32話
「49……50……っと」
俺は出来上がった最後の鉄の剣をまとめて置いてある鉄の剣の束の中に置いていく。
あれから一旦宿に行きログアウトした後、時間を置いて再びログインしその日の夕方まで鉄の剣を作り続けた。
日曜日の間ずっとログイン制限の掛かるギリギリまで鉄の剣を作成し続けたが、
結局出来上がらず月火水と三日間時間にして10時間弱ほどの時間を要し、ようやく全ての依頼された鉄の剣を作成し終えたのは木曜日の事だった。
鉱山から戻った時に親方に兄である棟梁に会ったことと鉱山での事の顛末を報告した時、かなり驚いていたが親方は親方で報告があり俺が留守の間に人が訪ねて来たらしい。
魔法使いの恰好をした女の人だったらしいが、何か嫌な予感が頭をよぎるも依頼を完遂すべくひたすらハンマーを叩き続けた。
そのお陰と呼ぶべきなのかせいと呼ぶべきなのかは分からないが、鍛冶職人のレベルも24まで上昇した。
ちなみに耐久値が見れるようになったのかと言えば……見れるようになりました!
何故かは知らぬがレベルが23になった時――というかレベルが上がる度に確認していたのだが――にようやく耐久値の項目が見れるようになっていた。
余談だが、そのことがあまりに嬉しすぎて「やったー」と両手を上げて万歳をしたら親方たちに白い目で見られて恥ずかしかった。
そんなこんなで鉱山から帰って来てからひたすらに鉄の剣を量産し続け、依頼を受けてから六日目にして依頼された全ての鉄の剣を作成することができたのだった。
工房にいる間もひっきりなしに鉄の剣作成の依頼のためプレイヤーが俺の元にやって来たが、今回だけの依頼ということとプレイヤーが殺到した時に説明した内容を話すと何回かは食い下がってくるが最終的にはみんな納得して引き下がってくれた。
中にはパーティー勧誘や弟子入り志願という変わり種もいたが丁重にお断りした。 ソロプレイこそ我が信条なのだ。
俺は生産職専門ではないが戦闘職専門でもない。
だから自分の目的のために作った装備ならばある程度の性能のもの限定で販売することもあるし、場合によっては依頼を受けて作ることもやぶさかではない。
だがそれはあくまでも自分のプレイに支障が出ない範囲でというものなため俺がプレイヤーの依頼で物を作ることはおそらく金輪際ないだろう……と思いたい。
「どれ、一応見ておくか」
そう言うと俺は五十本の鉄の剣の束の中から一本を取り出しその詳細を確認する。
【秀逸な鉄の剣】
若手鍛冶職人が腕を振るって作った一本。
通常の鉄の剣よりも攻撃力と耐久力に秀でた逸品。
攻撃力+23 耐久値:438 / 438
製作者:非公開
とまあ大体平均すると攻撃力が23から24で耐久値が400から450ほどの数値に収まるように加工を調整した。
ちなみに攻撃力以外の他のステータスが上昇する鉄の剣もあったが、それだと高性能すぎるため溶かして鉄に戻しておいた。
製作者が非公開なのはアップデートで修正されたことで出来るようになった製作者の非公開設定をオンにしているからだ。
鍛冶職人のレベルが上がったことで鉄の剣一本に掛かる作成時間が短縮されたのは僥倖だったが、同時に鍛冶の腕が上がったことで高性能なものができる確率が上がり先ほどのクオリティの鉄の剣に仕上げるのに心血を注ぐ羽目になってしまった。
なんだがプロ野球選手がちびっこ野球の少年たちと野球をする気持ちがなんとなく理解できてしまった。
それから念のために全ての完成した鉄の剣をチェックしたが、性能にばらつきがないことを確認すると俺は親方の元に向かう。
目的は依頼された品の受け渡しについての相談だ。
「親方、鉄の剣の受け渡しなんですけど、親方から手渡してもらえませんかね?」
「なぜだ? 訳を聞かせてくれ」
「俺がこの世界にいない時に取りに来るかもしれませんし、俺も他にやることがありますのでこれ以上この件だけに構っていられないんですよ。
これは俺のわがままなので親方が無理だというなら断ってもらっても構いませんが」
「うーん、わかった受け渡しは俺から渡しておく」
「ありがとうございます。それとプレイヤーに渡す際にいくつか条件がありますのでそれを必ず伝えてもらえませんか?」
俺は親方に受け渡しに関する条件を説明した。その条件とは以下の3つ。
その1 誰が鉄の剣を作ったのか製作者の名を明かさない。
その2 修理や新たな装備作成の依頼は受け付けない。
その3 この鉄の剣が原因で引き起こされた事故やトラブルについて製作者に一切責任はなく全て自己責任とする。
以上の条件を受け渡しの際にプレイヤーに伝えて欲しいことを俺は親方に伝え親方もそれを承諾した。
人の口に戸は立てられぬということわざもある通り俺が優れた鉄の剣を作れるという噂が広がるのを防ぐ術はない。
実際現在進行形で新たな鉄の剣作成の依頼が舞い込んできているため丁重にお断りしているのが現状だ。
だからこそ俺の事を知らないプレイヤーがいるのならそのまま知らずにこのFAOを楽しんで行って欲しい。
俺は俺で現実世界で荒んでしまった心を癒すことに専念できるのだから。
伝えるべきことを伝え終えた俺は親方に一言礼を言うと次の行動に移るべく工房を後にした。
後日依頼をしたプレイヤー全てに鉄の剣が行き渡り、その剣を使っているプレイヤーは前線で大いに活躍したそうだ。
最前線でジューゴ・フォレストの鉄の剣が攻略に一役買っていたことは知る人ぞ知る情報としてプレイヤーの耳に入ることになったのであった。
工房を後にした俺は“次に何をするのか?”という疑問で悩んでいた。
具体的に次にやりたいことは二つあった。
一つはベルデの森に再び赴き卵を手に入れるということで、もう一つは一人で食べきれないでいる料理をフリーマーケットに出品するということだった。
前者はおそらくまだ実力不足な気がするが森に行き剣士のレベル上げを同時進行でこなしていけばなんとかなるかもというのが俺の見立てで、後者は一応お試し感覚で出してみようかなという思いから出た選択肢だった。
「そうだな、ここは様子見というかこのゲームの機能を理解するためにもフリーマーケットで俺の料理でも出してみるか」
選択肢が決まればすぐに行動あるのみということで俺はすぐさまフリーマーケット場まで足を運んだ。
ジョギングで走り続けること数分目的地のフリーマーケット場に到着する。
そこは例えるなら小学校の運動会で運営本部が設置されるときに使われる白い三角屋根のテントが並びそこに会議室で使うような長机が置かれた簡素な造りの会場だった。
もともとNPCは街の決められた場所で商いをすることができるがプレイヤーはそれができない。
だから生産プレイヤーが自分で作ったものを売ったり、プレイヤーが要らなくなったものを他の人間に譲ったりできる場所が必要だった。
そのためFAOではフリーマーケット場が実装されているのだ。
「さすがにまだ出品しているプレイヤーは少ないか」
戦闘職主体のプレイヤーがほとんどを占めるこのFAOことフリーダムアドベンチャー・オンラインにとって生産プレイヤーは極々少数派も少数派だ。
最近はちらほらと生産職の重要性に気付き始めたプレイヤーが新たに生産職を取ったり、戦闘職を一つ潰して生産職を取り直したりしているがまだ客に出せるような品は出ていないというのが現状だった。
それでもちらほら出品されているのだが、出されている品物のほとんどが素材や食材そのものあるいは使い古しのアイテムなどだ。
自らが作成したアイテムや装備や料理などのオリジナル製品はまだ出ていなかった。
「やはりまだまだ生産プレイヤーが育ってないという事か」
俺はそう独り言ちながら出品する場所を探していると一人のプレイヤーが立っているのに気が付く。
三十代くらいの落ち着いた雰囲気を持った男性でおじさんというよりもおにいさんという印象の強い優しそうな人だった。
「あのーすいません」
「どうかしましたか?」
「実は数日ほど前からここで出品し始めた者なのですが、いつまで経っても売れなくて困っているんです。何がいけないのか分からないので一度出品している商品を見てもらえませんでしょうか?」
「それは構いませんが、俺もここを初めて利用する人間ですのでいいアドバイスはできませんよ?」
「大丈夫です。とにかく一度見てください」
そこまで言うのならと俺はこのおにいさんの出品している品物を見せてもらうことにした。
だがそこに出品されていたのはオラクタリア大草原に出現するモンスターの素材や食材と西の丘で取れる薬草の項目があったが、さして珍しいものはなかった。
値段自体もギルドが買い取ってくれる金額とほとんど変わらずはっきり言って普通だった。
まあまだ配信されて日も浅いゲームだし素材と食材の需要もほとんどないためしょうがないと言えばしょうがないのだろう。
「あー、これじゃあ確かに売れませんね」
「どうしてでしょうか?」
「まず需要と供給の問題です。このFAOはまだまだ生産プレイヤーの数が少ないため素材や食材を欲しているプレイヤーが少ないということですね。もう少しすれば需要が出てくるでしょうが、生産プレイヤーが少ない現状では今のラインナップでは正直言って売れないでしょうね。今売れるのは前線組のプレイヤーの役に立つ装備や回復アイテムなんかが需要が高いのではないでしょうか?」
「そうですか……」
そう答えるとおにいさんは肩を落とし落ち込む。
そうアドバイスした後俺は出品項目にスクロールバーがあることに気付きそれをスクロールしてみる。
すると出てきた名前に俺は一瞬固まったその項目がこれだ。
【クエックの卵】×3 一個300ウェン
(え? クエックの卵……だと?)
俺は迷わず三個あったクエックの卵を購入した。
チャリンという効果音が響いたのをおにいさんが気付きこちらに顔を向けた。
「あの、今」
「ああ、俺の欲しかった食材があったんでね、買わせてもらいました」
「あっありがとうございます!!」
「ところでこのクエックの卵はどこで手に入れたんですか?」
「ベルデの森に入った時にたまたま見つけたんですよ。まあその後ベルデウルフに瞬殺されましたけどね、ははは」
なるほどそういう事か、だがベルデの森に再挑戦せずして目的の卵を手に入れられたのはラッキーだったな。
これでベルデの森に行かなくても良くなったが、いつかは自分の手で手に入れたいものだな。というか手に入れる。
「申し遅れましたが、私はユウトと申します」
「俺はジューゴです。こちらこそよろしくお願いします」
二人とも名乗っていなかったことに気付きお互いに簡単な自己紹介をした。
少し雑談をした後「とりあえずこれから頑張ってみます。お買い上げありがとうございました」という言葉をユウトさんから聞くと俺はその場を後にした。




