復興
あんまりの話が長くなったので分割します
大地を全て海にせんとするかのように降り続いていた雨はピタリと止み、まるで異常気象は夢だったかのように今は雲ひとつない快晴が広がっていた。
エマが住んでいたあの村に眩しい日の光が泥濘んだ大地を乾かすかのように照らしている。
「まさか、生きていられるとは……」
村長は今、この大地に立っていることに驚き、感動していた。
滝のように降り注いだ後の突風によって、木造の家は吹き飛ばされ、跡形もなくなり、大地も泥濘み、作物が育つような土壌ではなくなった。
元の生活に戻るまで相当な時間を要するだろう。
もしかすれば、長い間住んでいたこの村を放棄するのもやむを得ない。
安心するにはまだまだ早い。
だが、不幸中の幸いと言うべきか、未曾有の嵐に見舞われても村人が誰一人欠けることなく、全員生きていたという奇跡と呼べるその結果は素直に喜べた。
「それにしても……あの天変地異は一体何だったのか? 神の気まぐれかなんかだったのか?」
「言ったでしょ。狼のお兄ちゃんとお姉ちゃんが助けてくれたんだって」
「また、お前は……」
村長は何度目かの溜息を吐く。
そして、隣で何度も同じことを言うチマを見る。
先程から天変地異をロウが止めてくれると訳のわからないことを繰り返し言っている。
「何を根拠に……」
「さっきで、お姉ちゃんの声がしたんだ」
「……エマの?」
「うん! お兄ちゃんが悪い神様をやっつけてくれたって」
「……信じられんな」
子供というのは時々、不思議なことを言う。
お花が笑っているや風が踊っているなど凝り固まった頭をした大人では到底思い浮かばないような表現を行うが、今のチマは違う。
見たか、あるいは本当にエマから聞いたかのように鮮明に話している。
神なんてのは人々が勝手に生み出した偶像だ。本来は存在しない。
そのはずだが空想上の存在だった魔女が村を襲ってきた事実を考えるとあり得ないことではない。
天候を操るとしたらそれこそ、神くらいしかいない。
嵐を起こし、世界を混乱に陥いた悪の神をロウが殺した。
見ず知らずの村と住人の為に戦った正義感のロウから例え神だろうと臆せず殴り込むのもまた容易に想像できる。
無論、村長の全て憶測だ。
「もし、そうなら……感謝しなくては。今度こそはな」
【ありがとう】
「その声は……」
村長は体を後押しするかのように爽やかな風が吹く。
その風に乗ってふと聞こえた、懐かしい声。
もう二度と聞けないと思ってい愛しい声。
不意に視界がぼやけ、かっこつけて空を見上げる。
今回ばかりは憶測を信じてみるのと悪くないと思った。
雲ひとつない透き通るような青い空が果てしなく広がっていた。
◇ ◇ ◇
快晴の空の下、瓦礫塗れのミルデアスから男達の掛け声や
絶え間なく続いた地震がピタリと止み、崩壊の危険がないことを確認すると、一斉に復興作業へと取り掛かった。
「ふう。まるで大地が怖がっているように見えたぜ」
青年は当時、宿だったとある建物に入り、中の状態を確認する。
中は火事の影響で殆ど黒焦げになっており、酷い惨状であった。
最早、取り壊す以外の選択肢は残されていなかった。
「ん? これは……」
惨状に心を痛めながら、柱や壁の状態を確認しようと見回していると瓦礫の隙間から何かの角がひょっこりと覗かせていた。
青年は瓦礫を退けある写真を見つけた。
その写真には真面目そうな青年と金髪で可憐な少女、キャシーの二人が写った写真だった。
「これは……焼けていないのか……」
火事に襲われながらもこの写真だけは少しだけ煤が付いているだけでそれ以外は特に被害はなかった。
写真は何かの衝撃で床に落ち、瓦礫の山に埋もれた。運良く、瓦礫の下に潰されず、偶然、瓦礫に積み方が火から守るように積み重ねられたおかげでいい保存状態で発見された。
「……俺と同じくらいの歳じゃないのか? この女の子」
自分と年齢が近そうなキャシーを見て、思わず涙を流す。
彼女はきっと死んでいる。生きているなら最も近い青年の街に救いを求めるはずだからだ。
まだ、十年そこらしか生きていない自分がもし、明日……いや、今すぐに死んでしまうと考えたら、心が張り裂けそうなほど苦しい。
まだ、やりたいことはたくさんある。
友人、家族達とたくさんの思い出を作りたい。
叶えたい夢など星の数がある。
美味しい物を食べて、美しい景色を見て、世界を広げたい。
愛する人を全力で愛し、子を作り、未来を作る。
死んでしまったら、これら全てが果たせなくなる。
それに、きっとこの建物には隣に立つ、兄らしき男との思い出がたくさん詰まっている。
そんな思いのある建物を壊さなくてはならないのも胸に来るものがある。
「大丈夫だ。あんたらの街は俺達が責任持って復興させてやるからな」
だから、復興させなくてはならない。
例え、この建物を壊すことになっても。
彼女達が生きていた事実やこの街が築いてきた何百年もの歴史をそう簡単に放棄することはできなかった。
この街が無くなったら、彼女達の生きていた事実も思いも全てなくなってしまう。
それだけは絶対に阻止しなくてはならない。
【頑張って】
「こ、声!?」
どこからか可愛らしい少女の声が聞こえてくる。
青年はビクリと体を震わせ、周囲を見回す。
この空間には青年以外の人間だれもいない。
再び、青年は写真を見る。
少女の声。もしかして、この写真に映る少女の持つものだと考えてしまい、背筋がゾッとする。
「し、失礼しましたぁぁ!」
青年はひっくり返りながら、宿から逃げ出した。
◇ ◇ ◇
世界を飲み込まんとする巨大な津波はやみ、まるで眠りに落ちた赤子のように海は穏やかになった。
誰もが安心を覚えた。牙を向く自然から襲われる恐怖から。
しかし、その代わりに新たな絶望に襲われた。
「どうすればいいんだ……」
高台に逃げ延びた住人達は眼下に広がる光景に絶句する。
津波によって襲われた街は跡形もなく流された。
木や建物も全てだ。
到底、今すぐ戻って元に生活へと流れには行かなかった。
住む家を無くし、生活の全てが流され、全員が途方に暮れた。
崖っぷちに追い込まれ、絶望を背にしたそんな気分だ。
一歩でも踏み間違えれば死に至る。希望なんて抱く余裕などなかった。
「建て直せばいいだろ!」
絶望に打ひしがれる中、どんな逆境でもくじけることなく前に進み続ける力強い声が聞こえてくる。
「クルト! 生きていたのか!」
住人達はその声が聞こえてきた方角に顔を向ける。
そこには五人ほどの奴隷の子供達を前に歩かせ、両肩にそれぞれ奴隷の少年と少女を担いでいるクルトがいた。
クルトは頬や体のあちこちに傷がついており、服は泥で汚れている。
「全員、生き残ったか……」
「いや……数人は……さらわれた。そして、」
「そうか……」
「その子達の奴隷商は?」
「……子供達の為に命を懸けた」
残念ながら全員が生き残れたわけではなかった。
身近な存在の死という事実に嘆き悲しむ者は多い。
誰もが足を止め、泣き続ける。そうでもしないと心は壊れてしまう。人はそれほどに強くはない。
「みんな! 聞いてくれ! すぐこの街に住めるわけじゃない。でも、三年だろうと十年だろうと、俺達がやらなければ、この街は……なくなったままだ!」
クルトは心の中では泣いていた。目の前で津波に飲まれた奴隷商の最期の姿が目に焼き付いている。
だからこそ、涙を流すわけにはいかなかった。
命をとして、子供達を……未来をあの奴隷商の意志を無駄にしない為に。
他の人はいくら泣いても構わない。泣いて、泣き続けて、心の整理がついた時に立ち上がってくれればいい。
「新しい街を俺達で作ろう。そして、余裕ができたら、リーンドイラを復興しよう。その為にはみんな力が必要なんだ。奴隷も何も関係ない。みんな等しく、苦しんでもらう!」
一般人だからと、奴隷だからと差別していられるほどの余裕はない。
一致団結して、この苦難を乗り越えなくてはならない。
住人達にとって、これから歩む道は棘の道だ。
それでも未来に進む為には傷だらけになりながらも道を切り拓かなければならない。
無論、自分達の為にも。
それに悪いことばかりではなかった。
街を失った住人達は皆、平等になった。それは奴隷達も同じだった。
新しい環境にわざわざ奴隷という身分を設ける余裕がない。
奴隷達も含めた子供達の自由と未来の為にも、大人達は立ち上がり、歩み続ける。




