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死闘

 狼鬼を向かったであろうワープしたその先にリヒトは辿り着く。


「大方、予想通りだ」


 リヒトがワープした場所はガス室。

 ガス室にはこれから処分されようとしていた薬物中毒者達が鼓膜が破れるかと思う程、甲高い悲鳴を上げ、逃げ回っていた。

 何から逃げ回っているかも予想通りであった。

 リヒトは視線を部屋の隅に向ける。そこには倒れている女。女の周りには鮮血が散乱している。

 そして、女を貪る一人の男。

 女の肉を食らう度に男の体の傷が癒えていく。

 失われた指だけでなく、腕も植物のように生え、一切の傷跡を残すことなく完治する。


「回復は……済んだか」


 リヒトの声を聞き、男――ロウはゆっくりと振り返る。

 口元は怪我でなく、今まで食らっていた女の血が付着している。

 失われた左目も完全に元通りになっている。


「俺は……敵以外の誰かを犠牲にしてまで生きたくはない」


「言っていることやっていることが矛盾しているが……」


「わかっている。でも、俺の命は……俺だけの命ではない。それに俺達、転生者はこの世界から滅ぼす為にも」


 ロウは自身の胸に手を当てる。

 ロウの体は人の血肉で出来ている。

 ここに至るまでに転生者を殺す為に何人も人間を食い、人生を奪ってきた。

 世界を守る為という大義はある。だからと言って、誰かを犠牲にしていい理などありえない。

 罪だ。人を食らうことはこの世で一番の罪。だが、その罪を被らなくては世界を救えない。


「ごめん。君を犠牲にさせてもらった」


 女の亡きがらに向け、ロウは心から謝罪と感謝の言葉を紡ぐ。

 そして、ゆっくりと立ち上がり、獣のような瞳でリヒトを睨む。


「咎は受けるさ。全てを終わらせてから」


 戦うこと、命を食らうという罪を背負うこと全てを覚悟を決めたロウの目は据わっていて、まるで鬼のように鋭く恐ろしい。

 覚悟の末、ロウの体が変化していく。

 柔らかな肌が強固な紅の生体鎧へと変化。

 岩をも切り裂く鋭い爪が生え、歯は刃のような鋭い牙へと変化。

 瞳も満月のような怪しい輝きを放つ、獣の瞳へと変化。

 ロウは紅の狼鬼へと変身する。


「お前を……殺す」


 狼鬼は爪を立て、構えを取る。

 その構えに一切の隙はない。一歩でも甘い動作を行えば、すぐにでも飛びかかり、喉をかっ切らんと殺気を放っている。

 

「いいだろ……」


 悪魔を前にしてもリヒトは怖じ気づくことなく、まるで英雄の如く、堂々と立ちすくむ。

 狭い、ガス室で満足に戦う為、余計な犠牲と狼鬼の強化を断つ為、薬物中毒者をワープでガス室から飛ばす。

 

「俺は……死ぬつもりはない」


 邪魔者がいなくなり、張り詰めた静寂が二人の世界を生み出す。

 部外者は決して踏み入れられない領域。常人が足を踏み入れようとすれば、たちまち全身に浴びた殺気と重圧で失神する。

 リヒトが剣を握り締め、金属音が鳴ったその瞬間。

 狼鬼は弾丸の如く、リヒトに飛びかかる。

 リヒトは構えを取る暇もなく、咄嗟に剣を振るう。

 そして、鋼鉄の剣と頑強の拳が激突。

 二つの強大な力の激突は衝撃波を起こす。

 怪物同士の衝突は尋常ならざるエネルギーを生み出す。

 常人どころか、転生者ですら破壊が厳しいガス室の壁に深い亀裂が入る。


「これが……奴の本気か!」


 生態鎧を纏った拳は剣と交じりあっても斬れることもなければ傷一つ付かない。

 鎧とは言え、所詮は皮膚が鋼鉄の如く硬化しただけのもの。

 だから、剣と常人ならざる力であれば斬れると考えていたが、甘かった。


「はあぁぁ!」


 狼鬼は剣を弾くと、次は鋭い爪を振るう。

 両手の爪から繰り出される絶え間ない攻撃。

 リヒトは何とか剣で受け止めようとするものの圧倒的手数の前には限界があり、一撃だけ肩を掠める。

 掠めただけ。しかし、肩の鎧はまるで粘土のように簡単に抉られ、深い傷をつけられる。


「くっ!」


 リヒトは咄嗟に狼鬼に蹴りを入れ、後方に飛ばす。

 まとも受けていたら鎧を剥がれていた。

 この鎧は


「その……程度か!」


「そう思うか!」


 正面からの接近戦での勝ち目はない。

 そう確信したリヒトは穴を生み出し、能力を使う。

 穴からは機関砲が横一列、横断するように現れ、銃口が自動で狼鬼へと向く。


「何でも……ありか!」


「ファイエル!」


 軍師のように堂々と剣を振り下ろすと機関砲が火を吹く。

 先程の着ぐるみ達の機関銃とは比べ物にならないほどの連射力と威力。

 それもそのはず。リヒトが召喚した機関砲は対艦用。

 戦艦という鉄の塊を粉砕する為の兵器であり、生物相手には過剰と言える。

 だが、最早生物など超越した狼鬼相手には、適正な力。

 正面からの突破は不可能であり狼鬼は上に跳んで回避しようとする。

 しかし、部屋半分を埋め尽くすほどの砲弾の前には限界があり、無数の砲弾が直撃する。


「ぐうっ!」


 狼鬼に砲弾が直撃する度に鉄特有の甲高い音と爆発音が狭い部屋に響く。

 砲弾が直撃しようと狼鬼の鎧は破壊できない。

 だが、ダメージはしっかり蓄積している。

 いくら、強固な鎧でも、砲弾一発でも当たれば衝撃は受ける。

 狼鬼は砲弾を受ける度に呻き声を上げ、後ろへ押される。


「埒が……!」


 濁流のように襲い掛かる砲弾を前に狼鬼は足止めを食らっている間に、リヒトは次の一手を打つ。

 狼鬼の背後に穴を生み出し、穴から鎖を出し、左腕を拘束する。


「しまった!」


 機関砲は弾切れになり、役目を終えた瞬間、リヒトは隙の生まれた狼鬼に飛び掛かる。

 右手には剣ではなくワープで呼び寄せた巨大なドリルを構えながら。

 激しいモーター音をかき鳴らしながらドリルが回転する。


「死ねぇ! 化け物!」


 ドリルの先端は狼鬼の腹部にあたり、火花が散る。


「うぐうぅぅ!」


 狼鬼は歯を食い縛る。

 鋼鉄に匹敵する強度があれど、所詮は硬化した皮膚。

 生身の肌に比べれば痛みの差は軽いが当然、痛覚はある。

 絶え間なくドリルで削られれば、狼鬼と言えどダメージを負う。


「このまま、風穴を開ける!」


「さ……せるかぁ!」


 狼鬼は残った右腕でドリルを破壊しようと、拳を振るう。

 だが、好機を潰すわけにはいかないとリヒトは左手で必死に狼鬼の拳を抑える。


「くっ!」

 

「鎧は……貫いたぞ」


 辛抱強く回るドリルはいよいよ狼鬼の鎧を削り切り、肉体に到達する。

 そのままドリルは肉体をも削ると、グチュグチュと肉をかき混ぜるグロテスクな音が狼鬼の体から発せられる。

 気を失う程の激痛に狼鬼は思わず、天を仰ぎ、喉から搾るような叫びを上げる。


「俺は生きる代わりに……お前が死ねぇ!」


 リヒトはさらにドリルを狼鬼の体内に押し入れる。

 削り取られた肉片と血が辺りに散らばる。


「死ぬのは……お前だ!」


 狼鬼は悪魔のような目でリヒトは睨む。

 すると、狼鬼は前に踏み出す。

 腹部のドリルがさらに狼鬼の体内に深く突き刺さる。

 否、ドリルは狼鬼の体内を貫き、背中から血で赤く染まったドリルが覗かせた。


「また……何を!」


 今更リヒトは狼鬼の奇天烈な行動に驚くことはない。

 状況を打開するためなら自身すらも犠牲にする男。

 生きる為なら体に風穴を開けることなど、抵抗なんて当然ない。


「ぐうあぁぁぁ!」


 狼鬼は雄叫びを上げる。

 すると、ドリルを貫かせたまま両足でリヒトの腰をホールドする。

 リヒトの動きを完全に止めた狼鬼はリヒトの顔面に頭突きを浴びせる。

 兜を被ったリヒトには有効打にはならない。だが、一瞬だけでも気を引くには十分であった。

 頭部に衝撃を受けたリヒトは僅かに左手の力が弱まる。

 その隙に狼鬼はリヒトの左腕を振り解く。

 自由になった右手の鋭い爪で狼鬼は鎖に繋がれた左腕を切断する。


「貴様ぁ!!」


 切断され、鎖から解かれた左腕が地面に落ちる。

 狼鬼は切断された腕の断面から血管を伸ばし、腕の断面に繋げる。

 そのまま腕を引っ張り、狼鬼の体と接着させる。


「チィ!」


 リヒトは咄嗟にドリルから手を離し、狼鬼から距離を取る。

 しかし、その行動はミスであった。

 狼鬼は腹部を貫いたドリルを両手で引き抜く。

 腹部に出来た穴から臓物と血がこぼれ落ち、狼鬼の背後の壁が見える。

 最早、生きていることすらあり得ない状態でもなお、狼鬼は立ち続ける。

 そして、引き抜いたドリルをリヒトに向け、投げつける。


「そんな安い攻撃で!」


 目の前まで迫り、視界を覆うドリル。

 リヒトは剣で迫るドリルを真っ二つに斬る。

 ドリルが二つに分かれるその瞬間、リヒトは死を悟った。

 二つに分かれたドリルの間からリヒトに牙を向ける狼鬼を確認してしまった。

 狼鬼はドリルを投げると同時にその驚異的な脚力で跳んだ。

 そして、ドリルを背後に隠れてリヒトに迫ったのだ。


「ぐあぁぁぁ!」


 狼鬼はリヒトに飛びかかり、馬乗りになる。

 完全に不利な状況になったリヒトは拘束から逃れようと右の拳で狼鬼の顔面を殴る。

 狼鬼を拳を受けるもののものともしない。

 それどころかニヤリと笑い、両腕でリヒトの右腕を掴む。


「うおぉぉぉ!」


 狼のような遠吠えを上げながら狼鬼はリヒトの右腕を引っ張っていく。

 肉が引き伸ばされる鈍い音と骨が砕ける音が悲鳴のように響く。

 リヒトは感じたことのない痛みに金切り声をあげる。

 このままでは腕を引き抜かれる。狼鬼のように失った手足を再度、接着することも生やすこともできないリヒトにとっては致命的なダメージ。

 残った左腕で狼鬼の顔面を殴り、阻止しようとダメージは通らない。


「がぁぁぁぁ!」


 そして、狼鬼は限界まで力を入れ、リヒトの腕を引きちぎった。

 鼓膜が破れそうな聞くに耐えない悲鳴をリヒトが上げる。

 引きちぎられた胴体と腕の付け根からは滝のように血が流れている。

 そして、狼鬼は無意識にリヒトの腕を食べる。

 相当なダメージを受けた故に栄養を補給し、回復しなければならないという本能が働いたのだ。

 耳障りの咀嚼音を聞かされながら、つい数秒前まで繋がっていた自分の腕を目の前で食われる様を見て、リヒトは絶句した。

 そして、確信した。

 殺されると。


「グウオォォォォ!」


 最早、元は人であることを忘れてしまう程の獣と変わりない雄叫び。

 理性を失い、闘争本能のみで戦う狼鬼は正に化物である。

 狼鬼は無我夢中でリヒトの兜を殴りつける。

 容赦のない拳の連打。

 リヒトには最早抵抗する力はなかった。

 それでも狼鬼は戦うことを止めない。リヒトを殺すまで狼鬼は戦うことを止めることはできない。

 兜はひびが入っていく。


「ガアァァァ!」


 そして、渾身の右ストレートを叩き込んだ瞬間。

 兜が粉々に砕け、リヒトの血だらけの顔面が顕になった。

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