22話
鉄の剣作成後俺は再び外套に身を包み工房を出る。
親方に報酬の話をしたかったのだが、仕事に集中しているようだったので声を掛けずに出かけた。
そのまま道なりに進み市場に到着すると目ぼしい食材がないか物色することにした。
そう言えばまだ手にしていない重要食材があったなそれを探してみるか。
「これはこれは旦那じゃありやせんか」
「うん?」
そう声を掛けてきたのは俺が米を買った時に世話になった店主だった。
丁度いいこの人に話を聞いてみるか。
「卵……ですかい?」
「そうだ、頭にトサカを持つ鶏という鳥が生む食材なのだが」
「ああ、それだったら【クエック】の卵じゃないかと思いやす」
「クエック? そいつはどこにいるんだ?」
店主から詳しく話を聞くと、この街を出てオラクタリア大草原の西にある野草が取れる丘をさらに西に進むと【ベルデの森】という名の森が広がっており、そこに生息するクエックという鳥の卵が食材として取引されているようだ。
「ただクエックの厄介なところは気性が荒くて好戦的なところですかね。強さ自体も戦い慣れした冒険者ですら苦労するほどかなり強いです」
「だからこの市場にも卵が出回ってなかったのか」
「はい、そういう意味では高級食材と言っても過言ではございやせんね」
俺は店主に礼を言いついでに米を追加で三十キロ購入した。
15000ウェンと値が張ったが米は何キロあっても大丈夫だし、収納空間に入れておけば劣化もしない。
これで残りの所持金は50000ウェンを切ったが今のところ必要はないため問題ない。
強いて言うなら親方に支払う報酬くらいだろうか。
その後も露店を見て回ったがこれと言って目ぼしい食材に出会えなかったので戻ることにした。
とある露店で香草ハーブが売られていたが、一本100ウェンと高かった。
理由を聞いてみると他の野草と比べて見かける頻度が少なくギルドの買い取り金額も一本60ウェンもする。
確かに他の薬草よりも本数が少ないとは思っていたが、レアな部類の野草でしたか。
そんなに高価なものならなるべく無駄にしないようにハーブを使うことにしよう。
工房に戻ると俺は親方の所に行き今回の報酬の件について相談することにした。
鉄の剣を作るのに使った設備代、鉄の剣自体に使われている材料費、あとは部下の人に手伝ってもらった人件費など諸々の内容を含めると結構な値段になるので今の所持金で足りるかなと内心焦っていたのだが。
「うん? そんなもんいらねぇよ」
という親方の不意の一言に一瞬何を言われたのか分からなかったが、親方の言葉を理解するとその一言に反論するかのように俺の考えを親方に伝える。
「前にも言いましたよね? 労働に対する対価を受け取る権利があるって。今回は工房を使わせてもらった設備代と鉄の剣を作った時に使った材料費、あとは部下の人たちに手伝ってもらいましたから人件費も発生しますね。とにかく親方たちは俺にいろいろと鍛冶の事や材料の提供とかいろいろしてくれたんですからそれに対して報酬を受け取る義務があります。というか受け取らせます」
「お、おう、そ、そこまで言うならありがたくもらうが……」
俺の剣幕に気圧された親方が俺の有無を言わせぬ言葉にぎこちなく頷く。
よし、これで報酬を支払う算段は付いた。あとは具体的な金額だ。
とりあえず施設の使用費用に関しては2000ウェンくらいが妥当だろう。
次に鉄の剣作成時に使用した材料の費用、これが一番高く20000と言った所だろう。
理由としては鉄の剣の値段が通常価格で1500から3000ウェンの間だが実際の材料費はそれの半分750から1500ウェンくらいだ。
そして俺が使った材料の量は鉄の剣に換算すると二十から二十五本分だった。
材料費を750ウェンとするのならそれの二十五本分は18750ウェンだが親方の性格上きりが悪いとか言われそうなので20000ウェンとしたのだ。
最後に人件費だが、これはまあ妥当額を上げるなら3000ウェンが適正価格だと思う。
人件費に関しては現実の世界でもこのFAOでも相場がわからないため適当に決めざるを得ないところが心苦しいがかといってゼロというわけにもいかないのでとりあえず頼んだ仕事量から3000ウェンということにした。
以上の内訳で今回の報酬の合計金額は25000ウェンという形で支払おうと思う。
こちらとしてはかなりの出費だが鍛冶の技術を教えてもらうことと施設を使わせてもらっている事、そして何よりも材料を提供してもらったことが大きく俺としては25000ウェンでも安いと思っているほどだ。
「というわけで、これが今回の報酬の25000ウェンになります」
「お、おう……」
親方は渋々といった表情を浮かべたが、ここで要らないと言えばまた俺の労働に対する高説を聞かされる羽目になると判断したようで素直に受け取ってくれた。ったく親方はもっとお金に関してもう少し欲を持って欲しいものだ。
これで俺の所持金は25000ウェンを切ってしまった。いよいよお金稼ぎの方法を見つけておく必要があるかもな。
親方に報酬を支払ったあと、給仕室を借りるため親方に許可をもらい工房の奥の扉へと進んで行く。
ここからは割愛するが具体的に何をしたのかと言えば料理の量産だ。
ハーブステーキとおにぎりを大量に作って自分用の料理としてストックしておく。
ここでFAOのシステムについて説明をいくつかしておくことにしよう。
料理というものがあることから当然“腹が減る”ということだ。
プレイヤーには空腹度というものがありメニュー画面の端に骨付き肉のアイコンがあってそこにはハートマークが八つ並んでいる。
現在俺の空腹度は八つあるハートマークのうち二つ半がグレー色で残りがピンク色になっていることから小腹が空いた程度のものだと判断できる。
このハートマークがピンク色のものからグレーに変化すればするほど空腹度が増していき最終的に全てグレー色に変化すると飢餓状態になる。
飢餓状態になると全てのパラメーターが二割減り動きが制限される。
例えば全てのパラメーターが100のプレイヤーが飢餓状態になるとパラメーターが80にまで低下してしまう。
そして、その飢餓状態が二時間経過してしまうと餓死という形で死んでしまうのだ。
だからこそこの世界において料理というものは重要なものになってくる。
NPCの店には携帯食料という空腹度を回復するアイテムがもちろんあるがこのFAOは仮想現実のため五感が全て現実の世界とほとんど変わらない。当然の事ながら味覚も忠実に再現されている。
携帯食料の味は塩味のついたいわゆるクラッカーのようなもので食べられないわけではないが美味しくはない。
だからこそこの世界における料理という存在はプレイヤーにとってはとても重要だったりする。
不味い飯よりも美味い飯の方がいいのは当たり前だし、飢餓状態を防ぐため腹持ちの悪い携帯食料よりも腹持ちのいい料理を食べた方が効率的にも非常にいい。
現在このFAOでは主に剣士や槍術士などの戦闘職に就いているプレイヤーが8割を占めており、次いで治癒師や僧侶などの回復職やサポート要員のプレイヤーが残りの2割を占める。
つまりいきなり俺のように鍛冶職人や料理人といった生産職を取得するプレイヤーはほとんどいないため俺がお世話になっている工房もプレイヤーは俺一人だけというほぼ貸し切りと言っていい状態だ。まあ、親方とか部下の人とかNPCはいるけどね。
次にこのFAOの連続ログイン時間についてだ。
初日のプレイを終えログアウトした後で説明書を確認したのだがその時に見つけた内容だ。
このゲームには過度なプレイによる肉体的及び精神的な疲労を蓄積させないようにするため一度のログインでプレイできる時間に制限が設けられている。
具体的には12時間が限度でそれ以上の連続ログインはできないようだ。
12時間を超えるといかなる状況だったとしても強制的に街の広場に飛ばされそこでプレイヤーの意思に反してログアウトが執行される。
ちなみにこの場合の街の広場というのは最後に宿に泊まった街の広場が選択されるようだ。
その後連続でログインした時間の半分つまり6時間が経過しないと再びログインすることはできないという仕組みだ。
例えばだが10時間ログインしてログアウトした場合は5時間待たないと再ログインできないのかと言えばそうではない。
連続でログインできる時間が12時間なのでそれを越えるまでは何度でもログインとログアウトを連続で行えるが12時間を過ぎてしまうと強制的にログアウトが執行されその後6時間の待機時間となるのだ。
だが10時間ログイン後ログアウトして2時間の休憩を自主的に入れればその後ログインできる時間は6時間に増える。
リアルで休憩した時間の二倍の時間がログインできる時間として増えるのだ。
分かりやすく言えば2時間ログインして1時間休憩すれば永遠に強制ログアウトされることなくプレイすることが可能になる。
このシステムにより現実の時間で何日もゲームに没頭し過ぎたことによる過労死に対する対策をしているのだろう。
外国ではそういった事故が頻繁に起きているため、それを想定することは当然と言えば当然だろう。
俺は某ゲーム番組の課長のように一日に十何時間もゲームをしたことはないが、好きなこととはいえかなり疲れる作業だろう。
特に俺はこのゲームに癒しを求めに来ている。だから自分のペースでまったりのほほんと進めていきたい。
説明も終わったところで時間短縮のスキルを使ってハーブステーキを五十枚とおにぎりを150個量産する。
掛った時間は二十分もかからなかった。時間短縮様様である。
料理の時間はこれくらいにし後片付けをすると給仕室から工房に戻る。
すると親方たちが物欲しそうな目で俺を見てきたので、料理を振舞った。
多少減ってしまったが俺一人が食べるには十分な数があるのでよしとする。
そのまま親方の「相変わらず美味い飯だ」という賞賛を受けながら工房を後にした。
そして時計を確認すると夕方の五時を回ったところだった。
「マジかよ、八時間もやってたのか!?」
一つの作業にそれだけの時間を費やしたことに驚いていたが、それよりも重要なことがある。
明日は仕事なのだこれ以上ログインすれば仕事に響くかもしれない。
次の目的である卵を手に入れるため森に行きたいが、これ以上はプレイ時間がないと判断しここは諦めることにした。
次回のログインは卵を手に入れるという目標を立ていつもの宿屋でログアウトした。




