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責任

 白銀の鎧を纏ったリヒトがまるで弾丸の如く速さで迫る。

 ついさっきまで約三メートル先にいたであろうリヒトが一瞬でその距離を詰め、剣を振るう。

 いかにも堅牢で重量のある白銀の鎧を纏っていて、この速さは異常だ。

 リヒトの振るう大剣の長さと幅は成人男性の体格と同じくらい。

 その大剣をまるで竿であるかのように軽々と振る。

 ロウはその神速の斬撃を咄嗟に回避するが、頬を掠め、血が流れる。


「これがこいつの能力か!?」


 鎧を纏って自身の身体能力を強化する。

 それはまるでロウが幼い頃から憧れて変身ヒーローそのものだ。

 しかし、憧れていたヒーローのような見た目の騎士に悪の怪人として剣を向けられている。


「次は逃さない」


 ロウはリヒトの圧倒的な殺意と絶望的な状況に額に汗を流す。

 リヒトの能力は恐らくロウと同系統の強化系の能力。

 ならば、生身のままでは勝つことは不可能。ならば、狼鬼に変身しなければならないが、周囲に人はいない。存在していたとしても、闇雲に食べるのは常識と人の心が邪魔をする。


「どうした……変身しないのか?」


 リヒトは絶え間なく剣を振るう。


「できたら、今頃この楽園は滅ぼしている」


 ロウは斬撃を全て回避する。


「……お前の能力は難儀だな。人を食わなくちゃ力を発揮できないなんて」


「本当だよ。でも、闇雲に力を使えたらきっと俺は今までの転生者みたく外道に堕ちていた」


 一度、ロウは後方に高く跳び、距離を取る。


「そうだな。お前が力を暴走させたら、まさに人食いの化物だな」


「力には責任と代償がある。力ある者は自分ではなく弱者に為に戦い、自由を捨て、他人の為に苦しむ。力ある者が己の欲の為に振るい、誰かを助けられるにも関わらず、力を行使しない愚者になりたくない」


「なら、俺も外道か?」


「いいや。寧ろ、お前は正しいよ。人を見殺しにしてはいるが、信念がある。誰かの幸せの為に戦うお前は嫌いじゃない」


 今までの転生者達は得た強大な力で暴虐な限りを尽くしていたが、リヒトは違う。

 得た力を楽園の住人達の幸せと最期を守る為に戦う。

 例え、薬物中毒になっておぞましい死体になることがわかっていながら、その直前まで味わえる幸せの為に戦う。

 正義か悪かはわからない。だか、その信念は認められることだけはロウは理解できた。


「お褒め頂きありがとう。……保谷ロウ。俺もあんたのその信念は認めるよ。その上で殺す」


 仮面に隠れて、リヒトの表情は全くわからない。

 だが、先程までの獣のような気迫は薄れていた。

 相変わらず、殺意と敵意は剥き出しではあったが。

 まるで、スポーツ漫画で念願の舞台で対峙する主人公とライバル。そう言った熱い空気が流れていた。

 そして、剣を構え、リヒトが再び攻めようとしたその時だ。


「じぬぅぅぅぅ!」


 リヒトの背後で女性の断末魔の叫びを上げる。

 張り詰めた緊張の糸が切れ、二人は同時に叫びが聞こえた方向に体を向ける。

 視線の先には女性が心臓の辺りを手で抑えて、苦しんでいた。


「お、おい! 大丈夫か!」


 リヒトは鎧を解き、藻掻き苦しむ女性に駆け寄り、抱きかかえる。


「うぇひゃあぁぁぁ!」


 女性は白目を向き、心臓を抑え、ジタバタ動かしている。

 呼吸もできない程の苦しみのようで、一切言葉も呼吸音も発しない。

 それから死ぬまでは愚かな程あっという間だった。

 一度、体をのけぞらせ、ピンと張ってから、まるで糸の切れた操り人形のように四肢をダランと下げ、息を引き取った。


「……死んだのか」


「あぁ……逝ったよ」


「……これでいいんだろ?」


「そうさ。どうせ、この楽園外だったら幸せを感じられずに死んでいた。それに比べれば……比べればさ!」


 リヒトは拳を固く握り締め、自分に言い聞かせるように呟く。


「あら、旅立たれた人がいらっしゃいますね」


 ロウ達の周りにぞろぞろと住人が集まってきては、死んだ女性に指を指す。

 死んだ人間に指を指す。ロウの常識の中では無礼な行為であり、不愉快極まりなかった。

 それだけではなかった。人が死んでいるにも関わらず、誰も涙を浮かべず、それどころか笑っていた。

 その笑みも喜びなどというものは一切感じられず、ピエロの仮面のように見えた。


「真の楽園に旅立たれた! 皆さん! 祝福しましょう!」


「おめでとう! 真の楽園で永遠に幸せで!」


 そして、住人達は拍手を送り、死を喜んだ。

 宗教や国によっては死ぬことで天国や極楽浄土に行くことができる。それが至高の幸福であるという文化がある。

 その考えはロウにとって理解し難いものであった。

 死後などという不確定であるかどうかもわからない存在に縋ることが馬鹿馬鹿しくて仕方がなかった。

 存在するかもわからないもの為に生きるくらいなら今目の前で起きている現実を生き抜く方がロウにとっては余程意味のあるもの。

 死は始まりではない。終わりなのだ。命が終わればそれまで。

 仮に始まりだとしてもそれは苦しみの始まり。

 ロウは転生したことで苦しみ続けている。他の転生者達も結局はロウの手によって惨殺されている。


「……保谷ロウ。お前に見せたい物がある。付いて来い」


 拍手喝采に包まれる中、リヒトは女性を背中に背負って歩き出す。


「何処に行くつもりだ?」


「……地獄だよ」


 リヒトの言葉には激しい怒りが混じっていた。

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