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異世界放狼記 神ヲ喰ラウ獣  作者: 島下 遊姫
神を喰らう獣
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変身

 光など一切差し込むことのない暗い意識の中。

 まるで星の光がない真っ暗な宇宙のような空間。

 その空間の中でポツリと立っていたロウの意識はプツリと切れ、まるで糸の切れた操り人形のように力なく倒れる。

 全く体に力を入れられないもどかしい感覚。芯から一気に凍っていくような感覚。

 段々と意識が薄れていき、音も目も薄くなっていく恐ろしい感覚。

 ロウは思い出した。死に誘われる感覚を。


「俺は……死ぬのか……」


 脳裏に走馬灯が駆け巡る。

 以前の世界のことから、今日までに至る全ての出来事が刹那に駆け巡る。


「死に……たくない……」


 僅かに動く口から心からの言葉から漏れ出す。

 このまま負けたまま死にたくない。

 今、死ねばこの世界は終わりを迎え、全ての命が失われる。

 今ある命だけではない。

 ここに至るまでに死んでいった者達、ロウに食われた者達の犠牲も全部が無駄になる。

 それでは誰も報われない。

 だから、立たねばならない。

 例え、死んでもだ。生き返ってでも立ってエーテルを殺さなければならない。

 全身に力を入れ、立ち上がろうと試みる。

 だが、穴の開いた風船のように力が抜けて、体が全く動かせない。

 悔しく、唇を嚙み締めたくなるがそれすらも叶わない。


「俺は……!」


 掠れる声で叫ぶ。

 聴覚は閉じていき、自身の声ですら殆ど聞こえない。

 視界も霞んでいき、視界に映る指先もぼやけていき、輪郭もわからなくなっていく。

 指先の感覚がなっていき、冷たさも感じなくなっていく。

 ゆっくりと、確実に死に近づいていく。

 もう死の結末は避けられない。

 それでも、ロウは避けようのない絶望を前にしても抗い続ける。

 保谷ロウが正義も悪も貫いてきた保谷ロウであるために。世界を救う救世主、狼鬼であるためにも。


「立てるよ」


 閉じてしまった耳に聞こえてくる馴染みと安らぎを感じる少女の声。

 闇に染まった視界に小さな光が差し込む。

 指先に伝わる柔らかな温もり。


「……光?」


 段々と意識が覚醒していく。

 意識がはっきりとしていくと同時に声が鮮明に聞こえてくる。

 楽しげに笑う声。

 怒りに震える声。

 跳ねるようなはしゃぎ声

 悲しみ、嘆く声。

 血気盛んな叫び声。

 恐怖に溢れた叫び声。

 幸せや喜びとだけではない。憎しみや怒りの負の感情を含めて全ての感情を乗せた声がロウの体の中から聞こえてくる。

 真っ暗な世界に星のような小さな光が点滅し、ロウの体に集まっていく。

 光が集まっていき度にロウの細胞の一つ一つが光を帯びていく。

 太陽のような暖かな光にロウを安らぎと勇気をもらう。


「これが……人の思い……」


 ロウはゆっくりと立ち上がる。

 人の肉を食らい、人の思いも食らったロウは喜びも苦しみも、正義も罪も全ての業を背負っている。

 今のロウはロウ一人ではない。様々な人間の思いや願いを集合させた存在。

 それはもう人や生物の領域を超えていた。


「わかっている。無駄にはしない。だからこそ……俺は!」


 大きく深呼吸をし、かの英雄たちが言い放った希望の言葉をロウも口にする。

 

「変身!!」

 

♢ ♢ ♢


 世界はようやく支配できた。

 狼鬼の再生しない死体を見て、そう確信したエーテル。

 お馴染みの高笑いを上げることはなかった。

 確かに狼鬼の存在はエーテルにとっては最大の障害であった。

 エーテルは世界を滅亡させる力を持っている神。しかし、高次元の存在である神ということが別次元のこの世界に干渉できないというデメリットとして働いていた。例え、最強の力を持っていたとしても実際に発揮できなければ宝の持ち腐れだ。

 干渉できない故に自身で生贄を集めることもできず、仕方なく別の世界で死んだ人間達を転生者として、世界に送り込み、生贄を集めさせた。

 その矢先に現れたのが狼鬼だ。

 狼鬼は次から次へと転生者達を殺し、エーテルの計画を狂わせてきた。

 エーテルを自ら出向き、狼鬼を殺したかったが、受肉が完了していない以上、何もできない。

 正直、エーテルはかなり追い詰められた。

 受肉も狼鬼が神殿に現れてやっと完了したため、後一歩エーテル側に何かしらの遅れや生贄が足りなければエーテルは降臨できず、狼鬼の勝利になっていた。

 だが、危ない綱渡りで、渡り切ってしまえば何一つ問題はない。

 降臨が成功した以上、狼鬼の存在など蟻と同等であり、問題はない。

 どんな力を持とうが所詮は転生者という生物。神には敵うはずがない。

 この世界に降臨した時、エーテルは既に勝利をもぎ取っていたのだ。

 だから、わざわざ高笑いをあげる程のことではないのだ。


「さて、どんな世界に創り返るかなぁ」


 エーテルの野望を邪魔する者はいなくなった。

 悩みの種が取り除かれ、鼻歌を歌いながら狼鬼の死体に背を向けた時だ。

 背中に焼けるような熱さを感じる。


「な、何だ!?」

 

 嫌な熱さを感じ、エーテルはゆっくりと振り返る。

 思わず目を疑った。

 魔獣狼鬼の醜い死体の中から神々しい光を放つ右腕が伸びていた。

 それはまるで暗闇に染まった世界を新たに照らす、夜明けの太陽が地平線から昇ってくるよう。


「生きていた……違う!?」


 狼鬼が生きていた。僅かに息があったというその事実だけなら大した問題ではなかった。

 違う。狼鬼は確実に死んでいた。心音も消え、瞳孔も開いていた。

 死んでいた狼鬼が生き返った。

 普通の人間にとっては奇跡なんて言葉で済まされる現象。

 だが、神は違う。

 神にとって普通の人間が死んで蘇るということは新たな同種が生まれること。


「貴様は! 神になったとでも言うのか!?」


 それすなわち神の誕生であること。

 死体の中から殻を破るように人型の狼鬼が現れる。

 七色を超えた全ての色が混ざり合って、闇を裂き、全ての生命を照らすかの如く輝く。

 鬼神覚醒――狼鬼。

 今、希望の光が世界に降臨した。

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