売したいが繁盛はしなくてもいい、この二つの相反する感情を同時に満たすには目立たない場所での販売がベストなのだ。
繁盛することが目的ならば入ってすぐの客の目が一番最初に向く場所を選べばいい。
よくスーパーなどでも入ってすぐの場所は野菜や果物の青果類が並んでいる事が多い、その理由を知っているだろうか?
それは野菜や果物などは購入頻度が高く客の需要もおのずと高くなるためほとんどのスーパーは入って最初の売り場を野菜や果物の売り場にしている。
今回の場合はその逆で販売することが目的で売り上げは二の次でいいのだ。
出品する際の手数料などもなく誰でも簡単にアイテム一個から出品できるため現実の店と違い店舗維持費などの経費がかからないため売れなくても赤字にはならない。
もちろん一つの商品を開発する際の掛かったコストと実際売れた金額の差によって赤字か黒字かは決まるのだが今回の場合はすでに出品する商品も完成しているため売れたら売れた分だけ黒字になっていく。
「とりあえずおにぎりが200個とハーブステーキが100枚でいいかな」
俺が初めて死に戻りを経験した後の三日間で爆産したおにぎりとハーブステーキを出品する。
値段はこのFAOの世界の物価と現実世界の物価は多少の違いはあれどもほぼ同じくらいだ。
そこで俺はおにぎりを1個100ウェン、ハーブステーキを1枚250ウェンで販売することにした。
おにぎりは妥当な値段だと思うが、ステーキはどうだろうと思ったが、所詮はゲームの世界だし一応様子見ということで250ウェンに設定しておく。
全部売れれば45000ウェンの儲けだな、そんなに売れるわけないと思うがな……。
もちろん販売する全てのおにぎりとステーキの製作者の欄は非公開に設定している。
鉄の剣での一件があるためそこは十分な注意を払った。
俺は同じ轍は二度と踏まない男なのだ、えっへん。
とりあえず細かな設定が終わり最後に販売所の名前を設定する項目が出現する。
ここでも俺は細心の注意を払い【セルバ百貨店】と入力する。
ジューゴマーケットやフォレスト百貨店にしたかったがそれだとあのジューゴ・フォレストが出品していると騒がれる可能性があるためそれは避けることにした。
ちなみにセルバというのはスペイン語で森という意味の言葉だ。
「うし、これで販売開始と……」
販売開始のボタンを押すと会議室で使うような長机の上にぼんやりと輝く文字が浮かび上がる。
どうやらこれがマーケットで出品しているという証になるらしく確認してみるとウインドウが出現する。
【セルバ百貨店】
おにぎり×200 1個100ウェン
オラクタリアピッグのハーブステーキ×100枚 1枚250ウェン
こんな感じで表示され出品されていることを確認する。
初めてのフリーマーケットでいきなり百単位の出品は早まったかとも思うが、数百個のおにぎりなんて自分で食べていたらいつまで経っても食べきれるかわかったもんじゃない。
時間経過による劣化がないとはいえ作ったものを食べずに収納空間で肥やしになるのなら他のプレイヤーに譲った方がおにぎりたちも本望だろう。
俺はまだ見ぬ客に俺が作り出したおにぎりたちをよろしくと呟くとその場を後にした。
この時の俺はまだ知らなかった。 このフリーマーケットでの出品が【セルバ百貨店おにぎり事件】というFAOの歴史の1ページに刻まれる事件にまで発展するという事を……。
フリーマーケット場を後にした俺は宛てもなく街をブラついていた。
多くのプレイヤーが行き交いNPCたちも忙しそうに仕事をこなしている。
俺たちプレイヤーにとってはゲームの世界だが彼らNPCにとってはここが現実の世界なのだ。
昔プレイしたRPGで登場してきたNPCたち、そして仮想現実という新たな技術を用いて人間とほとんど変わらない自我を持ったNPCが再び俺の前に現れた事実。
技術の進歩の素晴らしさを感じると同時に自分がそれだけ大人になったのだなという嬉しさや寂しさが入り混じった何とも言えない感情が沸いてくる。
「忙しいところ悪いけどあなたがジューゴ・フォレストね」
「うん?」
俺が感傷に浸っていると後ろから艶やかな女性の声が聞こえる。
振り返るとそこにいたのは魔法使いの恰好をした色香漂う女性だった。
生地の少ない魔法のドレスは見えてはいけない部分を辛うじて隠れているだけでエロい。
現実世界にいたら間違いなく公然ホニャララ罪が適応されてもおかしくない。
(でけえな、何カップあんだろう?)
俺は彼女の自己を主張する二つの膨らみ、いや山岳に目がいってしまう。
こんな時よく女性は男の視線に気が付くと言うがそれが今証明された。
「Kよ」
「は?」
「だからKカップ」
「マジかよ」
おそらく俺が何を考えているか察したのだろう、俺が頭の中で思っていた疑問に彼女が答えてくれた。
俺は恥ずかしさと自分の考えを読まれた悔しさで視線を逸らしながら何の用か女性に問いかける、すると――。
「わたしと勝負なさい」
「言っている意味がよくわからないのだが?」
「だからわたしとPVPで対戦しなさい、アナタの実力が知りたいのよ」
PVP、このFAOにはプレイヤーを直接攻撃して倒すPKと呼ばれる行為は原則として禁止だが、ある特定の条件下においてはそれが可能となる。
それはプレイヤー同士での決闘システムでの対戦、PVPだ。
プレイヤーバーサスプレイヤーの略であるPVPであれば禁止されているプレイヤーへの直接攻撃が許可される。
「なんで俺がそんなめんどくさいことをしなきゃならんのだKカップ。対戦したいのなら他のプレイヤーをあたってくれ」
「Kカップを名前で使わないでくれるかしら? わたしにはアキラっていうちゃんとした名前があるのよ?」
「そうかそうか、それは申し訳なかったアキラ(Kカップ)」
「Kカップから離れなさい!」
「お前が言い出したことだろ!」
いきなり対戦しろとかどこの戦闘民族ですか? ほっといたら「オラわくわくしてきたぜ」とか言い出してきそうだな、まったく。
とにかく俺にはそんな気は全くないのだ。悪いがここは失礼させてもらうとしよう。
「とにかくだ。これ以上アンタに構ってるほどこっちも暇じゃないんでね、失礼させてもらう」
「あっ、ちょちょっと待ちなさい! わたしとやりなさいよ!!」
「主語をちゃんと言え、馬鹿者! 違う意味に聞こえるだろうが!!」
「あら、わたしはそっちでも別に構わないわよ。結構わたしのタイプだしアナタ」
「はっ、言ってろこのエロリストめ」
そのままアキラを無視して俺は早足気味に歩き出す。
それを逃がすまいと同じように早足気味で追いかけてくるアキラだったが、おっぱいのデカい女が早足で歩くという事は当然その肉の塊が左右に揺れるわけで……。
「いい加減に諦めろよ、俺は忙しいんだ!」
「そっちこそ諦めなさいよ、大人しくわたしの胸に埋もれなさい!」
「そんな話をした覚えはねえ! こうなったら全力を出すまでだ!」
そう言いだしたあとすぐさま全力疾走で俺はアキラから逃亡した。
幸いというか怪我の功名というか全力鬼ごっこは今回で二回目だ、付いてこれるのなら付いてきてみやがれKカップめ。
突如として現れたエロリストことアキラと全力鬼ごっこをする羽目になってしまった。




