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 日は落ち、世界は夜に包まれた。

 今まで、この場所は夜でも街灯があるおかげで明るかった。

 しかし、光の死と共に楽園は消滅した。今、この場所を照らすのは月明かりのみだ。

 何もない。ここに壮大な国があったとは思えないほど何もなかった。

 楽園を囲っていた高い壁も遊園地のアトラクション、建造物全てが砂となって崩れ落ちた。

 まるで楽園なんて元からなかった。或いは幻だったかと疑ってしまうほど、光景は一変した。


「楽園が……無くなった」


「私達は……どうすればいいの!? どう生きればいいの!?」


 大人達は地面に膝を付き、途方に暮れていた。

 ヴェルノアーガの魔の手から逃れ、生き延びているにも関わらず、誰も生き延びたことを素直に喜んでいない。

 彼らにとって救いを求めてようやく辿り着いた楽園が消滅した。

 これから幸福のみを味わえるかと思った矢先だ。

 楽園での幸福など刹那的なものでしかなく、ほんの数週間の後に薬物漬けになって、もがき苦しんで死ぬ。

 だな、薬物漬けになって、ゴミのような死に方をしてでも楽園に残こること選択する人間も少なからずいただろう。

 彼らにとってこの世界に居場所はな、もしくは生き地獄だと思っている。

 居場所がないなら死ぬしかない。辛い現実をわざわざ苦しい思いをしてまで生きたくない。そこまで追い込まれた人間がここにいる。

 そんな大人達を見てもロウは何も声をかけることができない。

 初めから理解していた。

 光を殺せば生き場を失う人間が生まれることくらいは。

 誰かの幸福を奪うことになる。それを承知で光を殺した。

 ロウは世界を救うことはできても、個人の心、人生を救えるわけではない。


「僕は……生きたい!」


 これからの暗雲立ち込める未来に悲観する大人達とは真逆にある一人の子供が立ち上がる。

 彼は妹を守る為に敢然と触手に立ち向かった兄であった。


「君さ。お父さんとお母さんはどこだい? それらしき人は見えないけれど?」


 眼鏡の男性が呆れたような笑みを浮かべて、少年の肩を叩く。


「パパもママも……死んだ。だけど……死にたくないから! 僕は生きたい!」


「何もわかってない! どう生きるつもりだよ! 子供だけで! 俺達負け組がさ!」


 大人の吐いた辛い現実に少年はすぐに答えることはできない。

 少年は純粋だった。

 きっと世界の過酷さなど殆ど知らない。生きることが難しいことも知らない。

 誰もが親のように助けてくれるとは限らない。寧ろ、親以外の大人は足手まといになるからと子供を切り捨て、踏み台にする。

 人は追い込まれるほど残酷になる。その事実を知っているからこそ大人達は少年を止めるのだ。


「そうかもしれない……」


 少年も大人達のように世界に絶望しかける。

 しかし、背後に泣く妹を見て、再び立ち上がる。


「わからないよ! でも……死ぬのが怖いから! 妹に……死んでほしくないから! 僕達は……行くよ!」


 死ぬのが怖い。

 妹に死んで欲しくない。

 ロウは少年の姿が過去の自分を見ているようで懐かしく思えた。


「行くって!? どこに!? 行き場なんてどこにもないんだぞ!」


「そうよ! だったら……ここで!」


「いいじゃないか。それだけで」


 少年の覚悟を大人達は挙って折ろうとする中、ロウだけはその覚悟を肯定し、少年の元に歩く。

 腰を落とし、少年と目線を合わせる。

 少年の瞳はまだ幼く、不安が映っているがその奥には確かな覚悟の火が見えた。


「君は好きなようにすればいい。誰にだって生きる権利はあるんだから。だかは言っておく。生きることは……簡単なことじゃない。妹を守るために……罪を犯せるか? 人の命を奪えるか?」


「妹を守る為に……」


 少年は迷いを見せる。

 当選だ。子供に人を殺す覚悟なんてあるわけがない。

 あってはいけない。

 その覚悟を持たなくてはいけなかった世界とロウが間違っていたのだから。

 だが、少なくともそれに負けず劣らずの確固たる覚悟がなければこの兄妹は生きてはいけない。


「僕は……」


 空が段々と白んできては、少年の表情か鮮明になっていく。

 少年は瞳を震わせながら、それでも懸命に真っ直ぐロウの瞳を見つめる。

 覚悟と迷いは半々と言ったところだ。

 それで十分だ。


「人を殺ないことに越したことはない。でも、万が一時は自分の手と魂を汚す覚悟はしておいた方がいい」


 少年には自分と同じような悪人になって欲しくない。

 だが、生きる為なら悪人に堕ちなければならない時もある。

 正しく生きては欲しいと願いとどんなことをしてでも生きて欲しいという矛盾した思いを胸に少年に助言を送る。

 少年の額から汗が流れる。ロウのせいで生半可な気持ちでは生きてはいけないことを知らされた。

 課せられた重圧と責任に押し潰されそうになりながらも、少年は再び最愛の妹を見て、決意する。


「わかりました。覚悟は……します!」


 地平線から太陽が現れ、世界を暖かな光で包みこむ。

 少年はキリッとしま表情で覚悟を伝える。

 ロウは「そうか」と呟くと、今だに立ち上がろうとしない不甲斐ない大人達を目をやる。


「俺は別に説教できる立場じゃない。だけど、言わせてもらう。子供が立っているって言うのに、大人がいつまで座り込んでいる」


「あなたに……何がわかる!」


「わからないさ! でも、大人だからって現実と経験を盾に諦めるのは関心しないだけさ」


 誰にだって辛い過去や現実がある。逃げ出しくなる理由もわかる。

 だが、ずっと逃げられるわけでも見て見ぬふりも続けられるわけもない。

 いつかは困難に立ち向かい、壁を超えなければならない。

 それは力と知識、経験を持つ大人にしかできないこと。

 子供と大人の狭間で常に困難に遭い、苦しんできたロウにとってその特権を自ら捨て、それどころか言い訳にして逃げ続ける大人達が情けなく見えた。


「子供の癖に……!」


「わかっているに決まっているだろうが!」


 殆どの大人達がロウを批判する中、眼鏡の男が大声を出し、地面を殴る。


「わかっている! このままじゃ、駄目だってことくらいは!」


 そして、眼鏡の男はゆっくりと立ち上がっては兄妹を指差す。


「言う通りだ。子供が前に進もうとしているのに大人が悩んでどうする。俺達は……大人は子供を導く存在だろ?」


 先程まで少年を現実をつけつけたかっこ悪い大人とは思えない台詞を吐く男。

 男の言葉に動かされ、他の大人達もゆっくりと立ち上がる。


「取り敢えず、歩こうか」


「そうだな。どうにかなる……って考えたい」


 まだまだ、不安は拭いきれない。

 それでも、座り込んだままでは何も変わらないと大人達は下ではなく、しっかりと前を向く。


「どういう風の吹き回しだ?」


「お前達、子供のせいだよ」


「……そうか」


 眼鏡の男はロウに頭を下げる。

 そして、太陽が昇る東に向かって歩き出す。

 他の大人達も兄妹も男に続いて歩き出す。

 彼らの進む先に町があるかどうかはわからない。

 だが、生きる為には前に進むしかない。

 これからの道は彼ら自身で切り開かなければならない。


「……俺も行くか」


 新たな道を進む彼らの背中を見送るとロウは振り返り、反対の光のない道を行こうとする。

 その前に周囲にある美しい景色をぐるりと見回す。

 楽園が崩壊した中でただ一つ残っていたものがある。

 城の周辺に植えられていた美しい花畑だ。

 花だけは砂になることなく、確かにこの地に根付いていた。


「……光。待っていてくれ。全てが終わったら……お前の傍に行くからな!」


 ロウと新たなる覚悟を決め、歩みを進める。

 太陽の光に照らされた花々はまるでこの地で亡くなった者達を慎むかのように鮮やかに咲き誇っている。

    異世界放狼記 神ヲ喰ラウ獣


世界を滅ぼす邪神エーテルが完全降臨。

噴火と地震で大地は裂け、日照りが大地を涸らし、豪雨が大地を鎮める。

竜巻が人々を吹き飛ばし、吹雪を人々を凍らせる。

命を、世界を支配せんと災厄を引き起こし、暴虐の限り尽くすエーテル。

人々を混沌の渦にのみ込まれる中、ロウは持てる力を振り絞り、神を討たんと牙を向く。


「世界を滅ぼすお前は!」


「我の邪魔をするお前は!」


     「「ここで殺す!」」




        異世界放狼記 



      〈last episode〉




       「神を喰らう獣」




        

        世界に抗え、希望となれ。ロウ

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