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歩み

 真っ新な空が地平線まで広がっている。

 青々しい草花が一面に生える広大な草原の向こうに囲うように大きな山脈が連なっている。

 草原の中心には一本の道がかけられ、その道を三人の少年少女が歩いている。

 ガク、ヒナタ、チカゲの三人だ。


「ねぇ、本当によかったの? 無理に合わせなくても良かったのに」


 ヒナタは両隣で歩くチカゲとガクを交互に見る。


「いいんだ。ずっと修行だけを続けるのも違うかなって思ってたし」


「うん。そろそろ、世界に馴染まないと」


 災厄が収まってから一週間が経った。

 三人は藍衛流から旅立つことを決めた。

 僅かに期間だが外に出て、数多の人々を救う旅をして。そして、ロウとタウシェンの大きな背中を見て、考えが変わった。

 修行を続けて、強くなるだけでは意味がない。ただ、小さな世界で閉じこもっていてばかりでは変わることもできず、本当の意味で強くなれない。

 だから、新しい世界に飛び込むことを決めた。

 ガンテツは三人の意志を笑顔で受け入れた。修練場の立て直しで人手が欲しいところだが、教え子の成長する瞬間を無下にすることなどガンテツはしない。


「それよりヒナタよ。本当にいいの?」


「……私は大丈夫。ちゃんと、向き合うから」


 ガクとチカゲの行く先は一切決まっていない。

 逆にヒナタは決まっていた。

 家に帰る。

 半ば逃げ出したように去っていた家に帰る。それは相当な覚悟がいることだろう。もしかすれば、この世から去った人間と同等の扱い……否、それ以下の扱いを受けるかもしれない。

 無視ならまだ可愛いもので出合い頭に殺されるかもしれない。

 悲しい可能性が蔓延する傍らで優しく抱いてくれるかもしれない。

 不安が多めで期待が混じっているヒナタ。

 それでも向き合わなければならないと思った。

 前に進むのに絶対に家のことは折り合いをつなければならなかった。

 円満に解決するならそれでいい。修復不可能であればさっさと縁を切って、心残りなく新しい人生を歩みたい。

 その為には絶対に通らなくてはならない関門。


「そう。何かあったら、私達を呼んで。絶対に助けに行くから」


「一人で生きるのってさ……凄い大変だから」


「うん。ありがとう! 私も……二人を助けたいから!」


「あぁ。その時は頼むよ」


 だが、怖くはなかった。

 今は厳しい修行で肉体だけで、心もしっかり鍛えた。

 出会いと永遠の別れを経験し、一歩、大人へと成長したこと。

 チカゲとガクの存在が、仲間がいるという事実がヒナタの心を、三人を強くした。


『たくましくなったな』


 後ろから憧れの人だった男の声が聞こえたような気がした。

 三人は一旦、脚を止める。

 振り返りたいと思った。

 でも、それは違う。折角、背中を押してくれたのだ。振り返って、戻るなんて無粋な真似はしたくない。

 三人は過去に向かうことはない。未来へ向かうのだ。

 時より過去に思いを馳せること。死者を思い出すことはいい。

 だが、引きづられてはいけない。

 世界は生きる人のために存在する。


「はい! 強くなりましたよ! 私達は!」


 チカゲは後ろにも聞こえるように、大きな声で叫んだ。

 後ろから背中を押すように優しい風が吹いた。


◇ ◇ ◇


 一人の僧侶がいた。

 災厄によって奇しくも命を落とした者達を弔う為、世界を練り歩いていた。

 各地でたくさんの遺体を見た。

 山火事か何かの火災に巻き込まれ、黒焦げになった遺体。

 濁流にのまれ、川を流れる。

 突風で吹き飛んだ木材や瓦礫に襲われ、体の一部が欠損した遺体。

 どれもが最期の瞬間で苦しんでいたであろう無残な姿だった。

 僧侶は手を合わせ、懸命に弔った。

 弔う度に死者の苦しみや悲痛な叫びが聞こえたような気がし、心をズタズタに切り裂く。

 修行を積んで、精神を鍛えた僧侶でも中々堪えるものがあった。

 一日に何十キロメートルも歩き、体は悲鳴を上げているにも関わらず、食べ物は喉を通らず、一睡もできない。

 苦しいことしかない。だが、悟りを開いた自分だけが、死者を弔い、極楽浄土に送ることができるという使命感を胸におこなっている。

 その最中だ。

 視界もぼやけ、限界までやせ細った僧侶はある場所に辿り着いた。


「ここは……楽園のようだな」


 僧侶の目の前に広がるのは色彩豊かな花畑。

 その美しい景色を見た時、渇ききった大地に水が染み渡るような感覚を覚えた。

 災厄があったとは思えない程、花々は花弁一つも散っておらず、とても状態がいい。

 まるで花畑に不思議な力が埋まっているのか、天国のようにこの世界とは違った空間かと疑ってしまう。


「……本当に美しいな」


 僧侶はゆっくりと花畑に近づき、一輪の花にそっと触れる。

 その花は不思議な光を帯びており、人肌のような温もりがあった。触れるだけで母親に抱かれているような安らぎを与えてくれる。

 まるで、人の優しい心が花となったような感じがした。


「折角だ。ここは私が守ろう」


 決意した。

 この美しい景色を未来永劫、守ることを。

 それにここには何か人の思いや見えない何かがあるような気がした。

 後にこの地に寺が建立される。

 そして、道を見失い、迷った者達が最後の救いがあるとして集まる場所となる。その噂が流れ、楽園と呼ばれることはまた遠い未来の話になる。


♢ ♢ ♢


「おじさん! ここの家は自由に使っていいのか!?」


「あぁ、空き家だからな」


「ねぇ、私達に手伝えることはない?」


「大丈夫だ。ゆっくり休めばいい」


 ロウが楽園に向かう前に立ち寄ったシガナイ村から複数人の声が聞こえてくる。

 土地が荒れ果てたことで村民達は楽園に向かい、老人ただ一人だけが残った村は間もなく死ぬはずであった。

 だが、偶然か、それとも必然か。楽園から逃げてきた者達がこの村に辿り着いた。それも運良く全員生き延びて。

 老人は暖かく彼らを向かいいれた。路頭に迷う人間を追い出すはずがなかった。


「最後に……こんないい思いをすることになるとは」


 老人は幸せを噛み締めていた。

 孤独にこの村と共に一生を終えるはずの予定が、いい意味で覆された。

 さらに一ヶ月前に終わった災厄から村周辺の環境は少しだが変わっていった。

 雨は降るようになり、乾いた大地に潤いを与える。

 潤った大地に草木が生える。

 人が集まったこの村にとって、これ以上に無いくらい幸せなことだろう。

 だが、幸せなことばかりではなかった。

 楽園から来た者たちの中に元村民は誰一人いなかった。他の人々に聞いて、恐らく死んだであろうと事実を知り、嘆き悲しんだ。

 それでも死んだであろう村民たちが懸命に生きたこの村がまだ生きれるということは、それだけ思いが残り続けることだ。

 老人は自分の命が幾ばくも無いことに気づいている。

 だからこそ、その短い間でも楽園から逃げてきた者達が生きられるよう、最後まで見守っておかねばと思うのであった。

次回、最終話

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