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異世界放狼記 神ヲ喰ラウ獣  作者: 島下 遊姫
神を喰らう獣
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頂上

 轟々と吹き荒れる吹雪。

 その過酷な世界を歩く一行がいた。


「脚を止めるなぁ! 死ぬぞ!」


 エンジンのような騒音とも言える吹雪の音にかき消されまいと眼鏡の男は泣けなしの体力を振り絞って、声を上げる。

 彼らは楽園から旅立った集団。現在は何も持たない自分達を受け入れてくれる村や街を探しているが、その最中に吹雪に見舞わられた。

 防寒対策も何もしていない彼等にとってこの吹雪は命を

 せめて、風でも凌げる場所を探そうにも吹き荒れる吹雪によって世界は白銀に染められ、一寸先も見えない。

 絶えず吹く風と雪は肌を突き刺すような寒さを与え、体の芯から凍えさせ、さらに体力を奪い続ける。

 また、ただでさえ寒さと足元の雪によって満足に歩けない彼等な追い打ちをかけるように向かい風が吹き続ける。


「もう……無理……」


「レイ! ここで倒れたら死んじゃう!」


 ただでさえ、大人でも生きることを諦めかねない過酷な環境。子供にとっては元々生きることすら許されないのかもしれない。

 レイと呼ばれる少女は遂に体力を使い果たし、雪上に倒れてしまう。

 咄嗟に兄のケンが駆け寄り、歩かせようと頬を叩く。しかし、体力がそこを尽きたレイは立つことすらままならない。

 唯一残った家族を絶対に死なせたくない。


「……お兄ちゃんが絶対に助ける! だから!」


 歩けないのから運べばいい。

 ケンはレイを背負おうとする。しかし、ケンも息巻いていても所詮は子供。気合でレイを背負えても、そこから歩くことはできない。


「いい……から……お兄ちゃん」


「いいわけがない! 絶対に……絶対に見捨てたりはしない!」


「それは私達も同じよ」


 すると、一人の女性がレイを胸に抱く。


「おばさん……」


「大人が子供を見捨てたらいけない。ちゃんと大人として、子供を導かなくちゃ。後はお姉さんね」


「そうだな。坊主! 歩けるか?」


 女性に続いて他の大人達はケンとレイを吹雪から守らんと壁になるかのように囲む。


「ここまで来たんだ。死ぬのは勿体ないよな?」


「……わかってるよ!」


 人々は殆ど見ず知らずの赤の他人同士。

 だが、同じ苦しみを味わい、互いに助け合いながら約二日間、歩き続けた彼等には確かな仲間意識があった。

 その意識は決して偽りではない。短い時間の中でも確かに根付いた繋がり。

 ケンは大人達の励みに応え、ゆっくりと立ち上がり、再び歩く。


「もう少しだ! もう少しで村に着くはずだ!」


 先頭を歩く眼鏡の男性は皆を鼓舞する。

 もう少し。数え切れない程吐いたのだろう。

 肝心なもう少しは全く来る気配はなく、普通なら誰もが絶望し、諦めるほど苦しい状況。

 しかし、彼等は歩みを止めない。歩みを止めればそこで本当に終わってしまうからだ。

 進み続ける限り、希望の灯火は消えない。

 だから、進み続ける。

 希望が、真の楽園が現れることを信じて。

 

♢ ♢ ♢


 周りは飲み込まれそうになる程の闇が覆っている。

 命の気配は一切なく、ただ石の階段を上る足音だけが響いている。

 闇の中にポツリと輝く光を目指し、ロウは一段一段、上り詰める。


「この先に……奴が」


 口元に付着した血を拭う。

 あの儀式部屋にいた遺体を全てとメジュラスを食らい、多少のエネルギーは補給した。

 ここまで来るのに一体何人もの人間を食らってきたのだろうか。

 神殿に来る直前の村で転生者に襲われ、虫の息だった村人達を介錯として食らい、歯向かった敵を食らい、遺体を食らい、数えきれない程食らった。

 食らった命の数だけを考えれば憎むべきエーテルと大して、否、同等の悪だろう。

 ロウは振り返らない。

 ただただ、前だけを見る。

 後ろには得体の知れない何かがまるで悪人であるロウに後戻りは許さないという怒りを抱きながらが迫っている気がするのだ。

 神の元へと向かうロウを止める者は誰もいない。

 あらゆる敵を薙ぎ倒し、血を浴びた悪魔を裁ける者は神のみ。

 しかし、ロウはこれから世界を終焉へと誘う邪神を殺す。

 この世界で人々の命だけでなく、光や他の転生者達の命も軽んじ、滅ぼさんとするエーテルを決して許すことはできない。

 絶対に殺す。世界を救う為にも命に変えても殺す。

 正義と憎しみを二律背反する感情を胸に前に進む。


「……救ってみせるさ」


 一歩一歩、一段一段進む度に光は大きくなっていく。


「世界の一つくらい!」


 全ての覚悟を決めた瞬間、ロウは光の果てへと到達する。

 空には黒い夜が広がり、一切の欠けもない神秘的な光を放つ満月が浮かんでいる。

 光の果ては神殿の頂上であり、ただ石造りの床が広がっているだけで殺風景であった。

 頂上の傍らを見ると雲海が広がっている。

 この雲海の下では現在進行系で人々が災厄に襲われ、命を落としている。

 一刻も早く倒さなくてはロウは目前に立つ人影を鋭く睨みつける。


「ようやく来たかい……保谷ロウ」


「あぁ、来たさ。エーテル」


 ロウの視線の先には完全復活を果たしたエーテルが堂々と立っていた。


 最後の決戦の火蓋が今、切られた。

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