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悪夢

「ここは……学校?」


 気がつくとロウは学校の廊下の真ん中に立っていた。

 ロウは不思議に思った。学校の廊下に明らかに場違いな私服姿のロウがいるにも関わらず、誰も観向きもしない。

 まるで、ロウの存在などいないかのように。 

 周囲には学ランを纏った男子生徒達が騒いでいたり、セーラー服を纏った女子生徒達が談笑している。

 ロウは女子生徒達のセーラー服を凝視する。


「あの制服……光の学校と同じだ」


 どこか見覚えのあるセーラー服かと思えば光が同じものを着て、登校していたことを思い出した。


「ここは……光が通っていた中学校なのか?」


 ロウはもう一度、周りを見回す。

 セーラー服に見覚えはあるが学校内部に見覚えは一切なかった。

 本来なら学区からひてロウも光と同じ中学校に通うところ。だが、ロウの場合は中高一貫校の受験を行い、合格した為、光とは異なる中学校に通っていた。

 だから、光がどのような学校生活を送っていたか全く知らない。

 話を聞く限りではあまり楽しくないとぼやいていたが、どうして楽しくないかという理由は話したがなかった。


「どうして……こんなところに」


 どうして、ロウはこんな場所にいるのか考える。

 この場所で目覚める前に光に何かされたことははっきりと覚えている。

 きっと、何かの意図があってこの場所にロウを呼んだと思うがその意図がわからない。

 殺すなら拷問部屋や処刑場にでも連れていけばいいはずだった。

 ふと、ロウは教室に目をやる。

 教室の黒板には今日の日付が書かれていた。


「この世界は……核戦争が始まる前の時代か」


 今日の日付は核戦争が始まる約半年前のものであった。

 この時、誰もが半年後には核戦争が始まり、世界の終焉に突き進むとは思っていない。

 この平和な日常も間もなく崩れ去るものだと理解していると、少々心に堪えるものがある。


「もう一度、俺を苦しませたいのか」

 

 疑心暗鬼になっていると、ロウの目の前を蝶が通り過ぎる。 

 日の光が辺り青白く輝く羽は幻想的な美しさを生み出していた。

 その蝶はまるで行く道がわからないロウを誘うかのようにゆっくりと羽ばたく。

 ロウはその蝶を追う。

 蝶は階段を下り、昇降口も潜り、校舎裏へと向かっていく。

 誘われた先に見せられた光景を前にして、ロウは愕然とする。


「光……何があったんだよ!?」


 ロウの視線の先には男子生徒三人と女子生徒四人の計七人に囲まれている光がいた。

 水を被ったのか制服と髪は濡れていて、特に髪の毛の先からポタポタと水滴が滴っている。 


「ふふ、本当無様な姿」


 女子生徒の一人はみすぼらしい姿の光を嘲笑う。


「流石に可愛そう。そうだ、お詫びにお化粧してあげる!」


 また別の女子生徒が徐に光の近づく。

 すると、光から滴る水で出来た泥を掬うと、光の顔に擦りつける。


「いいじゃない! 泥パックみたいじゃん!」


 七人は一斉に笑う。心の底から楽しそうに。

 一方的なイジメを受けても光は何も抵抗しない。いや、できないのだ。

 か弱い少女一人では男を含む七人に太刀打ちできるはすがない。

 だからといって涙を流すわけでもない。

 それどころか、呆れたかのように乾いた笑い声をあげていた。


「何? 気持ち悪っ!」


 女子生徒の一人はまるで汚物を見るかのように光を見下すと、その腹に思い切り蹴りを入れる。


「ふぐうっ!」


「笑うんじゃないよ! この出来損ない!」


 光は潰れた風船のような声を上げると目を見開いて、お腹を抑えて蹲る。


「あっは! 渡部、やりすぎだろ!」


「大丈夫よ。顔とは違ってお腹ならバレにくいし」


 渡部という女子生徒の下衆びた台詞の男子生徒達はなるほどと呟くと、二人の男子生徒が光の腕を掴み、無理矢理立たせる。

 そして、指示した男子生徒が光の前に立つと拳を鳴らす。

 ロウは騒然とする。この男共は一人の少女によって集って、暴力を振るつもりなのだ。

 許せない。妹に暴力を振るい、虐げる人間をただで済まさないと息巻く。


「やめろ!」


 超人的な脚力で男子生徒に飛びかかる。

 殺してやろうかとも思ったが、超人的な力を自分勝手に振るって憎むべき他の転生者と同じ穴の狢になる。

 グッと爆発寸前の怒りを堪え、せめて男子生徒を突き飛ばす程度で止めようと試みる。

 しかし、その試みは虚しく終わる。

 ロウの体は男子生徒の体をすり抜け、地面に強く叩きつけられる。


「ど、どうして!?」


 絶望した。目の前で光が苦しめられているにも関わらず、自分は何もできない。

 薄々、気づいていた。誰にも認知されていないことからロウはこの世界ではいない者であると。

 そうでなければ、こんな目立つ格好したロウは不審者扱いされ、学校から追い出される。


「ふぐっ!!」


 鈍い音ともに光の呻き声が聞こえてくる。

 恐る恐る、ロウは振り返る。


「気持ち悪い声だな」


 男子生徒は手加減することなく、光の腹を何度も、何度も殴る。まるで光がサンドバッグであるかのように。

 しっかりと急所のみぞおちに入っているのか、殴られる度に光の目は金魚のように見開き、力なく空いた口から涎が糸を引いて垂れる。


「や、やめろ!!」


 地面を這いつくばりながら、暴力を振るう男子生徒の足元まで移動し、必死に止めんと脚を掴もうする。

 だが、無情にもロウの体はすり抜ける。


「お願いだ……止めてくれ……頼む! 頼むから!」


 光の苦しむ声がロウの心に突き刺さる。

 ロウの悲痛な叫びは聞こえない。


「ぐ……オエッ!」


 何度も腹を殴られた結果、光は嘔吐する。

 昼に出されたであろう未消化の給食と胃液、そして損傷した胃の濁った血が足元に零れ落ちる。


「うわぁ……汚ぇ……」


「給食のコロッケ、まだ消化されていないじゃん」


 嘔吐した光を虐める者達は本当の汚物として見る。

 敢えて、消化されていない嘔吐物を言葉にすることで光を羞恥心を煽る。

 そして、汚らわしい。病原菌だと言わんばかりに指を指し、笑う。


「おいおい。不衛生だから、ちゃんと戻せよ」


「そうそう。お前の胃の中にな!」


 光を拘束していた男子生徒二人は笑いながら、光を突き飛ばす。

 最早、抵抗する力もない光は嘔吐物の溜まりに突っ込む。

 嘔吐物塗れになった光を虐める者達は囲んで、嘲笑う。

 一人の男子生徒は光の頭を踏んでは嘔吐物を擦りつける。


「そんな……光は……」


 あまりにも酷い惨状を目の当たりにし、ロウは愕然とする。

 光が虐められていることなど全く知らなかった。

 ロウの前では誰よりも明るかった光が、ロウの知らないところで地獄のような苦しみを味わっていた。


「そう。私は虐められてたの」


 背後から今現在、苦しめられているはずであろう光の声が聞こえ、ロウは咄嗟に振り返る。

 そこには光の姿はない。代わりに青い蝶が羽ばたいていた。

 そして、青い蝶は言葉を発する。


「これは私の記憶で実体験。お兄ちゃんにはこれから私の人生を見てもらう……」


「光……俺は! 何も……」


 拳を固く握り締めるロウの周りを青い蝶を励ますように漂う。


「謝らないで。お兄ちゃんは悪くない。だって、知らなかったんだもん。だから、これから知ってもらうの。そうすれば、私の全てを理解してくれるから」

 

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