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異世界放狼記 神ヲ喰ラウ獣  作者: 島下 遊姫
神を喰らう獣
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救世

 分厚い曇天の空が太陽を覆い隠し、世界を闇に包みこみ。

 大木すらも吹き飛ばす強風が吹き荒れ、大地を沈めるほどの豪雨が降り注ぐ。

 豪雨で沼のようにぬかるんだ地面では草は朽ち、木は根元が折れる。

 そんな世紀末のような環境でかつてエマが住んでいた村の村長はカルヴェーラによって殺された者達を弔った石碑の前で祈りを捧げていた。

 周囲には誰もいない。

 豪雨によって村が浸水と地滑りでのみ込まれる危険性があることから村人の殆どが非難していた。

 しかし、村長は長として村とこの地で亡くなった者達と運命を共にすることを選んだ。


「神よ。おられるのであればどうか……世界をお救いください」 


「おじいちゃん。早く、避難しようよ」


「チマ!? 何故ここにいる!?」


「だっておじいちゃんが逃げないから」


 背後から村人達と共に避難したはずのエマの妹のチマが来たことに村長は驚愕する。


「わしはいい。ここでエマ達と共に逝く」


「大丈夫だよ。きっと」


「何を根拠に……」


「狼のお兄ちゃんが助けてくれるよ」


 チマは絶望することなくある一つの希望を持っていた。

 村長はまたあの男の話かと溜息を吐く。


「あの男はエマを救えなかったぞ」


「でも、村と私達を救ってくれた」


 ロウは村を救ってくれた英雄だ。それは絶対に変わることのない事実。

 だが、村は救われても愛する人や子供を救われなかった者達は少なからずいた。

 村長もその一人だ。


「どうしてと思わないのか? あの男がいながら、エマは犠牲になったのか……」


「だって、お姉ちゃんは犠牲になってでも私達を助けることを選んだから」


「わかっている! わかっている! 村を救ってくれたことには感謝している。だが、それとエマの犠牲は別だ! 何もできなかったわしにあの男を責める理由などない。……だが!」


 村や他の子供たちを救ってくれたのなら、どうして一緒に救ってくれなかったのか。

 エマを犠牲にせずとも救う手段はなかったのか。

 もしもの事を考えてしまうと必ずしもロウに感謝することができなかった。

 大事な孫を失い、その喪失感と後悔は想像以上に深いものだった。

 もし、あの時エマを引き留めていれば今頃、自分の手を無理矢理引いて、一緒に避難していただろう。

 チマのように死に目とエマの覚悟を目の当たりにしていれば、心待ちは全く異なっていただろう。


「お姉ちゃんは生きてるよ」


 チマは村長の隣に座り、石碑をじっと見つめる。


「あのお兄ちゃんと一緒に戦っているから。だから、信じよう」


 ロウが村が去るあの時。チマは見た。

 ロウの中で確かに生きているエマの姿を。

 一人で戦っているわけではない。

 誰かの思いと意志を背負って戦うロウは絶対に負けない。


♢ ♢ ♢


 世界が災厄に見舞われ、混沌に包まれる。

 世界の最果てにある険しい岩山の頂上に建つ、何本もの柱に囲まれた神殿。

 神殿の建つ岩山の麓にある村では地割れが起き、数人の人々が先の見えない奈落の底に落ちている。

 村の数km先では竜巻が発生。大木や瓦礫に混じった家畜動物や人間が巻き込まれている。

 混乱によって人為的に引き起こされた火事によって人々が火達磨になっていたりとまさに地獄絵図ような光景が広がっていた。


「なんか、すげぇことになってるやんか」


 神殿の前ではピンクのツインテールが特徴のギャルのネルコは激しく髪を揺らしながら面白可笑しく眺める


「そうだねぇ~」


 その隣では緑髪にグラマラスなスタイルの眼鏡娘で糸目のアマリが適当に相槌を打っている。


「世界か終る瞬間を見れるなんてあたいらツイているわよ!」


「そうだねぇ~」


「本当に驚いてる?」


「驚いてるよ〜」


「驚いてないでしょ!」


 今から世界が終わるというのに二人は緊張感のない会話を続ける。

 それもそのはず。二人は転生者であり、世界が終わっても生き残れることをエーテルに約束されている。

 それに他の転生者と同様に人の死を娯楽として考え、破滅願望のある彼女達にとって世界の終わりというのは最上の娯楽なのだ。


「しかし、こんな時でも門番なんてやりたくないわ。どうせ、誰も来ないわよね」


「そうだね……いや、ネルコ、警戒して」


「……はいよ」


 突然、アマリの雰囲気が一変する。

 ゆったりとした空気が一気に張り詰め、呼吸することも厳しくなる。

 長い間、バディを組み、アマリの全てを理解しているネルコは冗談を言うことなく一気に戦闘態勢に入る。

 

「敵はどこから来る?」


「……正面から」


「そう。捻りもなく、正面からね」


 アマリは瞼の裏に映る映像を見る。

 ネルコは麓から神殿まで続く一本の道を注目する。


「あれね」


 すると、前方から安っぽい麻のマントで全身を包んだ人間がゆっくりと神殿に迫ってくる。

 ネルコとアマリは思わず息を飲み、自然と脚が震える。

 人間の表情は全く見えない。だが、明らかに二人に殺意を向けていたは感じた。

 荒れ狂う風の音も、大地を震わす振動も聞こえなくなる。

 体温も記憶も全く感じられなくなる。

 全ての感覚か奪われ、支配される。


「何よ……あれ……」


「やばい……ね」


 マントに身を包んだ人間の殺気と圧は今までこの神殿を訪ねてきた者達と比べ物にならないほど重く、鋭い。

 まるで凶暴な肉食獣に狙いを定められたような

 気を抜いたら死ぬ。

 本能がそう警鐘を鳴らした。


「ちょっとそこのあんた! 止まりんさい!」


 ネルコは念の為マントの人間に止まるよう忠告する。

 だが、人間は歩みを止まる気配が一切ない。

 とてつもない殺気を出していながら、敵の言うことを素直に聞くはずがない。

 わかりきっていたことだとネルコは覚悟を決める。


「止まらないなら……殺す!」


 目には目を。歯には歯を。

 殺意には殺意を。


「アマリ……未来は?」


「うん。見えてる。あの人間は見えない。跡形もなく


 自信満々なアマリの言葉にそれならとネルコは両腕を横に大きく広げる。

 そして、


「消滅なさい!」


 パァンと力強く手を叩く。

 乾いた音が鋭く反響する。

 音がマントの人間の耳に入った瞬間。

 マントの人間の体がまるで胃の中に隠されていた爆弾が爆発したかのように弾け飛ぶ。

 ネルコの能力である音撃の効果であった。

 鳴らした音によって破裂や斬撃などを攻撃を行うことができる音撃。射程範囲は放った環境によって左右されるという不安定さこそあれど音が聞こえれば攻撃成立するというわざわざ接近するリスクを負わず、広範囲かつ防御不能という隙のない強力な攻撃が可能となる。

 ネルコの圧倒的射程範囲サポートするのがアマリの未来視だ。

 瞼の裏に映るこれから起きるであろう可能性だけの未来を目で見て、それが最善ならばそのまま。少しでも不都合があればアマリが介入することで変化させる。

 音撃の攻撃は柔軟であり、未来視とはかなり相性がいい。

 だから、この二人はコンビを組んで門番として神殿を守っている。


「ふぅん。呆気なかったわね」


「そうだね」


 鋭い殺意の割にも呆気なく片付けられたことに拍子抜けする二人。

 腑に落ちないと思いながらも未来通り跡形もなく消滅させようとネルコはもう一度、手を叩こうとした。


「ネルコ! 危ない!」


「え?」


 二人がマントの男の変化に気づいた時には事は全て終わりに向かっていた。

 弾け飛んだはずの体は既に完全回復していた。

 そして、五体満足の体を全てを使い、マントの男は大地を力強く蹴り、ネルコに飛びかかる。

 急いでネルコは手を叩こうとするも残念ながらマントの男の方がたった一手速かった。

 ネルコとマントの人間が擦れ違ったその刹那だ。


「アギャッ!」


 ネルコの首がバネに弾かれたように跳び、頭が宙に舞う。

 首から赤い噴水が勢いよく吹き出る。

 アマリの未来視は間違いではなかった。ただ、判断を誤った。

 マントの男は消滅したのではなく、消滅したかのように素早く動いていただけだった。


「お、お前は!」


 神速とも言える動きによってフードが外れ、男の正体が暴かれる。


「やはり、あなたか! 保谷ロウ!」


 アマリは閉じていた瞼を開ける。

 青色の瞳には首無しとなった相棒とその隣には同業者である転生者を殺し廻った鬼--保谷ロウが映っていた。


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