表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界放狼記 神ヲ喰ラウ獣  作者: 島下 遊姫
神を喰らう獣
84/88

決着

本当に最後の戦い

 空気が破裂したような爆発音が空間に響く。

 凄まじい移動速度で衝突する狼鬼とエーテル。

 地面を蹴り、壁を蹴ってぶつかる様は弾丸同士が衝突しているかのよう。

 その神速とも言える動きはこの世に存在する生物が目で追うことどころか認識することすらできない。

 生物が風や空気を認識できないのと同じ感覚だ。


「ヌウゥ!」


 エーテルは宙で前転し、踵落としで狼鬼を叩き潰そうとする。

 ただ、一つの蹴りで地面にクレーターが生まれ、衝撃瓦礫が宙に浮く。

 蹴りを受ける寸前、狼鬼は尻尾を地面に突き刺し、急制動をおこなったおかげで間一髪だが回避することに成功。

 ふと、狼鬼は宙に浮いた瓦礫を見て、あることを思いつき、跳躍する。

 宙に浮く瓦礫に踏み台にし、別の瓦礫に向かって跳び、向かった先の瓦礫を踏み台にして跳ぶという行動を繰り返す。

 踏み台になった瓦礫は壁や天井、地面に叩き落とされる。

 エーテルは風の弾丸で狼鬼を撃ち落とそうとするが跳躍の度に加速し、さらに三次元的かつ縦横無尽の動きを取ることは至難の技。

 勢いを限界まで高めた時。

 狼鬼は最後の瓦礫を蹴って、エーテルに飛びかかる。

 右脚を前に突き出し、両腕を引いた独特の飛び蹴りがエーテルに直撃。

 必殺技と言っても過言ではない高威力の蹴りに流石のエーテルも後方に飛ばされるが、それでも致命傷にはならず、何とか踏ん張って耐えた。

 

「ハアァッ!」


 狼鬼は鋭い爪でエーテルの肉体を切り裂こうと振るう。

 ヒュッと風を切り音が室内に響く。

 エーテルは後ろに宙返りして回避する。その瞬間、エーテルの背後にあった壁が破壊される。壁に巨大で深い爪痕が刻まれていた。

 腕を振り下ろしただけでも余波が起き、余りという言葉とは思えない威力。

 回りながらナイフを創造。着地と同時にナイフを狼鬼に投げつける。

 ライフルの銃弾のような弾速と鋭い一撃は不意打ちということも相まって予測も反応も出来ず、狼鬼の右肩を貫く。


「グゥッ!」


 狼鬼は呻き声をあげ、大きく右側に体を傾け、体制を崩す。

 その隙にエーテルは地面にヒビを入れるほど踏み込み、流星の如き速さの跳躍で狼鬼に襲い掛かる。

 そして、跳躍の最中に剣を創造する。


「死ね!」


 瞬き程の一瞬の時間で狼鬼の目前まで迫ったエーテルは大きく剣を振りかぶる、力一杯振り下ろす。

 刃が狼鬼に当たりかけた瞬間。

 突然、エーテルは勢いよく左側に吹っ飛ばされ、壁に叩きつけられる。


「抜け目のない奴!」


「間一髪……だった」


 体に覆い被さった瓦礫を落としながらエーテルは立ち上がる。

 そして、文字通り足蹴にした狼鬼を睨みつける。

 エーテルがナイフを投げ、接近するまでの間、狼鬼は何もしていないわけがなかった。

 ナイフを受けた衝撃と崩れた体制を利用して、狼鬼は体を時計回りに回転させ、エーテルの接近と同時に回し蹴りを浴びせたのだ。


「ハハハ! 参ったよ! お前強いなぁ! そんなに力が持っていたら、人間はお前を恐れるよ! 災害や災厄の同等の扱いをしてさ!」


 喜びと怒りが混じった奇妙な高笑いをしながら、エーテルは狼鬼の足元に土の杭を生み出し、串刺しにせんとする。

 狼鬼は左右に動き、回避しながらオウム返しにエーテルの足元に土の杭を生み出す。

 当然、回避され、両者は手から火球を出しながら接近する。

 無論、相殺されることは承知だ。あくまで牽制。足元に撃って、運よく転べばいいと僅かな期待値しかない消極的な攻撃。

 結果、両者の思惑は果たされず目前まで迫ったことで狼鬼は爪を。エーテルを剣を振るう。

 爪と剣がぶつかり合い、鼓膜が破れるような甲高いが響く。

 そして、爪と剣瓦礫が吹き飛ばされる程の衝撃波が起きる。


「なぁ! これほどの力があるんだ! もっと自分の欲望の為に使いたいと思わないのか?」


「悪魔の囁きか?」


「神の神聖な言葉さ! 力があれば世界はお前の者だ! 万物全てを支配でき、人間なんて思いのままに動かせる! 自身を英雄として崇めさせることも! 好きなように女も抱ける! 気に食わない者は淘汰でき、残虐に殺すこともできる! 自分の都合のいい世界を創り出す権利をお前は与えられたんだ! それを使わんとは……愚かだ!」


 エーテルの甘い戯言。いや、残念ながら事実だ。

 力がある者は何をしても許されるように事を進めることができる。

 強いというのはただでさえ難しい人間の評価で最もわかりやすい物差し。人々はわかりやすく楽なものに甘える傾向がある。

 狼鬼達のような強さは見せつければ瞬く間にひれ伏す。

 ある者は畏敬の念は抱いて。

 ある者は恐怖に屈して。

 ある者は踊らされて。

 そして、歯向かう人々を処分すればあっという間に世界なんて支配できる。

 世界を支配し、人々を自分の都合よく動かすことなど凡人では決して叶えることができない願望。

 まるで薬物のような危険な魅力が漂う。

 だが、狼鬼は決して揺るがない。


「俺は……認めない!」


「何?」


「世界は誰か一人の為にあるんじゃない! 個人が集まって、思いが集まった結果が『世界』になるんだ! だから俺の為の世界なんて来ない! それはお前も同じだ!」


 狼鬼は力の恐ろしさと巨大故に無力であることにも気づいていた。

 少しでも力の使い方を誤れば世界なんてものは簡単に崩壊してしまう。だからと言って、力を持っていたとしても世界は簡単に救えない。

 世界は一つの時計だ。

 何かしらの大きな衝撃を受け、歯車や部品が歪み、外れた瞬間、時計は停止する。誰か外部から修理を行わなければどんな価値のある時計もただのガラクタに成り下がる。

 時計は一つの部品だけで動くことはない。複数の部品がかみ合ってこそ、初めて時計は機能する。

 前の世界では核戦争というたった一つの大きな衝撃によって数多の人々が死んでいった。修復しようにも人手がなく、汚染された世界では生きていくことすら奇跡であった。

 部品である人々もそんな地獄のような世界で生きていく為に同じ存在である人間を殺してまで生きようと藻掻いていた。

 そして、一片たりとも修復されることもなく、世界は停止した。

 例え、狼鬼の力や神の力があっても滅びの運命は変えられなかっただろう。

 たった一人がどれほどの力を持ってでも命はそう簡単に生み出せない。一つの部品が同時に複数の部品を兼ねることができないように一人が百人、千人を賄えない。

 だから、エーテルを否定する。

 神一人だけの世界は世界などではないと。

 たった一人だけの為に他人の命を無下にする世界などに未来はないと。


「違うな! 俺は他の神とも! 貴様とも違う! 我の力に不可能はない!」


「その驕りはあんたの弱さだ!」


「そこまで言うならこの我に勝って、証明してみろ!」


 エーテルの力が興奮と闘争心の覚醒によってさらに高まる。

 剣で鍔迫り合いをしていた狼鬼を弾き飛ばす。

 僅かな時間の間に空中から百本もの剣を創造し、狼鬼に射出する。

 狼鬼は尻尾をアンカーのように伸ばし、後方数十メートル先にある壁に突き刺す。刺した瞬間、尻尾を縮めて、発射された剣を回避しながら後方に移動。

 依然、向かってくる剣は拳と脚で弾いて防ぐ。

 壁際まで移動してもなお、まだ半分以上の剣が残っていた。

 狼鬼は壁を強く蹴り、天井まで跳ぶ。

 空中で半回転し、天井に足をつけ、駆け出す。

 後を追いかけるように剣は狼鬼に追従する。

 殆どが回避され、天井に突き刺さる中でたった一振りだけが左腕に命中する。

 狼鬼の左腕が地面にボトリと落ち、潰れる。

 片腕が

 全ての剣を撃ち出したことを確認すると狼鬼は天井を蹴り、エーテルに迫る。

 驚異的な跳躍力に加えて、重力を利用もしていることあって、その速さは流星かと見間違う程。

 流石のエーテルも反応ができず、回避が間に合わず手に持った剣を盾のように構える。

 所詮はただの剣であり、防御はあくまで気休み程度。

 狼鬼を前にして消極的な択を取ることは悪手でしかない。

 

「ハアァ!」


 狼鬼は体を左右に回し、尻尾を振るう。

 鞭のようにしなやかかつ刀の切れ味を持つ尻尾は剣を紙のように切り裂き、さらにエーテルは右腕を切り離す。

 エーテルは体を大きくのけ反らさせる。

 

「好機!!」


 その瞬間、狼鬼は着地する。

 そして、拳を振り上げ、殴り飛ばそうとする。


「甘いんだよぉ!!」


 体勢を崩し、立て直すにも狼鬼の目前にいる為、打つ手のない状況。

 だが、エーテルは違う。己の持つ力を過信しているからこそ、どんな状況に陥ろうとも結果がはっきりするまで足掻き続ける。

 慢心や驕りは基本的に弱点になるはずが、エーテルにとっては唯一無二と言えるほどの強みでしかなかった。

 狼鬼が目前に迫った瞬間。エーテルは狼鬼の顔面を右手で掴む。

 そして、右手から火炎放射を放つ。

 鉄をも一瞬で溶かす炎を直接受け、狼鬼の左半分の顔面が溶けた鉄のように液体状に崩れる。


「ガアァァァァァ!」


 顔面が崩れてもなお、狼鬼は攻撃を止めず、エーテルの顔面を殴りつける。

 巨大な鉄球をぶつけられたかのような重い衝撃はエーテルを殴り飛ばすだけでなく、顔面を歪ませ、右目を潰させる。


「グウァァァァ!」

 

 エーテルは硬い地面に二、三回バウンドするほど強く叩きつけらる。

 全身の骨が一気にひびが入る。


「化け物だな……今の貴様は!」


 軋み、悲鳴を上げる体など労わるどころか一切に気にもしないエーテルは立ち上がり、狼鬼を睨む。

 顔の半分が溶けてなくなり、左腕もないそのシルエットはまさに異形の一言。


「例え、化け物になっても……俺はお前を殺す!」


「心意気は認めよう。だが、我を倒したところでお前は誰からも称賛されることない。それでお前は満足なのか?」


「人を食らった俺は称賛されるべき英雄でも神なんかじゃない。お前と同じ邪神だよ。それに俺は望んでやったことだ。理不尽な悪意から人々を救うことは」


「……そうか」


 狼鬼の覚悟を聞いたエーテルは静かに構えを取る。


「なら、お前の願いも全て……無駄にするだけだ」


「俺にはお前みたいなプライドはない。でも、命を背負っている」


 狼鬼も同様に構えを取る。

 両者は静かに睨み合う。

 先程までの激しい殺気のみが漂う戦場とは思えないほど静かな空気が流れている。

 だが、何も起きていないわけではない。

 この瞬間も両者は激しい読み合いを行っている。

 ここまで本気の殺し合いをし、互いが互いの手の内を把握しており、裏の読み合っている為、硬直しているのだ。

 あまりにも複雑な読み合いが起きる中、両者は動き出す。

 時間にしてはたった数秒間の読み合い。だが、脳内では何万ものパターン戦闘が繰り返され、その結果は。

 

 単純な正面衝突であった。


「ウオォォォォ!!」


「ガアァァァァ!!」 


 両者は走る。目の前の敵を殺す為に同時に拳を振り上げる。

 まるで世界が固唾を飲んで事の行く末を見守っているかのような静かな空間に両者の叫びと足音が響き渡る。

 約五メートル。

 狼鬼は己の全てを、体の奥底にある全てを出し切らんとする。

 約四メートル。

 狼鬼の目は殆ど見えていない。

 片目はなくなったことで距離感は完全に狂い、エーテルの姿もぼんやりと霞がかかったようにしか見えていない。

 約三メートル。

 足を踏み出す度に意識を失うような激痛が全身を駆け巡る。

 約ニメートル。

 片腕がないことで体のバランスが上手く取れず、足取りもおぼつかない。

 約一メートル。

 それでも狼鬼は戦う。

 勝利を得て、世界を救う為に。

 ゼロメートル。

 両者が密着しかけるほど接近した時、拳を前に突き出す。

 狼鬼の正義の鉄拳がエーテルの悪の仮面目掛けて。

 エーテルの邪悪の鉄拳が狼鬼の善の仮面目掛けて振るわれる。

 同時に放たれた拳。

 だが、エーテルの拳の方が狼鬼よりもコンマ数秒速かった。

 狼鬼が触れる前にエーテルの拳が狼鬼を貫く方が速かった。


「死ねぇ!」

 

 エーテルは勝利を確信した。

 自らの拳が狼鬼の頭部を命中し、跡形もなく潰れる姿が見える。

 はずだった。

 拳に何一つ感触が伝わらない。

 固い物が当たる感覚も肉を潰す柔らかい感覚も。

 まるで、風などの実体のないものや液体など姿形を変える流動体を殴っているかのような掴みどころのない感覚。

 

「我が……」


 確信の矛先が一瞬にして逆を向く。

 そして、エーテルはゆっくりと視線を落とす。

 藍衛流。狼鬼がタウシェンと共に鍛えた力の一つ。

 相手の攻撃を水や風のように受け流す防御術。それを応用し、エーテルの拳を回避した。

 エーテルの拳を受ける直前、前に踏み込んだ右脚に力を入れ、全体重を前に乗せつつ、左肩を後方に引いて、エーテルの拳を回避。

 だが、それでも完全な回避にはならず、エーテルに向けた拳を一旦下げ、自らの右脚を手刀で切断。

 支えを失ったことで体は急激に前のめりになり、それでエーテルの拳を回避した。

 前に倒れながら狼鬼は拳を後ろに限界まで引く。

 残る左脚を粉々に潰す程、力を入れ、地面を強く蹴る。

 

「終わりだ……エーテル!」


 そして、狼鬼の全てが籠もった最後の拳がエーテルの腹部を貫いた!

終わりまで後3話

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ