飛翔
空中へと逃げた狼鬼はエーテルから逃げながら損傷した両脚と内臓を再生させようと試みる。
狼鬼の再生速度は瞬時という言葉がふさわしい程速い。だが、エーテルから受けたダメージがあまりにも大きく、再生に時間がかかってしまう。
ただの転生者相手でも僅かに回復が遅いとそれだけ隙を生み、状況が悪化する中で圧倒的な力の差があるエーテル相手には致命的な問題だ。
「畜生……ここまで差があるとは……」
狼鬼は舌打ちを打つ。
数多の命を食らい、罪のない人々の人生や幸福を奪ってでもエーテルの野望を打ち砕かんとした結果が無様に空中に逃げこむという今までの犠牲者達をこけにするような行動に行き着いたことに激しい後悔と怒りを抱く。
「どうすれば……勝てる!」
怒りと焦りは思考を詰まらせる。一度、深呼吸を行い、気を落ち着かせる。
肋骨も折れているのか深呼吸をすると刺さるような痛みに襲われるが歯を食いしばって耐える。対策を考える。
だが、エーテルは悠長に対策を練る時間は与えてはくれない。
「空に逃げてどうする気だ!」
「もう追いつくか!」
戦闘機の如く高速で迫ってくるエーテル。
狼鬼は一度、自身の脚を確認する。脚はまだ再生が間に合っておらず、足先が生えかけている最中だ。
万全な状態で戦闘に望みたいが、だからと言ってこのまま逃げ回っても埒は開かず、寧ろ追いつかれて背中から襲われて、さらに不利になるだけ。
ならば、迎撃するしかないと狼鬼は体を反転させ、エーテルと対面する。
指から刀のような切れ味の爪を伸ばし、戦闘態勢に入る。
「鬼ごっこは終わりか!」
エーテルは右手を前に突き出すと五発の火球を放つ。
狼鬼は全力で翼をはためかせ、上下左右に激しく動いて回避する。
だが、回避したはずの火球は勢いそのまま反転し、再び狼鬼に襲いかかる。
度重なる死角からの不意打ちに何とか間一髪避けるが
「追尾するのか!」
このまま回避を繰り返しても体力を無駄に消費するだけ。
ただでさえ一方的に押されているこの不利な戦況で体力を減らされるというのは好ましい展開ではない。
多少のダメージは覚悟の上で火球そのものを対処しなくては戦況は変わらない。
狼鬼は鋭い爪と尻尾で迫る火球を切り裂く。
「火球に気を取られてはぁ!」
火球の対処に追われている最中、エーテルが襲いかかる。
音速で迫るエーテルに対し、狼鬼は爪を銃弾のように撃ち放つ。
爪の銃弾はエーテルに直撃する。
しかし、素直に喜べなかった。
直撃を受けたのも回避する必要も防ぐ意味もなかったからだ。エーテルの鋼の肉体を爪の銃弾は貫くことができず、それどころか傷一つもつけることもできず、甲高い音を立てて、弾かれる。
エーテルの手には能力で生成したであろう剣が一振り。
狼鬼は瞬時に爪を生やす。
大きく振るわれた剣を狼鬼は右手の爪で受け止める。
爪と剣の鍔迫り合いは火花が散る程、激しい力がぶつかっていた。
「クッ!」
狼鬼は尻尾を伸ばし、真下からエーテルを串刺しにせんと試みる。
だが、エーテルは狼鬼が尻尾で攻撃を仕掛けることを予想していた。
その場で宙返りをし、若干後退しながら尻尾を回避する。
そして、回避直後に狼鬼に蹴りを入れ、後方に吹き飛ばす。
エーテルは吹き飛ばされる狼鬼以上の速さで一気に詰める腹部に剣を貫く。
内臓を酷く損傷し、狼鬼の口から大量の血を吐き出す。
「このぉ!」
「空に逃げた意味がなぁ!」
エーテルはただ蹂躙される狼鬼を馬鹿にするかのように高笑いを上げながら、剣を引き抜こうとする。
だが、狼鬼はエーテルの腕を掴む。
「何の真似だ?」
「肉を切らせて骨を断つってさ!」
狼鬼はやっとの思いで掴んだ好機を逃さんと強靭な握力でエーテルの腕に爪を食いこませ、離さんと必死に掴む。
「離せ!」
「離すか!」
エーテルは残った腕で狼鬼の腕をもぎ取ろうとするが狼鬼のもう一つの腕と尻尾が絡みつき、動きを阻まれる。
「お前を……食らってやる!」
狼鬼は鮫のような鋭い牙とワニと同等以上の噛合力でエーテルの首筋にかみつく。
噛み付いた箇所から凡そ生物の血とは思えない金色に輝く美しい血が噴き出る。
「グウウ!」
エーテルは呻き声を上げながらも狼鬼の腹部に何度も膝蹴りを入れ、抵抗する。
だが、そう簡単に狼鬼はエーテルから離れない。
せめて、肉を食いちぎるまでは離さんと固い決意があった。
しかし、エーテルの肉は非常に硬く、さらにゴムのような伸縮性が高い為、食いちぎることができない。
「我のこの美しい肉体に傷をつけるとは!!」
エーテルは深く傷つけられた。
物理的な傷はそう深くはない。
問題は精神に深く抉られた傷だ。
神と言う言葉通りの高次元の存在である自身が下等な生物である狼鬼に傷をつけられ、食われているという屈辱。
神としてのプライドと優越感を血で汚され、エーテルが本気で怒り、マグマのような殺意を沸かせるには十分であった。
「万死に値する!! クソが!」
怒りによってエーテルの力が異常なまでに膨れ上がる。
エーテルは腕に力を入れる。そして、力強く拘束してい狼鬼の腕と尻尾を引きちぎって、拘束を解く。
「何!?」
狼鬼が驚いた瞬間。
狼鬼の肩が一瞬で切り落とされ、切断面から血が噴き出る。
あまりの速さに痛覚を感じる時間もなかった。
エーテルの逆襲は終わらない。
腕が失われ、まさに打つ手が無くなった狼鬼の背後に周り、両翼を引きちぎり、空に放り投げる。
狼鬼は抵抗として、左脚で後ろ蹴りをかますが、肘打ちで対処される。
ただの肘打ちでありながらもその威力は凄まじく、狼鬼の左脚は破裂し、肉片と骨が弾け飛ぶ。
そして、エーテルは残る狼鬼の右脚を掴む。ぎちぎち聞くに堪えないグロテスクな音を鳴らしながら引っ張り、体から引きはがす。
「グウァァァァ!」
「痛いか! 痛いよなぁ! 俺の何倍も何十倍も何億倍も痛がれ! 苦しめ! そして、死ねぇ!」
達磨状態になり、喉を擦り切れるほどの絶叫を上げる狼鬼。
そんな状態にしてもなお、エーテルの怒りは一向に収まらない。
能力で短刀を生成すると、狼鬼の右目に何度も突き刺す。狼鬼の瞳は潰れ、血が噴き出る。深く刺さり、引き抜かれることを繰り返されているうちに脳の一部が飛び散る。
エーテルは短刀での攻撃を繰り返しながら、そのまま翼をはためかせ、急降下する。
「や……め……」
「グチャグチャのミンチになれ!」
急降下を開始してからものの数秒では最初に戦闘を行った神殿頂上に到達する。
成層圏の高度から、音速の速さで地面に叩きつけられればいくら狼鬼とは言えひとたまりもない。
さらに生態鎧の強度も度重なるダメージで著しく下がっているかつ、達磨状態で一切の受け身が取れなず、衝撃を軽減できない。
狼鬼に残された手立てはなく、ただされるがままに地面に叩きつけられるのみ。
「死ねぇ!」
そして、狼鬼はそのまま神殿頂上に叩きつけられる。
まるで、隕石が落下したかのようなとてつもない衝撃が起き、世界が震撼する。




