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血路

 施設内の廊下に敵を侵入を知らせる警報がけたたましくなる。

 元凶の侵入者であるロウは白銀の鎧を纏ったリヒトと劇しい戦闘を繰り広げていた。

 嵐のように迫りくるリヒトの剣戟。

 しかし、ロウは苦戦することなく、淡々と回避行動を取る。


「ここでは実力を発揮できないみたいだな!」


 鋼の鎧を纏い、得物を持つリヒト相手に狼鬼にも変身できず、生身の体一つで応戦しなければいけない状況はロウにとってあまりにも不利であった。

 しかし、ロウは幸いにも地の利を得ていた。この戦場が狭い廊下であったことだ。

 かろうじて二人並んで歩ける程度の広さしかない廊下では剣を十分に振るうことはできない。振れたところで剣戟はどうしても単調になってしまい、回避は生温い。 


「それはどうかな?」


 リヒトはそう言うと、指を鳴らす。

 すると、ロウを挟んだリヒトの反対側に小銃を構えた二体の着ぐるみ達が突然現れた。


「何!? どういう手品だ!」


 音沙汰もなく現れた着ぐるみ達にロウは驚きを隠せない。


「侵入者発見! 撃ち方……始め!」


 背後にリヒトがいるにも関わらず、着ぐるみ達は銃撃を開始する。


「ちぃっ!」


 無数の銃弾がロウに襲いかかる。

 ロウは狭い戦場で体を屈め、最大限の回避行動を取る。

 回避された銃弾は背後のリヒトに流れるが、鋼の鎧は銃弾程度ではもろともせず、ゆっくりとロウに迫る。

 挟み撃ちの形になり、さらに不利な状況に陥ったロウは舌打ちをする。

 最早、多少のリスクを背負わなければ、この状況を打破することはできないとロウは判断。

 屈んだロウは狼のように合計四つの手足を床につける。

 そして、四つの手足を同時に床を蹴り、爆発的な過疎で着ぐるみ達に接近する。


「は、速い!」

 

 目にも止まらぬ速さで向かってくるロウに対し、着ぐるみ達は引き金を引いたまま、銃口をロウに向ける。

 銃口を向けた時には時既に遅し。

 既に銃口の先にはロウはいない。

 一体の着ぐるみがそれを認識した瞬間、ロウの鋭い手刀によって脚が切り裂かれる。


「ひえぇぇっ!」


 仲間が脚を失い、地面に倒れる様を見た、残りの着ぐるみは怯え、無我夢中で銃を乱射する。

 ロウは脚を失った着ぐるみを盾にし、全ての銃弾を防ぐ。


「この畜生が!」


 仲間を盾として利用するロウの戦い方はまさに非道。

 しかし、生きるか死ぬかの戦いで非道も何もない。

 敗北は即ち死を意味する。

 プライドや美学の為に殉じるのは個人の勝手だが、ロウにとってはそんな捨ててでも生きることのほうが余程正しいことである。


「……そうか」


 無数の銃弾を浴びた着ぐるみは既に息絶えていた。

 ロウはもぬけの殻となった着ぐるみを対面に向け、投げつける。

 着ぐるみは投げられた仲間を手で払い除け、正面に銃を向ける。

 銃口の先にはロウはいない。

 どこに隠れたのかと視線を動かした時、頭上を人影が覆う。


「大……切断!」


 天井ギリギリまで跳んだロウは鋭い手刀を着ぐるみに振り下ろす。

 着ぐるみは体の中心を縦一線に切り裂かれる。体はまるでジッパーを開けるかのように綺麗に左右半分に割かれる。

 そして、着ぐるみの体の中から大量のわたが飛び散る。

 わたと言って白くて柔らかい綿ではなく、赤い腸。

 鮮血は噴水のように勢いよく吹き出、腸は辺りに散乱。

 ロウも返り値を全身に浴びる。

 真っ白な壁と床に覆われた廊下は一瞬で赤に染まり、血の道となった。


「次は……お前だ!」


 邪魔な着ぐるみ達を排除し、再びリヒトに狙いを定めようとしたその時だ。

 先程までいたリヒトが忽然と姿を消した。

 おかしいと周囲に神経を尖らせる。

 ロウは着ぐるみ達を狩りながらもリヒトに意識を向けていた。

 だからこそ、数秒前まで確実に前方にいたことを認識していた。

 似たような景色な為、位置を錯覚しているのかと思ったが、今は目安とかる着ぐるみの遺体がある為、その可能性は低い。


「よく気づいた……が、把握できないのであれば命取だ」


 背後からリヒトの声がし、ロウは振り返ろうとした瞬間。


「ぐはっ!」


 既に背後に周っていたリヒトによって、背中から剣を貫かれる。

 腹から貫かれたから赤い血が滴っている。

 ロウは口から大量の血を吐く。


「いつの間に……背後を。……まるで……ワープしたみたいだな……」

 

「……気づいたか」


「……鎧が能力の本質だと思っていたが……騙された。あくまで能力によって鎧を召喚しただけか」


 広場での戦闘の際、一瞬で距離を詰められたことをロウはずっと不審に思っていた。

 鎧を纏い、身体能力を極限にまで高めたからといって、あたかも時を飛ばしたかのような距離の詰め方などできるはずがない。速さの次元を超えた速さは転生者の身体能力と言えども到達できるはずがない。

 身体強化が能力のロウだからこそ知る生物の限界。

 薄々、自分はリヒトの能力を見誤っていると勘付いていたが本質を見抜くことはできなかった。

 だが、一本道の廊下で感覚が鋭敏なロウに気づかれず背後にまわった……否、ワープしたことで能力に気づけたが時すでに遅し。


「なぁ、ワープできるのなら、俺を火口かどっかにワープさせれば事はすぐに終わっただろう?」


「そこまで都合のいい能力ではない」


「意外と喋るじゃないか……能力について」


「隠しても無意味だろう」


 リヒトはロウから剣を引き抜き、背中を思い切り、床に転がす。


「能力を知られた以上、長期戦は不利だな」


 血の水溜りの上で尻餅をつくロウをリヒトは見下ろしている。

 リヒトの背後に黒い穴が現れる。

 すると、リヒトは黒い穴に吸い込まれ、忽然と姿を消す。


「どこに行った!」


 ロウは瀕死の体に鞭打ち、咄嗟に立ち上がる。

 どこから襲ってきても対処できるよう、構えを取る。


「気配!」


 左から気配を感じ取り、ロウには咄嗟に体を向け、反射的に左腕で身を守る。

 その瞬間、ロウの左腕が切り落とされる。


「よく、判断できたな」


 リヒトはそう呟きながら、再び穴の中へと消えていく。


「どうする! この状況を!」


 切り落とされた腕を見て、ロウは青ざめる。

 ワープする瞬間には一切の兆候は感じられない。

 対策の取りようがなかった。

 それから上、左右、前後から何度も攻撃を受けた。

 手足の指を何本か切り落とされ、肌には無数の切り傷が付けられ、全身が血の赤で染まっている。

 全て、紙一重で回避することが精一杯であり、反撃を目論む暇すらない。


「くっ……」


 一方的な攻撃の前に成す術なく、いよいよロウは壁際に追い詰められる。

 再び、嵐のような攻撃が襲ってくる。

 前、上、右、左。


「……おかしい」


 皮膚が切られ、中の肉が外気に晒される。

 しかし、妙なことが起きていた。先程に比べて、攻撃が単調になった。背後からの奇襲はぱったり止まり、ロウの視野内にしか奇襲してこなくなった。

 瀕死のロウを舐めているのか。それは考え難い。

 生きることに執着しているリヒトがロウを生かすような手段を取るはずがない。

 なら、何故だ。

 ロウは今までの猛攻の数々を思い返す。その中で一つ違和感を覚える。

 リヒトは唯一、下から、つまり足元から攻撃してこなかった。

 どこにでもワープできるのであれば、足元にワープして、穴にロウを引きずり込むことや脚を切り落とせばかなり致命傷を負わせられるはず。

 だが、それをしない。手加減をしない男がその択を取らないということ。

 それは「しない」のではなく「できない」のだ。

 リヒトの能力は直接、人間に干渉できないのではと予想した。

 だが、着ぐるみ達をワープさせたことから、他人をはワープできないわけではない。

 そして、もう一つ。ワープする場所がなければワープそのものが不可能。

 足元と壁を寄りかかった状態ではワープしてこないことを考えるとその可能性は高い。最後の手段として温存している可能性もあるがそれは問題にしては何もできない。


「死んでも……やるしか!」


 一つだけ、この状況をする策を思いついた。それを実行するために捨て身の行動を起こさざるを得ない。

 命を懸けたところで成功する確率は限らない。そもそもロウの予想通りでなければ、詰みである。

 だが、一か八かに賭けなければ打開できない程、ロウは追い詰められていた。

 ロウは徐に起き上がり、周囲に神経を研ぎ澄ます。 

 次の攻撃はどこから来るか?

 左右からか?

 裏をかいて、前からか?

 いや、上からの攻撃もあり得ないことではない。

 全ての方向から攻撃、それも一切の兆候も隙もないのが飛んでくるとなると対処は非常に困難。

 額から脂汗が滲み出る。

 落ち着けとロウは心の中で言い聞かせる。

 焦りは敗北を生む。

 冷静に物事を見極める。戦闘において冷静な者が生き残るが常だ。


「……行くぞ」


 覚悟を決めた瞬間だ。リヒトは目の前に現れる。


「終わりだ」


 リヒトは剣先をロウの心臓に定める。


「……まだだ!」


 ロウは体勢を低くする。

 体勢の変化によって剣先の狙いは心臓からロウの左目に変わる。


「何!?」


 剣先はロウの左目に突き刺さる。

 真っ赤に染まったロウの眼球が床に転がる。

 リヒトは絶句した。

 確かにあのまま何もしなければ心臓を貫き、死んでいた。ならば回避するのは当然。リヒトはそれを見越し、心臓への攻撃をブラフとし、次の攻撃で止めを刺そうと目論んでいた。

 しかし、ロウは急所への攻撃を避けたうえであえて攻撃を受けにいった。それも顔面で。

 腕を犠牲にするならともかく目を犠牲にする意図が全く見えない。

 決死の特攻のつもりかもしれないが、狼鬼でもなく、瀕死のロウではどうしようもないはず。

 目を犠牲にしてまで、何を企んでいるかとリヒトは疑心暗鬼になる。

 一度、ワープして様子を伺う。消極的な策を取ったロウは背後に穴を出現させる。


「その瞬間を待っていた!!」


 片目を失い、顔面に穴を空けながらも悪魔のような笑みを浮かべるロウ。

 この時、リヒトは痛感した。

 自分が相手にしている男は本当の化け物だと。

 致命的な判断ミスを犯したと。

 ロウは剣が刺さっていながらも顔を右に振り、無理矢理剣を抜く。

 そして、リヒトに……否、リヒトの背後の穴に向かって飛び掛かる。


「ワープする気か!! どこに跳ぶかも、跳べるかすらもわからないのに!!」


 リヒトは叫ぶ。ロウの決死の覚悟に負けじと。

 ワープを利用するというのは誰もが思い浮かぶことだろう。

 しかし、必ずしも実行するとは限らない。

 できるかどうかもわからないものをわざわざリスクを冒してまで行う者は愚者でしかない。

 だが、リスクを冒してでも得るリターンがあるなら話は別だ。

 特に死を背負った場合だ。危機的状況でなら、大きなリスクがあろうと少しでも生存確率の高い択を取る。だが、人によっては諦めて、潔く死を受け入れる者もいる。

 痛く、苦しい思いをしてまで生きるつもりはない。そういう考えの人間は少なくない。

 だが、ロウは違う。

 生きる為なら、手足だろうと目だろうと犠牲にしてまで賭けに出る男。

 狼鬼という命を食らえば体を再生できる能力を持つロウだからこそ取れる択にも思えるが否、関係ない。例え、狼鬼の力がないかろうともロウはこの選択をしたに違いない。

 そう思わせる凄味と気迫をリヒトは擦れ違い様に味わった。


「俺は……死ぬつもりはない」


 ロウは並々ならぬ殺気を漂わせ、穴の中へと消えていった。


「……して、やられた! 奴の……生の執着に……負けた!」


 リヒトは悔しさのあまり、地面を殴りつけ、クレーターを作る。

 ワープの能力には特徴が二つある。

 一つ目は無機物で、ワープ対象の無機物が存在してある場所を認知していればリヒトの思うがまま、手元にワープさせる。

 二つ目は生物はリヒトの意思ではワープさせられない。ワープ対象の生物が自らの意思で望むことで可能となる。

 そして、そのワープ地点は本人で決められるということだ。

 しかし、そんなことなどロウは知る由もない。

 だが、可能性はゼロではない以上、ましてや何もしなければ死が確定している以上、賭ける価値は多いにあった。

 それを予想できなかったリヒトは敗北を痛感してしまった。

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