113話
「これはこれは、国王陛下、ご機嫌麗しゅうございます」
王都ラヴァルベルクにある冒険者ギルドの執務室で二人の男が相見える。
一人はディアバルド王国現国王であるスタンリー・ウェルシュ・ディアバルドその人であり、もう一人は王都ラヴァルベルクに設営された冒険者ギルドのギルドマスターであった。
年の頃は40代後半の白髪交じりの偉丈夫で、スタンリーと比べ貫禄がありまさに冒険者たちをまとめ上げる長に相応しい人物であった。
顔には現役時代に負った古傷がいくつかあるものの、目鼻立ちが整っており精悍な顔つきと相まってあだ名を付けるとすれば、イケメンおじさんというのが適当だ。
「そのわざとらしい挨拶は相変わらずだなケルピン、今は二人きりなのだから昔の呼び方で構わん」
「ではお言葉に甘えて……一体どうしたって言うんだスタンリー? 国王直々にギルドマスターである俺のところに来るなんてよ?」
突然のかつての冒険者仲間である国王の来訪に、ケルピンは怪訝な表情を浮かべる。
ケルピン・アンドリュー、王都ラヴァルベルクの冒険者ギルドのギルドマスターを務める男で、かつて国王が若かりし頃に武者修行と見聞を広めるという名目で冒険者として活動していた時に、同じパーティーのメンバーとして同行していた人物だ。
元々アンドリュー辺境伯家の三男坊で、貴族の出ではあったものの三男ということでアンドリュー家の跡目は長男と予備の次男がおり後を継ぐことができず、他の貴族の跡目事情と同様15歳で家を出て冒険者として活動を開始する。
貴族の嗜みとして剣術に多少の才能があったため、苦労することなく知り合った仲間とパーティーを組み、名が知られるほどの冒険者にまで上り詰めるも、とあるクエストがきっかけでパーティーが全滅してしまい彼だけが生き残った。
仲間を失った悲しみで意気消沈の最中、ケルピンは当時のギルドマスターからとある指名依頼を持ちかけられる。
それが今彼の目の前にいる当時皇太子だったスタンリーのパーティーメンバーとして活動してほしいというものだった。
最初は王子様のお守など真っ平などと考えていたケルピンだったが、スタンリーの王族らしからぬ破天荒な振る舞いと、人を引き付けるカリスマ性に魅せられたケルピンは、スタンリーが国王になるべくパーティーを解散するまでの数年間パーティーのメンバーとして所属し続けたのだ。
その功績が認められ、彼が40歳で冒険者を引退すると同時に、ちょうど当時のギルドマスターも引退を考えていたこともあって、ケルピンと入れ替わる形でギルドマスターに就任したのだ。
最初は戸惑う事や慣れない事務仕事に戸惑いながらも、ギルドの職員のサポートもあって現在では立派なギルドマスターとして務めを果たしていた。
「ケルピンも知っての通り、今年は我がディアバルド王国にとって正念場となる年だ」
「……大災害だな」
ケルピンの言葉にスタンリーは肯首する。そして、真剣な表情で続きを話し始めた。
「そうだ、今年は500年に1度の大災害の年だ。その年を迎える度に様々な厄災が襲い掛かるという我が国の歴史の中で最も忌むべきものでもある」
「聞いた話によると、ベロナ大空洞にゴブリンの軍勢が居を構えていると聞いた。なんでもその総数は2万を超え現在もその数を着々と増やしているとか」
「さすがにギルドマスターともなればその程度の情報は得ているか、ならば話は早い。今回俺がここに来たのはそのゴブリンの件についてだ」
それから二人の間に沈黙が訪れるが、意を決したようにスタンリーが口を開いた。
「現在我がディアバルド王国で動員できる兵の数は六千がやっとというところだ」
「2万に対して6千か……ゴブリンが相手だとはいえ、分が悪い所の話じゃないな」
「そこで今回ディアバルド王国は冒険者の力を借りることにした。国の代表として俺は、冒険者ギルドにゴブリン軍討伐の緊急依頼を出してもらいたいと思っている」
「そんなことして他の貴族が黙っているとでも?」
冒険者ギルドという機関は国の枠組みに属さない。そのため仮に国と国とが戦争になったとしても、国は冒険者を傭兵として強制的に徴兵することができない。
それだけギルドという組織が国の手を離れた一種の治外法権になっているといっても過言ではなかったのだ。
だからこそ、いくら国のトップであるスタンリーがギルドに対し命令したとしても、ギルドはそれを聞く義務がないのだ。
では今回はどういう事かと言えば、スタンリーが国王として強制的に命令するのではなく、緊急を要する依頼としてギルドに申請するという形を取ったことになる。
これであれば国王が依頼主となり、ギルドはその依頼をクエストとして発注することで冒険者を派遣するという関係が生まれる。
であれば傭兵として徴兵するのとどこが違うのかと言えば、あくまでも形式上は依頼つまりクエストとなるため参加するかどうかは任意になるということだ。
“何かあった時は自己責任でお願いしますよ”という暗黙の了解を承知の上で参加するということである代わりに、傭兵として国に雇われる時に比べ報酬額も高く、何より途中でクエストを放棄して逃げ帰る事もできる。
当然だが、クエストを途中で放棄した場合は、少々割高な違約金を支払う事になるが、命あっての物種という言葉もある通り自分の命を懸けてまで国のために尽力する必要はないということだ。
それとは別に問題となってくるのが、貴族たちだ。
貴族というのは下らない自尊心や意地ために、例え自国が圧倒的な兵力差で滅亡の危機に瀕していようとも、己のプライドが邪魔をして他国に援軍を要請しないということもよくある話だ。
そして今回の場合この国の旗頭でもある国王自らがギルドに依頼を出している。
長年貴族とギルドは犬猿の仲と言われており、よほどのことがない限りはお互いに歩み寄ることはない。
例えそれが未曽有の国の危機であっても同じことだった。
だからこそケルピンはスタンリーの今回の行動で貴族たちが「クーデターを起こさないのか?」と危惧していたのだ。
「そこは勇者がそう言ったのだから、文句があるのなら勇者に言えと突っぱねてやるつもりだ」
「勇者? 賢者が残したという予言にあった勇者が現れたのか?」
「そうだ、今回のギルドに依頼を出すという案も勇者が直接俺に言ってきたことだ」
「そうか、ところでその勇者っていうのはやはり予言の通りの男なのか?」
ケルピンの問いに対してスタンリーは苦笑いを浮かべながら頷く。
二人とも賢者の予言がいかにふざけたものなのか知っていたため、予言通りの人物が現れることはないだろうとさえ思っていたからだ。
だが蓋を開けてみれば本当に予言の通りの人物が大災害の年に現れた事に、スタンリーも当初驚きを隠せなかった。
「とにかくだ、我、ディアバルド王国国王スタンリー・ウェルシュ・ディアバルドは、冒険者ギルドに対しゴブリン軍討伐の依頼をここに要請する」
「そんなお固く言わなくても“困ってるから助けてくれ”だけで十分だと思うぞ」
「形状のものだから気にするな、それで依頼の方は?」
「子細了解した。さっそく各ギルドとも情報を共有してすぐにクエストを出す」
「すまない、助かる」
「それは言わない約束ですぞ、スタンリー王子」
かつての呼び方で呼ばれたスタンリーは苦笑いを浮かべるも、依頼を受けてくれたことに感謝の思いを抱いていた。
こうして、国王自らの緊急依頼とあってその日のうちに情報は通達され、緊急のクエストが発注される運びとなった。
それからゴブリン討伐の緊急クエストがクエストボードに張り出されたのは、ジューゴがプレイヤーたちに説明をした日から二日後のことであった。
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