鉄拳
山の麓にポツリと佇む集落に火の手が上がる。
「止めて! これは大事な食料なの!」
「これが無くては餓死してしまう」
「はぁ? どうせお前らは災厄に巻き込まれて死ぬんだ! だったらオレらが持っていた方がいいだろう!」
世界の混乱をいいことに悪党が集落を襲っていた。
家に火を放ち、村人達に刃を脅しに金品や食料を略奪。
村人達は悪党の足を掴んで、止めてくれと懇願するものの悪党は一蹴し、下衆な笑みを浮かべる。
「これからの世界は強い奴だけが生きられる世界に変わる! お前らみたいな弱い奴らは死ぬだけだ!」
「全く、小者共が」
あたかも自分達が強者であるかのように振る舞う悪党に情けないと溜息を吐くゴリラのような体格の老人がゆっくりと悪党共に迫る。
「誰だ? じじぃ?」
「武器も持たぬ者に虐げ、悦に浸るなど弱者がやることだ。つまり、貴様らは弱者。死んで当然の人間ということだ」
「ベラベラ、訳分かんねぇことを!」
スキンヘッドの悪党がナイフを片手に老人に突撃する。
ナイフを突き刺されるその瞬間。老人はまるで水を受け流すかのような滑らかな動きで攻撃を回避する。
「でかい図体の癖して!」
悪党は我武者羅にナイフを突き刺すが、刃先は老人に触れることはない。
全力で動いたおかげで僅か十数秒で息切れした悪党。
その隙に老人は悪党の腹部に岩をも砕く拳を叩き込む。
悪党は白目を剥き、口から大量の嘔吐物を吐き出しながら、その場で気を失う。
「な、何だこの化け物は!」
「全く、ガンテツ師匠に喧嘩売るとか命知らずね」
「ロウさんくらいだね。師匠の実力をわかったうえで戦おうとするのは」
「い、いつの間に背後っくっ!」
老人とは思えない程の強さを持つ男--ガンテツに畏怖する悪党。
ガンテツに気を取られている隙に悪党の背後を取ったガクとチカゲは恐ろしく速い手刀をお見舞いする。
村人達にイキリ散らかしていた悪党共はあっという間に無力化され、地面に倒れる。
「皆の者! 出てこい!」
騒ぎが落ち着いたところでまるで拡声器でも使用しているかのような大声を上げる。
ガンテツの合図と共に物陰からぞろぞろと藍衛流の門下生達が現れる。
そして、各自、悪党共を逃げないよう縛ったり、傷を負った村人の手当や家屋の鎮火作業。人々の避難誘導を行う。
「あ、あの……助けてくださり、ありがとうございます!」
頬に煤がついた集落の長らしき老婆がガンテツに深々と頭を下げ、感謝を伝える。
「お気になさらず。藍衛流という力を得た我々は人々を守るという当然の義務を果たしたまでです」
ガンテツは一度曇天の空を見る。
ロウが去って以降、ガンテツ達は修練所を放棄し、下山した。
藍衛流はどちらかといえば防御術よりの型だ。自ら攻めにいくものではない。
だが、修練場に転生者が襲ってきたあの時。勇敢に立ち向かったタウシェンと力を持ったロウを見て、ガンテツの考えが変わった。
例え、身を守る為の力でも力は力だ。力を持ちながら自分達の為だけにしか使わないのは違う。
あの二人のように藍衛流の力と鍛えた体を人助けに活用しようと決心し、ガンテツは数人の門下生と共に諸国を巡っていた。
その最中、この集落を襲う悪党を見かけ、制裁を下した。
「大丈夫? 痛くない?」
ガンテツが長と話して傍らではヒナタが膝を擦りむいた少女の手当を行ってた。
「うん。お姉ちゃんありがとう」
「どういたしまして」
少女の感謝の言葉にヒナタは優しい笑みで返す。
「ヒナタ。私達に手伝えることはある?」
ヒナタの背後から仕事を終えたチカゲとガクが現れる。
「それならこの子達を避難させてあげ……」
ヒナタが指示を出そうとした時。
大きな地響きと爆発音が集落にいる人々を襲う。
「おい! 向こうの山が噴火したぞ!!」
「皆の者! 今すぐここから避難しろ!」
ガンテツの叫びと共に足が動く村人達は一斉に逃げ出す。
門下生達は咄嗟に老人や子供達を背負い、走り出す。
「ヒナタ! その子は私が!」
「わかった!」
ヒナタは手当をしていた少女をチカゲに任せる。
チカゲ背に少女を背負い、他の村人達共に避難を開始する。
「……私達、助かるかな?」
背中から少女のか細い声が聞こえてくる。
鳴り止まない噴火の爆発音と空を覆う噴煙。
確かに終焉と向かっている世界を目の当たりにし、少女は絶望に打ちひしがれていた。
「助かるよ」
チカゲはポツリと呟く。
「でも、師匠よりも強いお兄さんが二人いたんだ。その二人は……きっと戦っている。だから、心配しないで。世界はきっと救われる」
チカゲは顔だけ後ろに向けるとニッと笑ってみせた。
♢ ♢ ♢
真っ白な大理石の壁と床に大きな部屋。
天井には色彩豊かなステンドグラスがつけられ、白く無機質部屋を彩っている。
そして、清潔感と神聖さを出す部屋を蔑ろにするかのように吊り下げられた無数の遺体。
ここで人を殺し、儀式部屋の先にある祭壇に生贄として捧げる準備を行う為の部屋。
そんな曰く付きの部屋で激しい戦闘が行われていた。
「いけ! ゴーレム達よ! 災厄の獣を潰せ!」
白衣を身にまとった金髪の老人、メジェラスは縦横無尽に部屋を跳び回る狼鬼を目で追いながら能力を発動する。
メジュラスの背後から岩で構成された黄土色のゴーレム三体が地中から現れる。
狼鬼の三倍程の大きさ――約六メートルを誇る巨大な兵隊は地ならしを起こしながら狼鬼に襲い掛かる。
成人男性と同等以上の大きさの拳を振り下ろす。
ゴーレムの攻撃を狼鬼は俊敏な動きであっさりと跳躍で回避する。
空振ったゴーレムの拳は地面に直撃し、クレーターを作り出す。
直撃を貰えば狼鬼とはいえど一瞬ではミンチになる。
とは言え、巨大故に鈍重な攻撃など狼鬼にとって驚異ではない。
だが、それは一体だけを相手にしている前提の話。三体同時に相手取るとなると話が変わる。
宙に跳んだ狼鬼をピンクに光る三つのモノアイが睨みつける。
そして、同時に三つの拳が狼鬼を中心に囲うように迫る。
「アヒャヒャ! 貴様の死は! 今、確定した!」
「……甘いな」
メジュラスが勝利を確信し、高笑いを上げる。しかし、その一瞬の隙が勝負を分けた。
狼鬼の左右の肩甲骨から一本ずつ、腕が生える。
元々の腕よりも一回り大きい腕はその分、パワーも高い。
左右同時に迫るゴーレムの拳を新しい腕で、正面からのは元々の腕二本で殴り返す。
すると、ゴーレムの拳は粉々に砕け、砕かれた岩が地面に落ちる。
狼鬼は尻尾を伸ばし、右側のゴーレムに引っ掛けるとアンカーのように引き寄せ、ゴーレムの上に乗る。
そして、ゴーレムの上を駆け、四本の腕で頭部を叩き壊す。頭部を破壊されたゴーレムは完全に機能を停止し、地面に倒れる。
倒れる瞬間に狼鬼はもう一体に跳び移り、同様に頭部を破壊。残った最後の一体も同様の動きで破壊する。
「ば、馬鹿な!? こんなことが……あって!」
最高戦力として期待していたゴーレム達がまるで小石を蹴り飛ばすかのように簡単に倒され、メジュラスは愕然とする。
その隙を狼鬼は見逃すはずもない。
狼鬼は一瞬でメジュラスに向かって跳ぶ。
迫る狼鬼を迎撃せんと、メジュラスは能力でゴーレムの欠片を集まめると右腕に纏わせ巨大な腕を作り出し、拳を振るう。
「ぶっ潰れろよぉぉぉ!」
狼鬼とメジュラスの拳がぶつかり合い、周囲の瓦礫を吹き飛ばし、壁にヒビを入れる程の衝撃波が起きる。
「クッ!」
メジュラスの腕は狼鬼が砕いたゴーレムの欠片で構成されている。
だが、ゴーレムの戦闘時とは異なり簡単に砕けず、パワーも段違いに高くなっており、狼鬼は徐々に圧されていく。
「エーテル様の望む世界の為に! 貴様は礎となれ!」
「そんなぁっ! 身勝手を!」
「エーテル様はこの世界を支配し、人々を導く存在だ! まず、手始めに世界を滅ぼし、残った人間で新しい世界を作る!」
「この世界には人が生きている! その人達の命を奪ってまで作る世界なんて! 俺は認めない!」
狼鬼は世界を放浪し、人々を見てきた。
小さな村でも懸命に行き、未来の宝を育む人々を。
奴隷という苦しむ子供を慈しみ、救おうとする人々を。
家や環境、トラウマを克服し、同じ過ちを繰り返さないよう己を鍛える人々を。
過酷な境遇に置かれて、這いつくばってでも未来に生きようとする人々を。
そんな人々を犠牲にし、築き上げた世界など狼鬼には一切の価値は見い出せなかった。
「エーテルの都合のいい世界など俺が壊す!」
「ならば、この世界が貴様のいた世界と同じ結末を辿ることになっても同じことが言えるか!」
「あぁ! 言える! この世界に人々が終わりを望むなら受け入れるしかない! 俺達、部外者がこの世界に干渉してはいけなかったんだよ!」
「ならば、貴様達と同類ならば!」
「あぁ! 咎は受けるさ! 全てを終わらした後にさ!」
狼鬼は最期を含めた全てを受け入れ、確固たる覚悟を決めていた。死のうとも砕けることない鋼の覚悟の前ではただの狂っただけの心はバタークッキーのように脆い。
狼鬼の芯の通った拳はメジュラスのハリボテの拳を粉々に砕く。
拳が砕けると同時にメジュラスの元の腕を破裂させ、血飛沫と肉片、骨が弾け飛ぶ。
「何!?」
「うおぉぉぉ!」
雄叫びを上げながら、空中で回転し、メジュラスに回し蹴りを浴びせる。
メジュラスは後方に激しく吹き飛び、壁に叩きつけられる。
壁をも崩壊させる衝撃でメジュラスの全身の骨が粉砕骨折し、動くことが不可能になる。
瓦礫と砂を被ったメジュラスはゆっくりと迫る狼鬼に畏敬の眼差を向ける。
「終わりだ」
狼鬼は鋭い爪をメジュラスの喉元に立てる。
「狼鬼! その力があれば世界を取れるだろうに! 勿体ないなぁ!」
「最後の言葉がそんなくだらない言い訳でいいのか?」
「いいや! だから、もっと言わせてもらう! 貴様でもエーテル様には勝てない! どうせ、貴様が俺を片手間に倒すようにエーテル様も貴様を簡単に葬るだろう!」
「そうやって戦意を削ぐつもりか?」
「私は事実を述べたまで! エーテル様は直に復活する! そうなれば結果は!」
悔し紛れの怨嗟を吐き出し続けるメジュラスに呆れ、狼鬼は喉元に爪を突き刺し、気道と声帯を潰す。
メジュラスは口から声の代わりに血を吐き出す。
「悪いな。俺は突き進む。引き返すつもりは一切ない。例え、死ぬことが確定しても戦うだけだ」
瀕死のメジュラスの首を掴み、持ち上げる。
相手は神だ。今までの転生者達とは違って苦戦するのは確実。
生きていられる保証もない。
それでも命をかけて戦わなければならない。
世界を救う為にも。
人々の生きる未来を紡ぐためにも。
「……あんたは世界を救う糧になってもらおうか」
そして、狼鬼はメジェラスの首筋に噛み付き、肉を食らった。




