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異世界放狼記 神ヲ喰ラウ獣  作者: 島下 遊姫
神を喰らう獣
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消滅

 狼鬼の決死の拳がエーテルの腹部を貫く。

 片足しか残っていない狼鬼はエーテルに寄りかかる。


「俺の……勝ちだ!」


 背骨を砕き、内臓も潰れ、許容以上のダメージを負ったエーテルは最早再生する力すら残っておらず、消滅の運命は確定していた。


「我は……ただでは終わらない!」

 

 エーテルは口から光り輝く血と共に言葉を吐く。

 腹部を貫かれてなお言葉を吐けるだけの気力を保ち、瞳にはまだ生気が宿っている。


「そこまで……世界を支配したいのか……」


「当たり前だ! それが神のあるべき姿だろ! それに……貴様に敗北するなど! プライドが傷つく!」


 エーテルは残った力を振り絞り、短剣を創造し、左手に握ると狼鬼の首に横から突き刺す。

 そして、胴体から切り離そうと刃を前に押し出す。


「ガァフッ!」


 狼鬼は瞳孔を限界まで開く。

 鋭い痛みと刃によって気道が潰され、耐え難い苦しみが襲い掛かる。

 抵抗しようにも残っている右腕はエーテルの腹部を貫いたままですぐに引き抜くことができない。

 かと言って離れようとすればエーテルに好機を生み出すきっかけになりかねない。

 相当量のダメージを受け、最早立ってることすらやっとの状態でエーテルに反撃されれば勝ち目はない。

 何が何でもここで攻撃を耐え、エーテルに止めを刺さなければならない。

 口で噛み付いてでもだ。

 

「ガアァァァァァ!」


 狼鬼は激痛に耐えながらエーテルの首元に噛み付く。

 エーテルは聞くに堪えない金切り声を上げる。

 鋼鉄のように固い鎧と肉を嚙み千切らんと狼鬼は顎に力を入れる。

 狼鬼の顔面に返り血が

 対してエーテルも負けじとグリグリと短剣を動かす。

 あれ程まで壮大で激しい戦いを繰り広げていた二人が最終的に行き着いた戦いはどうしようもなく、泥臭く、地味になる。

 ここまで意地と意地のぶつかり合いで我慢比べだ。根を上げた方が死ぬ。

 同じ力を持つ者同士だからこそ、決着は簡単につかず、最後は信念の強い方が生き残る。


「ヴゥゥゥゥ!!」


「ガアァァァ!!」


 両者は獣ような唸り声をあげ、相手を殺そうと全力を出す。

 殺意だけの無様な殺し合い。

 神という高次元の存在であるはずが戦いぶりエーテルが見下している獣と大して変わりない。

 それに気づかないエーテルは愚かで滑稽な存在だろう。

 そして、そんな邪悪な存在に相応しい最期が訪れようとしていた。


「な、何だ! 体に力が……」


 短剣を握っていたエーテルの手がだらりと下に垂れる。

 さらにエーテルの体が光の粒子となって地面に零れ落ちていく。


「死ぬのか! まだだ! 我はまだ、何も果たしていない!」


 エーテルは必死に死を拒む。

 だが、数多の命を省みることなく奪い、世界を混乱の渦へと引きずり込んだ悪党には贅沢すぎる願い。

 当然、願いは一切叶うことなく、それどころか無情にも消滅は加速していく。

 次第に薄くなっていくエーテルは狼鬼は憐れみの目で眺める。


「貴様だけは! 貴様だけは……この我の手で!」


 消えかかる手を小刻みに震えさせながら狼鬼の首を絞めんと伸ばす。

 そして、指先が狼鬼へ届くか否かの瞬間。

 エーテルはこの世界から消滅した。

 宿敵とも言える狼鬼に一矢報いることもできずに。


「……眠れ。エーテル」


 かつてエーテルだった光の粒子はまるで地獄に引きずり込まれるように地面に落ちていった。

 神であるエーテルにとって神話のような大層なものではなく、悔いしか残らない呆気ない最期だったことであろう。

 だからといって同情にするわけが無い。

 寧ろ、世界を滅亡寸前まで追い込んだ存在として因果応報と言うべき結末。


「終わった……」


 エーテルは消滅した。

 それにも関わらず、今だに世界に光は戻らない。


「いいや。まだ、だよな」


 違う。

 世界の脅威はまだ去っていない。

 いいや、この戦いで新たな脅威が生まれた。

 そして、その脅威は今なお、この世界に片脚だけだが立っている。

 脅威とは狼鬼自身

 狼鬼は首に刺さった短剣を引き抜く。

 傷口から輝く血が止めどなく流れている。

 狼鬼はスッと右手に血を貯め、徐に口をつける。

 赤くはないが確かに鉄の味がした。

 安心した。自分がまだ生物なんだと思えたからだ。

 フッと笑みを浮かべる。

 覚悟は決まった。

 血濡れた右手を左胸に置く。

 そして、戸惑うことなく自身の体を貫く。グチャグチャとグロテスクな音が静寂が広がる空間に響き渡る。自身の体を掻き回すのはとてつもなく気持ちが悪いことだろう。だが、それでも狼鬼は世界の為、自身を犠牲にすることを決めた。そうして、自身の心臓を抉り取る。

 外気に触れてなお、脈打つ心臓。

 生暖かい命を感じた。だからこそ、命を止めなくてはならず、握り潰す。

 心臓がなくなっただけで狼鬼の存在が消滅するとは思わなかった。

 最後の力を振り絞り、自身の首を切断した。

 狼鬼の体から離れ、毬のように跳ね、転がる頭部は瓦礫に引っかかり、動きを止める。

 上から光が差し込む。狼鬼が止まった場所はちょうどエーテル共に落下した地点で天井に空いた穴から太陽の光が差込んでいた。

 暖かく、心地よい光だった。

 まるで、愛する人に抱かれているかのような安心と喜びを感じた。

 死ぬことへの恐怖や悲しみなどなかった。

 ただ、満足だった。

 辛い出来事ばかりだったが、二度目の生を受けたこと。

 人々と世界を救えたこと。

 様々な場所、人々とを通じて本当の心を取り戻す、それ相応の心を抱きながら死ねることは狼鬼にとってこれ以上にない幸福だ。

 もう悔いなど何一つ残っていなかった。


「さよ……なら……」


 狼鬼の頭から保谷ロウの頭に戻る。

 人へと戻ったロウは安らかな笑みを浮かべ、瞼を下ろす。

 そして、光の粒子となって太陽の光に導かれるように天に上っていく。

 ロウの存在が消滅した時、世界に光が戻り、平和が蘇った。

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