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修羅

 楽園に大きな地鳴りが響く。

 まるで平和という礎が崩れ落ちるかのように。


「じ、地震か!?」


 人々は突然に揺れに驚き、怯える。

 揺れと言っても建物が倒壊する程の強いものでもなく、それほど長く続くものでもなかった。

 揺れが収まり、安堵の息を漏らす。

 だが、突如として現れたその物体に人々は目を疑う。


「あれは……?」


 楽園のランドマークだった城は崩壊し、変わりに巨大な花の蕾のような物がそびえ立っていた。

 美しくもどこかおぞましさを感じる血のような赤色の蕾。

 茎というよりその体は何本もの触手が絡み合っている。

 蕾が開き、花となる。

 開花という感動の場面であるはずが、誰も感嘆の声など上げることはない。

 その異様な光景に言葉を失うのみ。


「ひ、人!?」


「花に人が……生えている!?」


 アネモネのような花の中心には一人の少女がいた。

 全身を蝋のようなもので固められ白く染まっている。

 腕を胸の前にクロスするように固められ、瞳は潰され、代わりに蝸牛のような触覚が左右の目から一本ずつ生えている。

 口には丸い卵のようなものが咥えられており、その丸い物体からも触手が何本も生えている。

 まるで魔女裁判にかけられた或いは拷問を受ける罪人のようであった。

 そんなおぞましい光景に目を奪われる人々をまるで見世物ではないと言わんばかりに異形が襲う。


「なんだ?」


 人々の周りに触手が生える。

 植物とは思えない自由にかつ機敏な動き。先端にはタコのような牙の生えた口。

 そして、触手は人間を見つけると戸惑うことなく襲いかかり、大きな口で丸呑みにする。

 触手の口から飲み込みきれなかった肉や皮、血が溢れ、地面に落ちる。

 バリボリと骨が砕かれる音とグチャグチャと肉を擦り潰す音が最悪なユニゾンとなり、人々を恐怖の渦に落とす。


「い、いやぁぁぁぁ!」


 絶対に幸せになれる楽園でとてつもない恐怖に襲われる。

 それもただ死ぬのではなく、得体の知れない触手に食われて死ぬ。

 まさに崖から突き落とされるような心持ちだろう。

 人々は絶叫しながら逃げ惑う。

 しかし、触手達の知能と反応は想像以上であった。

 全速力で逃げる人の足を引っ掛けるように横から生える。

 人々は顔面から盛大に転け、その隙に触手が転んだ人々を貪り食う。

 また、逃げる人々の足元ピンポイントに現れ、下から丸呑み。

 捕獲した人間の左右に触手が噛みつき、半分に割いたりと最早表向きですら楽園など呼べない、地獄そのものであった。


「やだぁ! 来るな!」


 触手の魔の手は子供だろうと容赦しない。

 壁際まで追い詰めた二人の兄妹に何十本もの触手がジリジリと迫る。

 頭を抱え、小さく丸まって震える妹を守らんと兄が前に立ち、木の棒を我武者羅に振る。

 しかし、触手は子供の抵抗に一層動じることなくゆっくりと迫る。


「俺は……守るんだ! 妹は……妹だけは!」


 兄は膝を激しく震わせ、股間からアンモニウム臭のする液体を漏らす。それでも一歩も退くことなく、人食い触手に立ち向かう。

 大事な家族を守る為に命をかけるその姿を小さき勇者と言っても過言ではない。

 恐怖を前にしても勇気を失わない者にこそ救いは訪れる。


「え?」


 兄が一瞬、瞬きをしたその僅かな時間で触手は横一線に切断され、地面に落ちる。

 切断された触手は執念深く、蛇のように這って兄妹に迫る。

 だが、切断した張本人であろう黒き異形は触手を踏み潰す。


「……大丈夫カ?」


 黒き異形−−狼鬼はゆっくりと振り返り、たどたどしい言葉を兄妹にかける。

 兄は震えた。

 目の前にいるのは体長四メートルを超えた巨体の異形。

 人ように二本の脚で立っているがその顔は狼と悪魔を足して割ったような恐ろしいもの。

 鬼のような鋭い目。

 刃をつけた鎧を身に着けたような体に血のような赤い体。

 異様に発達した腕と脚はただでさえ巨体な胴体とはアンバランスで歪さを感じる。

 そして、蛇腹剣のように刃がつき、よくしなる尻尾。

 それはとても凄まじい恐怖であった。襲われれば触手以上に生存は絶望的だ。

 しかし、狼鬼は兄妹を助けた。

 助かったこと一瞬の内に触手を殺した狼鬼に希望を見出し、喜びのあまり震えた。


「あ、ありがとうございます!」


 兄は深々と頭を下げ、妹の腕を引っ張り、安何処かにあるであろう全な場所へと逃げ出した。

 逃げる兄妹を見送ると狼鬼は巨大な花と化したヴェルノアーガを睨む。

 奴を殺さなくてはならない。それだけは理解していた。

 大量の人間を食ったおかげで力が暴走しかけ、理性も薄くなっているがまだ狼鬼の心は人であった。


「ヒカリ……!」


 狼鬼は雄叫びを上げる。

 その雄叫びに反応し、触手達は人間達の捕食を止め、一斉に狼鬼に注目する。

 本能が狼鬼を最大の障害として認識したのだ。

 そして、触手達は牙を向き、狼鬼に襲いかかる。

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