捕食
テスト期間でしたので長らく投稿できませんでした
仕方がないことなので謝りません
山頂に黒く、厚い雲がかかる。
その雲の中にロウとエマは立っていた。
「ここがカルヴェーラのアジトか」
目の前にそびえ立つ館……否、城を前にロウは息を呑む。
館から漂う禍々しい空気。そして、微かに漂う鉄の匂い。邪悪な雰囲気にロウの呼吸は荒くなり、鳥肌が立ち、全身から脂汗が滲み出る。
「お前も入る気か」
「あなた一人じゃ、心配だしね。それに二人いた方が救出しやすいでしょ」
入口の扉に手をかけると、当たり前のようにエマがロウの後ろを付いてくる。
無茶なことをするとロウは溜息を吐く。数々の修羅場と死線くぐり抜けてきたロウですら竦むほどのプレッシャーを放つ場所に常人のエマが立ち入れば、たちまち失神しても可笑しくはない。現にエマは平然を装っているが、足は小刻みに震えている。
だからといってこの場に一人で待っていろと言うのは酷な話。また、エマの言う通り、数が多ければそれだけ救出する機会が増える。ロウがカルヴェーラを足止めしている間にエマが子供達を救出するといったこともできる。
「わかった。俺の傍から離れるなよ」
エマの明るいを返事がロウに耳に届く。
互いの覚悟が決まった時、ロウは重い扉を開け、館へと突入する。
「ここが……魔女の家の中」
館の中は薄暗く、詳しくは観察できない。しかし、綺麗な造りになっており、明るい雰囲気でも作れれば童話の中の城のような大層立派なものになるだろう。
それなのにカルヴェーラという悪趣味な家主に住まわれて、さぞかし勿体ないとロウは平静を保つ為の軽口を心の中で呟く。
「子供達とカルヴェーラは一体何処にいるの……?」
「どうやら、あそこにいるようだ」
早く子供達を探さなくてはと焦るエマだが、その感情は無駄になる。
ロウ達の進む先を導くように壁に掛けられた蝋燭に火がつく。その廊下の先には開かれた扉。
「行くぞ。奴が待っている」
ロウは一つ深呼吸をして、扉の奥へと進む。
暗闇の中、長い螺旋階段を下りていくと、やがて灯りのある大広間に辿り着く。
「みんな!」
広間の奥には一部が赤黒いシミが付着した黄金の祭壇。そして、その前に大きな檻が建てられており、その中には攫われた子供たちがすし詰めの状態で収監されていた。
「ほぉ、子供たちを助けに来たか。かっこいいねぇ」
暗闇からカルヴェーラが気味の悪い笑みを浮かべて現れる。
「子供達を返してもらう」
「奪った物をみすみす返す訳がないでしょ?」
ロウは念のために子供達を返せと要求する。
だが、案の定、カルヴェーラはロウの要求を呑むことはない。
「なら、力ずくで!」
ロウは並外れた脚力で飛び出し、カルヴェーラの殴りかかる。
カルヴェーラは右手を突き出し、光弾をロウには向け、放つ。
「グッ!」
直撃を受けたロウは後方に吹き飛ばされる。
「ロウさん!」
光弾に弾き飛ばされたロウの傍に寄り、介抱する。
「さっきと同じように簡単に対処できると? 浅はかね」
地面に倒れるロウをカルヴェーラは見下し、嘲笑う。
「さっきは、本気ではなかったか」
「当たり前よ。下等生物に本気を出すなんて無駄。でも、私の美しい体に傷をつけたあなたは別」
たかが蟻一匹に銃を使う人間などいない。弱い敵に過剰な武力、暴力は余計な出費や疲労に繋がり、逆に自分の首を絞めることになる。
カルヴェーラの魔法は無限に使えるわけではない。生命エネルギーを消費して扱う魔法は使うほど、重い疲労を感じることになり、使い果たせば死に至る。
「なるほど……な」
「しぶといわね」
全身に光弾を受けたにも関わらず、立ち上がるロウを見て、カルヴェーラは察する。
しかし、異常なまでの生命力に人間離れした身体能力。少なくとも普通の人間ではないと。自分に近い存在ではと。
「いや? あなたは普通の人間ではないわね」
「ご名答。俺もあんたと同じ転生者だ」
「そう。なら、私にも傷をつけられたわけね。でも、おかしいわね。転生者ならもっと強くてもいいと思うのだけど」
カルヴェーラの予想通り、ロウは同じ転生者であった。特に驚くことはない。
しかし、転生者ならばもう少し、実力が拮抗しても可笑しくはないとカルヴェーラは考えていた。
確かにロウの力は強力ではあるがそれは常人から見ればの話。転生者から見れば、大したものではない。
「本気、出さないの?」
「くっ!」
「出す気がないのならいいわ。このまま死ね!」
本気を出さないのならそれでいい。寧ろ、殺す手間がかなり省ける為、カルヴェーラにとって都合のいいことだ。
「ロウさん。何を隠しているの!」
「何も隠してない!」
「この状況で嘘を吐いてどうするのよ!」
緊迫したこの状況で隠し事を続けるメリットはかなり薄い。やむを得ず、手短に力の秘密を暴露する。
「俺の力は人を食べることで真価を発揮する」
「そ、そんな!」
エマは力の代償の大きさに驚きを隠せない。
だが、驚いている暇はない。
「村での手応えなら、力を使わなくてもいいかと思ったけど、浅はかだった」
数時間前の甘い考えの自分を恨む。
転生者を倒す使命とは言え、守るべき者を犠牲にしては本末転倒だ。できることなら、力を使わずに対処したかったが、現実は甘くはない。
「ここは一旦引き下がる」
「引き下がってどうするの! 逃げている間に子供達が殺されるわ!」
ここで引き下がってはカルヴェーラに余計な時間を与えることになる。そうなれば、儀式を早めに執り行うのは明白。子供達は全員、命を落とす。
「なら、どうする!」
「私を食べて!」
「な!?」
ロウは絶句する。
「私を食べれば力が使えるのでしょ!」
「ふざけるな! あんたを犠牲にしろと!?」
「命を賭ける覚悟は出来てる!」
ロウは激しい言い様で拒絶するが、エマは引き下がらない。
しかし、はっきり言えば確実に今、この状況で勝つ為にはエマの策しかない。
エマを犠牲にして、狼鬼の力を使う。そうすれば確実に勝てる。効率的に考えれば、最善の手だ。
だが、ロウは躊躇する。いざ、人を食らおうと行動に移そうとしても、罪悪感と倫理観が邪魔をする。
それに折角わかりあえた相手をこの手で殺すのは、無理がある。
「ごちゃごちゃ五月蝿い!」
人と転生者との間で揺れ動くロウ。しかし、ここは戦場。少しの迷いが生死を分かつ。
ロウの都合など知るよしもないカルヴェーラは問答無用に殺しにかかる。手から氷の氷柱を作り出すとロウに向け、放つ。
「しまった!」
だが、ロウの前にエマが立ちはだかり、全身で氷柱を受ける。
「エマ!」
背中からゆっくりと倒れるエマを咄嗟に抱える。
全身に氷柱が刺さり、一部は貫通。綺麗な顔に無情にも刺さり、大目は抉れ、量に流れる血と傷で酷い有り様であった。
「どうして! どうして、庇った!」
「あ……ただけだ……から。子供達を……救えるの……」
今にも消えそうなか細い声でエマは答える。
エマにとってロウは最後の希望なのだ。唯一、子供達を救える救世主。この期を逃せば、何十人もの未来と希望を失うのだ。
それに比べればエマの命など軽い物であった。
「だからって!」
命は軽くない。誰しもが等しく平等なのだ。だからこそだろう。数が多ければ、命はより重くなる。
たった一枚の札束を川に落とすのと十枚の札束を落とすのではその価値が全く違うように。
「私はもう……ダメみたい……」
「諦めるな!」
「死ぬなら……せめて、何かを残し……たい。誰かの為に……死にたい」
エマは最後の力を振り絞って、ロウの手を握る。
「お願い。私を食べて……。私の死を無駄にしないで!」
エマは最後に願いを……否、命令を告げた。覚悟を決められずに迷得る子犬に。
そして、答えを聞かずにゆっくりと息を引き取る。
「エマ……」
ロウの腕の中で眠る冷たいエマをそっと抱き締める。
最後の最後になんてものを押し付けたのか。そう言われたら、覚悟を決め、行動に移すしかない。
例え、罪を被っても。自分を殺しても。
「最後の挨拶は済んだかしら? そろそろうざったいから死んでくれないかしら?」
「くっ! うわあぁぁぁぁあ!」
カルヴェーラはロウを殺そうとゆっくりと迫る。
だが、突然上がったロウの絶叫に驚き、足を止めてしまう。
「何!?」
驚きはさらに上を行く。
カルヴェーラの目には自らの理性を捨て、悲痛な叫びを上げるロウ。そして、腕の中に眠るエマにかぶりつき、汚ならしい咀嚼音を鳴らしながら貪り食っていた。
「こいつ!? 本当に食べているの!?」
カルヴェーラは呆然とするしかなかった。
人を食らうロウの姿はまるで、餓えた狼。先ほどまでのまともな人などではなかった。
「もう……引き返せない」
足元にエマだった者の白い骨が落ちる。ロウの全身は血を浴び、赤く染まっていた。
その赤い血はやがて固まり、強固な鎧へと変化し、ロウの全身に纏われていく。
「それが貴様の……能力か!」
目の前でロウが別の何かに変身していくさまをカルヴェーラはただ、眺めることしかできない。
「これが……狼鬼なんだな……」
ロウ、否、狼鬼はゆっくりと立ち上がる。血のような赤い鎧。狼のような鋭い目つきに牙。
悲しみと苦しみを糧にこの世界に救世主が激誕した。