結末
光が目を覚ますとそこは寂れた廃工場の倉庫であった。
周囲には光と同様、服を奪われ素肌を晒した少女達が寒さと恐怖で小刻みに震えていた。
「うひょう。いい女が集まっているじゃねぇか」
錆びついた扉を開けて、屈強な肉体の男の集団が奇妙な笑みを浮かべながら倉庫へと入ってくる。
男達の股間はテントが張ってある。
「へっへっ。俺はこいつにしよう」
男の一人が胸の大きな少女の腕をを掴む。
これから身に降りかかる絶望を察し、少女は必死に降り解こうと抵抗性する。
しかし、屈強な男相手に十分栄養も取れていない少女では太刀打ちできるはずがない。
「煩わしい」と男は少女の腹を拳で殴り、黙らせる。
口から涎を吐き、まるで糸の切れた操り人形のように四肢をだらんと垂らせ、少女は意識を失う。
少女達は絶望した。自分達は二度と助からない。男達の慰み物になって人として扱われることなく死ぬと。
「い、いやぁぁぁ!」
光は激しく取り乱し、赤子のように泣き叫ぶ。頭を左右に激しく振り、硬い地面にのたうち回る。
叫びは狭く、反響するこの空間では鼓膜が破れるかと思う程、騒がしい。
下劣な男達とあの時のいじめっ子達の姿が重なり、トラウマが再発したのだ。
嫌だ。犯されたくない。拒絶の意思だけが光を突き動かした。
「うるせぇ! 耳が聞こえなくなる!」
「だが、あんなに怯えられると逆にそそりますよ」
「え……? お前、マジかよ」
誰もが騒がしい光から離れる中、眼鏡をかけた男だけはスキップをしながら、光に迫る。
そして、グッと顔を近づけ、光の涙と恐怖で崩れた顔をまじまじと見つめる。
「うん。いい。私はこの娘にするよ」
眼鏡の男はまるで今世紀最大の宝を発見したかのように満面の笑みを浮かべると光の髪を掴む。
そして、そのまま引きづって倉庫から出る。
硬く、ところどころに瓦礫が落ちている廊下を引きづられ、光の下半身の皮膚は破れる。途中から血の道標ができる。
痛いと泣き叫んでも男は歩みを止めない。それどころか早める始末。
地獄のような苦しみを味わっている光だが、この苦しみが序の口だと言うことをまだ知らない。
引きづられた光はベッドのある部屋に連れていかれる。
その部屋に医務室のようで医療ドラマで見るような灯や薬品の置かれた棚、所々、赤黒く汚れた机の上には赤く錆びついたメスやハサミが散らかっている。
医務室には既に四人ほど、男が滞在していた。
「さて、この方を手術台に」
眼鏡の男の指示を受け男達は光を持ち上げ、手術台の上に寝かせる。
そして、大の字体制に変えさせると四肢を拘束具で繋ぎ止める。
逃げようともがくもただ無機質に金属音が響くだけ。
「やだぁっ! 助けて!! お兄ちゃん!!」
あの時も兄は襲われる寸前で助けてくれた。
だから今回も助けてくれる。
あの完璧でヒーローな兄なら絶対と。
無論、そんなことはないが。
「うんうん。最後まで希望を信じるその姿。いいですね」
光の悲痛の叫びを聞き、眼鏡の男は悦に浸る。
眼鏡の男は鼻歌を交えながら棚から薬を取り出し、注射器へと注入する。
「ですが! その希望がどん底まで落ちるその姿が一番美しいい!!」
悪魔のような笑みを浮かべながら眼鏡の男は光の細い腕に注射を行う。
光の絶叫は医務室に留まらず、廃工場全体に響き渡る。
注射を打たれた光の意識は朦朧とする。どちらが上か下かもわからず、フワフワと浮いた感じになり、心なしか体が熱く感じる。
ただ、これから襲われることははっきりと認識しており到底気持ちよくなどなく、寧ろ吐き気を催すほどの不快感と絶望しかなかった。
混濁する意識の中、光を世界を憎んだ。
どうしてこんな酷い目に遭わなくてはならないのか。
好きで劣っているわけでもない。それなのにいわれのない虐めや虐待を受ける。
確かに親を殺したものの、光のことは愛してもくれず、それどころか見捨てようとした。だから、仕方なく殺した。
救われたいとは思っていない。だが、せめて最期くらいは満足の行く死に方を選びたかったが、それすらも叶わず、下劣な男達に犯されて死ぬ。
生きていることを後悔した。
こんな最期を迎えるくらいなら死にたいと思った時に死ねば良かった激しく後悔した。
だが、時既に遅し。
首に酷い圧迫を感じる。気道を塞がれ、体に酸素が巡らなくなる。
脳に酸素が行き渡らず、薬の効果も相まって意識が遠のいていく。
そんな中で股間に最悪な異物感を味わい……。
◇◇◇
「もういい……」
映像が全て途切れ、世界は暗転する。
ロウの精神はぼろ雑巾のようにくたびれていた。
光が今まで苦しんできた出来事と幸せとは程遠い人生を追体験してきたのだから無理はない。
「わかったでしょ? これが私の人生なの」
光は愕然とするロウの前に現れる。
「……ごめん。俺のせいで……俺のせいで……!」
「何で謝るの? お兄ちゃんは悪くない! お兄ちゃんは私の傍にいてくれた! 感謝しているの!」
「でも……父さんと母さんのこと、何も知らなかった。イジメられていたことだって!」
「それは私が言わなかったから。悪いのは世界。私を理不尽に苦しめた世界が悪いの」
ロウは激しい後悔に苛まれていた。
両親の様子に気づいていれば光も両親の三人を救えたかもしれない。
イジメも自分が割って入れば少しは改善できていたのかもしれない。
所詮は可能性だけの話。それでも最悪の結末が変わっていたとなれば悔やまずにはいられない。
だが、光にとってロウは何も悪くはない。寧ろ、兄としての役割以上のことをしてくれただけで十分だった。
「私は世界を憎みながら死んだ。その後よ。エーテル様に転生させてもらって力を手に入れたの。そして、私は決意した。この力で皆が幸せになれる世界を作るって」
「それが……楽園」
「うん。私のように生きることが辛い人が幸せな最期を迎えられ為の世界。生きて地獄を味わうなら、死んで楽になった方が幸せだから」
生きること必ずしも幸せではない。
死こそか救いであると思う人間も残念ながら少なくない。
いや、核戦争後の世界なら死も正しい一つの選択肢だった。
光はその正義に従っているだけ。
「昔のお兄ちゃんなら否定した。でも、今なら肯定しくれる。でしょ?」
光はロウに死が救いであることを知ってほしかった。
だから、わざわざトラウマを抉ってまで自分の過去を見せた。
「……あぁ。わかったさ。俺は如何に恵まれていて、幸せ者だったか」
ロウは光はキツく抱き締める。
「……ありがとう」
「光は優しいよ。光は光のままだ」
「お兄ちゃん! じゃあ!」
「だから……ごめん」
涙ぐみながらロウは光を突き飛ばす。
「全て理解した。光の苦しみも生き様も全部! だから、全部踏まえた上で俺は光を……」
喉に鉄板が貼られたように何も通らない。
この言葉を吐いたらきっと元には戻れない。
だが、ロウがこの世界に来た理由は世界を仇を為す転生者を全て殺すため。
例え、相手が最愛の妹でも、どんな悲しい境遇があっても、この異世界の人間達を殺すのであれば消さなければならない。
ロウの背後で誰かが行く末を見守っている。
恨み辛みの混じった瞳で。
ロウの体の中からも吠えている。
辛いのはわかる。だが、転生者は殺してくれと。
死の連鎖を止める為にも。
もう、覚悟は決まっていた。
喉を限界まで開き、言い放った。
「光を…………殺す!」
その瞬間、夢の世界は晴れ、現実の世界へと戻った。




