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異世界放狼記 神ヲ喰ラウ獣  作者: 島下 遊姫
神を喰らう獣
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不屈

 リーンドイラの噴水広場は喧騒と悲鳴が広がっている。


「みんな! 早く避難しろ! 津波に飲み込まれるぞ!」


 人々は我先に言わんばかりに海から離れ、高台へと避難する。

 海から襲いかかるそれを見れば誰もが飲み込まれんと無我夢中で逃げるのも当然。

 段々と水平線を押し上げる黒く大きな津波。数百キロメートルと離れたリーンドイラの街からでも確認できる程の大きさと僅か一時間弱で到達せんとする速度は足が竦むほど恐ろしい。


「俺たちの町はどうなるんだ!」


「待って! 家には死んだ夫の遺品が!」


「奥さん、戻っちゃダメだ!」


 生まれ育った街が海にのまれようとしている。

 思い出と共に。

 その覆ることのない現実を受け入れて非難する者。待ちに縛られ、残ろうとする者がいた。


「いいから、逃げろ! 街よりもまず、自分の命を考えろ!」


 クルスは声を張り上げ、避難する人々の尻をさらに叩き、立ち止まる人々の背中を蹴り飛ばす。

 街は海の沈もうと崩れ落ちたとしても人さえいれば何度でも蘇る。

 だが、人の命は絶対に蘇らない。

 数か月前の予期せぬこととは言えロウが引き起こして一部の奴隷達の解放運動。

 街の半分は崩壊したものの住人が総出になって復興に着手したおかげで僅か一週間でほぼ元通りの姿に戻った。

 しかし、街は元に戻っても、あの時死んだ住人や奴隷達は当然戻ってこない。

 あの時、味わった喪失感や無力感は決して忘れないと誓った。

 だから、今回も誰も失わず、死なせない為に心を鬼……否、修羅となってできることをしている。


「クルス!」


「どうした?」


 避難誘導の最中、人の流れに逆らい、クルスの仲間の男が血相を変えて現れる。


「アルド地区の奴隷商と奴隷達が逃げ遅れている! 何やら奴隷の一人が瓦礫に足を挟まったらしい」


「何!?」


「さっきサイの爺さんから聞いたんだ! だが、正直今から助けに行っても間に合わないと思うが一応耳に入れておこうかと」


 アルド地区。

 この噴水広場から全速力で向かえば十分程で到着する距離。

 しかし、逃げ惑う人々に逆らって向かうとするなら倍以上の時間がかかる。

 その後に救助活動をして、奴隷達を運びながら避難すると到底間に合うとは思えない。

 だが、アルド地区の奴隷商達は奴隷を売る立場でありながら、クルスの奴隷解放運動の援助してくれている。

 見捨てることが賢い選択、恩を仇で返すなどという仁義に反したことなど率先してできない。

 ならば取るべき行動は一つ。


「……いや。お前はここでみんなの避難の案内を! そして、頃合いを見てお前も逃げろ!」


「お前はどうするんだ!? まさか!」


「奴隷達を助けに行く!」


「馬鹿野郎! 今から行ったって間に合わない!」


 男は引き留めようとクルスの肩を掴む。

 クルスは思い切り、手を振り払う。


「そうだ。諦めたらそうさ。だが、行動すれば変わるかもしれない! 俺達が奴隷解放を口だけでなくこの手で変えようと思ったあの時みたいに!」


 進まなければ前には進めないように何か行動をしなければ何も変わらない。

 ロウがあの時行動したのと同じように。

 クルスは憎んでいる。街に悲劇をもたらし、間接的に命を奪ったロウを殺してやりたいと思っている。

 だが、ロウが行動する以前に積極的にクルスが奴隷解放の為に行動していれば。世界に立ち向かおうとしていれば。あんな惨劇が起こらなかったかもしれないと激しく後悔している。

 だから、クルスは動く。後悔しない為にも。

 命を救う為にも命を懸けて、人々を救う。


♢ ♢ ♢

 

 神殿を支える巨大な柱が並ぶ大広間。窓もなく、分厚い天井の大広間に日の光は一切入らず、壁には多数の灯が仄かに内部を照らしている。

 その大広間を忙しなく動き回っている男がいた。

 迷彩柄の軍服のような服装とアフロヘアーのいかつい風貌のボルトは酷く焦っていた。

 エーテル最大の障壁であるロウが野望を阻止せんとこの神殿に現れた。

 門番であるネルコとアマリを軽くなぎ倒し、こちらに向かっている。


「こんな時に……いや、こんな時だからこそか!」


 もう少しでエーテルが復活するという状況で最低最悪の障害が現れた。

 一刻も早く処理、もしくは復活までの時間を稼ぐ必要がある。

 今はエーテルを狂信する信者達にロウを探し出させているがとにかく早急に手を打たねばならない。


「いいや! ワシなら勝てる! ワシの力であれば!」


 ボルトが自身を鼓舞した時、信者達の悲鳴が廊下から響いてきた。

 身の毛がよだつ恐怖がボルトを襲う。

 怖い。だが、エーテルの傀儡であるボルトはエーテルの為ならば死んでも尽くさなければならない。

 逃げるなどエーテルを裏切るような真似を見せるものならその場で神の鉄槌を下され、永遠の地獄を彷徨うことになる。

 逃げるも負けるにしても死ぬ。ならば、ロウを殺して命をどちらにしても、


「な、何!?」


 キースは眼下に広がる惨状を見て、唖然とする。

 廊下には大量の信者達が転がっていた。だが、床には血の一滴も流れておらず、信者達も目立った外傷はない。

 首元に手を当て、脈を確認する。問題なく脈は動いている。

 愚かだと高笑いをする。


「普通の人間は殺さないとは。馬鹿にしているのか?」


 ボルトはロウの能力を知っている。

 もし、ボルトがロウの能力を持っていたのであれば例え普通の人間であろうと敵であれば食っていた。

 だが、ロウは何故か信者を食わず、放置している。

 もう食わなくても勝てると慢心しているのか。もしそうであれば慢心した人間ほど脆く、弱いものはない。勝てる見込みが生まれたことでボルトに希望が生まれる。


「無用な殺生はしないだけだ」


 しかい、その希望がまやかしであることに気づくことはない。

 浮かれるボルトの背後から恐ろしい声が聞こえる。

 恐る恐る、振り返るとそこには暗闇の中、緑色の瞳を光らす保谷ロウがいた。


「来たか……保谷ロウ!」


 振り向いた瞬間、ボルトは間髪入れずに能力を発動する。

 不意打ち、初見殺しといった卑怯な手段など上等。

 敵に情けなどいらない。ただ、殺すだけでいい。


「雷撃を喰らえ!」


 肉が焼き焦げたような炭の臭いが鼻につく。

 炭になったロウは口から大量の血を吐き出す。

 雷に匹敵する電撃をまともに食らって兵器でいられる生物などこの世に存在しない。

 ボルトの予想通り、いくらロウとは言え、電撃は効果覿面。一瞬で皮膚が焼けただれ、内臓が激しく損傷し、深刻なダメージを負う。

 ダメージを負っているはずだった。


「流石に……効いた」


 ロウの声は雷撃で焼けた影響で酷くかすれ、明らかに覇気がない。

 腕はだらりと垂れ、脚は生まれたての小鹿のように震えている。

 普通の人間ならば一瞬の内に息絶えて倒れる。

 しかし、倒れる素振りは全くなく、ロウはしっかりと地に足のついて立っている。

 その狼のような鋭い目には生気と戦意、そして殺意は焦げることなく今だ燃えている。

 どんな死の淵に立たされようと倒れることない規格外の生命力を目の当たりにし、正真正銘の化け物だとボルトは畏怖する。


「そ、そうか! ならば、息絶えるまでワシの電撃を!」


 恐怖に踊らされたボルトは闇雲に雷撃を放とうとする。

 その瞬間だ。ロウの焼き焦げた黒い皮膚が垢となって床にボロボロと落ちていく。

 古い皮膚に下に見えるは赤と黒のツートンカラーの生態鎧。

 全ての皮膚が剥がれ落ちた時、ロウの――狼鬼の新たな姿が露わになる。

 赤と黒のツートンに染まった生態鎧はどこか不気味さと禍々しさを醸し出す。だが、手首と足首、各関節部に新しく加わった金色の装飾は全体像に反し、僅かながら神聖さを感じさせる。


「そう……上手くいくか?」


「馬鹿にしてぇ!」


 狼鬼の挑発に乗せられたボルトは散々溜めていた雷撃を放つ。

 しかし、雷撃を放った瞬間には狼鬼は射線上にも着弾地点から姿を消し、回避していた。


「嘘……だろ!?」


 ボルトの放つ雷撃は秒速約二百キロメートルの速さ。それも僅か数十メートル程度しか離れていないことに加えて、二人分ほどの幅しかない狭い廊下。

 そんな悪条件で気づけない程かつ雷撃よりも速いスピードで回避など生物にできるわけがない。


「嘘ではない」


 狼鬼の声が聞こえた時にはボルトの死は確定した。

 想像を絶する激痛を認知すると同時にボルトの腹部から狼鬼の手が貫かれる。貫通した腹部の穴から内臓と赤い鮮血が零れ落ちる。


「あんたの電撃で俺の筋肉が刺激されたらしい。その影響で体が速く動けるようになった」


「ワシは……お前の手助けを……」


「そうだ。そして、これからお前を食う。後はわかるな?」


「お前の……踏み台になる為に……ワシは……」


 ボルトは深く絶望した。

 折角の二度目の人生を、特異な能力を手に入れたうえで歩めると思った矢先にロウによって全てを利用された挙句に殺される。

 こんな無様な最期があるものかとボルトは涙を流す。

 そんな姿を見ても、ロウは一切同情しない。

 力を持っているというだけで他人を見下し、殺してきたボルトには当然であり、因果応報の結末だ。


「そうだ。あんたは転生するべきじゃなかった」


 非情な一言を吐き、ロウは残った手でボルトの頭部を握り潰した。

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