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永久

最終話です

 死んだはずのロウは目を覚ました。

 存在しているのかしていないかの矛盾したような奇妙な感覚には覚えがあった。

 ゆっくりと起き上がり、周囲を見回す。

 ただ、真っ白い空間が広がっているだけ。

 高さも低さもわからず、果てもわからず、そもそも立っているのかもわからない不可思議な空間にはいつ来ても慣れることはない。


「また、会ったね」


「もう二度と会うことはないと思っていたさ、カウラス」


 ロウは声が聞こえた方向に顔を向ける。

 常識を逸脱した空間にいれるのは一人しかいない。

 視線の先にはロウを転生させた張本人、カウラスがいた。

 初めて会った時と同じ黒いスーツ姿は真っ白な空間では言葉通り浮いていた。


「心から感謝するよ。世界を救ってくれて。これ以上にないくら嬉しい。君には……苦しませてしまったね」


 カウラスは開放されたような笑みを浮かべると膝をつく。

 そして、見えない床に額をつけ、土下座を行う。

 神という立場でありながら、躊躇うことなく頭を下げる。

 エーテルという邪智暴虐な神と戦った後だとあまりの誠心誠意な態度に違和感さえ覚える。


「構わないさ。俺自身が望んだことだ。だが……一つ聞きたい」


 ロウはカウラスを見下ろす。


「全て……わかっていたんだな。エーテルの殺し方も。その為には人間を犠牲にしなくちゃいけないことを」


「あぁ。生物では神に勝てない。だからと言って、僕があの世界に行くにしてもエーテルが必要としたよりも多くの生贄と時間がかかるという問題があった。何より僕の実力では彼に勝てない。わかっているが彼は純粋に強い。頭を悩ませていた時に現れたのが……君だ。」


「人なら誰でも良かった……わけではないよな」


「君は殺したくないと思いながら生きるためなら、仲間を生かすためなら殺すという大きな矛盾を抱えていた。そして、誰よりも正義感が強くて、命を大切に思う。悩み、苦しみ、誰かの為なら自分すらもいとわない自己犠牲。それが神に至る素質だ」


「……エーテルに聞かせてやりたいな」


 つくづく、エーテルは神にふさわしい存在ではなかったと思った。

 己の欲望の為に世界を混乱に陥れ、人間を見下し、殺すことを何とも思わない。

 神という立場であるが故に傲慢を生み、やがて凶悪な怪物に変えた。


「そして、僕の思惑通り、君は神になった。君でなければなし得なかったことだ」


「だが、そのせいで俺は……」


 ロウのみが世界を救える素質があった。そして、見事成し遂げた。

 その二つの部分だけを聞けば特に悪い点は見受けられない。

 だが、たった一つだけ、大きな弊害があった。


「あぁ。そう簡単に死ねなくなった。生物ではない君は輪廻の理から外れてしまった故に世界に転生することができない。天国にだっていけない。寧ろ、輪廻や天国を見守る存在だから」


「俺はもう……光に会えない。その苦しみがわかるか!?」


「それだけじゃない。君は世界を救う神として、永遠に戦い続けなければならない」


「何!?」


「神には色んな役割。僕のような世界を見守る者もいれば、軍神のように戦わなければならない。どちらかと言えば君は後者かな?」


 詰まることなく正直に話すことが逆に癇に障り、ロウは拳を握り締めるとカウラスの胸倉を掴み、持ち上げる。

 理解していた。覚醒した時に、自分はもう普通ではないことに。

 そうなることは直感で何となく理解した。その上でエーテルを殺す為、世界を救う為ならと受け入れ、神になった。

 だからと言って、全て割り切ったつもりではない。

 自分が死ねば世界は終わる。だから、何が何でも生き続けなければ。見知らぬ誰かを犠牲にしても。

 死ねない苦しみは異世界で嫌ほど味わった。

 死ねないということは転生することもできない。永劫、保谷ロウもとい狼鬼として存在していかなければならない。それ以外に決してなれない。

 万が一、光が転生か天国に向かったとしても神であるロウは会いに行くことは絶対にできない。

 そして、今回の件のような危機が起きればロウは真っ先に戦わなければならない。また、あの苦しい戦いを。


「……俺は人を食らった。それは簡単に許されない罪。報いを受けるのは当然だから、受け入れるさ。だが、お前は!」


「だから、僕を食え」


 ロウの怒りの言葉を遮るようにカウラスは言葉を発する。


「僕はとんだもない罪を犯した。君と同じで世界を救う大義を振りかざしても……いや、大義がある分、正義と錯覚してしまうほど厄介なものだ。でも、償わなければならない。だから、君が僕を食らって、殺すんだ」


「お前の役割は……どうなる」


「君が食らえ」


「逃げだと……思わないのか!」


「いいや。僕は君の一部となって、共に戦い続けるだけだ。それだけだよ」


 カウラスの声色は酷く落ち着いていた。

 存在が消えることになにも恐怖を感じていなかった。だからと言って、死を望んでいるような開き直りも感じなかった。

 まるで、そうなる運命を知っていたかのような達観した感じだった。


「そうか……そうか!」


 恐らく、カウラスは自分を転生させたあの時からこうなることを決めていたのだとロウは理解した。

 今更、その筋書きを変えるのも無粋だった。

 ロウはまた一つ、罪を背負うことになった。


「望み通りに……食ってやるよ」


「……頼むよ」


 ロウの言葉は死刑宣告と変わらない。だが、そこには恐怖はなく、ただ純粋な優しさしかなかった。

 そんなロウの言葉に淡々とした一言で返すカウラス。

 それが最期の会話であった。

 酷く呆気ないものであったが、それで良かった。

 余計な感情までも背負ってしまっては、互いに必要以上の苦しみを味わうだけだ。

 そして、ロウはカウラスの肩を握り潰すかのように強く握り、首元に噛み付いた。


◇ ◇ ◇


 ある世界の地球。

 満月の夜空を覆うように大量の円盤兵器が浮かんでいた。

 円盤兵器から地球には存在しないレーザー兵器とミサイルで地上の都市を文字通りの火の海へ変える。

 たった一晩で世界は混沌に覆われた。

 突然、宇宙(そら)の彼方から別の星の生命体が現れた。

 この世界の人間達は早速、宇宙人と交流せんとコンタクトを取ろうとした。

 だが、異星の生物に常識も何も通用しない。そもそも、宇宙人とは地球に交流する為にやって来たわけではない。

 地球の資源を手に入れる為に侵略してきたのだ。

 自分達とは違う生命体の命ほど無価値なものはなく邪魔でしかない。資源を独占して、本来の星の住人がはいそうですと快く受け入れるわけがない。

 宇宙人達にとって人間を支配下においても無駄な抵抗を行うだけで迷惑な存在だった。

 だから、宇宙人達は宣戦布告もせずに攻撃を行った。

 兵器の威力も然ることながら、円盤兵器の堅牢さは尋常ではなく、地球の兵器では傷一つつかない。

 加えて、高度のジャミングにより地球側の誘導兵器も機能しない。

 圧倒的な技術力の前に人間達はただ虐殺されるだけ。


「ふざ……けんな!」


 宇宙人達の攻撃から当たらないよう、建物の影に隠れる男がいた。

 彼は既に攻撃を受け、左腕が吹き飛ばされ、血が湯水のように流れている。

 隠れている間にも爆発音と悲鳴の不協和音が絶えず周囲から聞こえてくる。


「俺達が何をしたって言うんだよ!」


 男は衝動を抑えられず、残る右手で地面を殴る。

 突然、宇宙人に襲われ、命を奪われていく。

 何故、こんな苦しみを味わなければならないのか?

 無意味に殺されるほど、自分達は大罪を犯していたのか?

 理不尽な悪意に腸が煮えくり返るような怒りが芽生える。

 だが、怒りを沸かせたところで自分達ではどうにもならない。現存している地球の兵器では宇宙人の兵器には一切敵わない。

 ただ、殺されるのを待つという碌でもない選択肢しか残されていなかった。


「神様……いや、悪魔でもいいから……助けてくれよ……」


 絶望に落ちた男は頭を抱え、不意に救いを求める言葉が心から漏らす。


「あぁ。救ってやるさ」


 突然、若い男の声が前方から聞こえ、男は顔を上げる。

 目の前にはいつの間にか赤いジャケットの少年が立っていた。

 少年というがその雰囲気には一切の若さがなく、まるで何十年、否何百年以上生きてきたような達観した雰囲気が流れていた。

 特に狼のような鋭い瞳が人とは違う何かを感じさせる。


「……はは。こんなガキが救えるのかよ」


「あぁ。ただし、条件がある。お前を食わせてくれ……」


「……つまらない冗談だな」


「でも、あんたの命一つで世界を救える」


 力強く断言する少年に男は睨みを利かす。


「別に絶対にとは言わない。あんたが世界を救われることを望んでも、その世界にあんたはいない。だから……」


「どうせ、もう保たないさ」


 男はコートの懐からペンダントを取り出し、名残惜しそうに見つめる。

 ペンダントには金髪の美しい大人の女性と男女二人の子供の写真はめられていた。


「こいつらの未来さえあれば……」


「……その未来、俺が責任もって救う」


「変な奴だな。なぁ、最期に聞かせてくれよ。あんたの名を」


 そして、いよいよ。少年は名を告げる。


「俺は保谷ロウ。又の名を狼鬼。世界を救う……鬼だ」


◇ ◇ ◇


「首領。この星も間もなく制圧完了です」


「ふぅん。呆気ないな。まぁ、いいか」


 宇宙人のトップであるシッマーは火に包まれ、瓦礫の山と化した街を円盤から見下ろし、悦に浸る。

 栄華を誇っていた物や文明が壊れ、滅ぶ瞬間はやはり快感だと思った。

 完璧だった物が実は不完全、もしくはそれ以上の完璧な物があり、その事実を知りながら、壊れていく。数多の星を滅ぼし、同じような光景を繰り返し見てきたか、飽きることは一切ない。


「さて、次は星の裏側に侵攻……」


 勢いついたシッマー艦隊は星の裏側も制圧せんと進軍を始めようとした時だ。


「大変です! 三十三番艦と四番艦が落ちました!」


「何!? エンジントラブルか!?」


「いえ……外部からの攻撃です!」


「馬鹿な! 地球にこの円盤を破壊できる武器はないだろ!」


 シッマーは酷く焦る。

 この後に及んで反撃を食らうとは全く思っていなかった。


「続いて、六番艦もです!」


「二十番艦から二十六番艦まで沈黙! 熱源、探知できず!」


「何が起きているのだ!」


 間髪入れずに鋼鉄をも超えた円盤戦艦が落ちていく事実にシッマーはただ恐怖に落ちるのみ。


「沈黙寸前の二十二番艦から映像、送られる!」


 怯えるシッマー共々、真実を伝えるかのように映像がモニターに映し出される。

 その映像には人形の異形が円盤の上に乗り、ただの手刀で円盤を真っ二つに切り裂く。

 そして、爆発する円盤から異形飛び出し、映像を撮る円盤に襲いかかる瞬間、映像はプツリと途切れた。


「ば、化け物か……」


 モニターを消し、メインカメラの映像へと切り替えた瞬間、乗組員全員が鬼神を見た。

 円盤の真正面に浮かぶ黄金色の満月。

 満月を背後に浮かぶ人の形をした異形。

 月光に照らされた黒き鎧は神秘的な輝きを放つ。

 紅の瞳は殺すべき敵に狙いを定め、鋭く睨む。

 

 この夜に悪がのさばる限り、世界を混沌から救う為。

 狼鬼は拳を振るい、牙をむくのである。

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