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衝突

 楽園に降り注ぐ日差しが温かい。

 そんな日差しの下でロウは一人で楽園を歩いていた。

 今日も光はロウを案内しようと息巻いていたのだが、リヒトから仕事が溜まっていると釘を刺され、渋々、断念することになった。

 光が公務の励む間、城でジッと待っているのも退屈だと思い、ロウは一人でフラリと楽園の中を散策することにした。

 昨日とは違い、隣に光はいない。

 この楽園の創造主の解説がなく、一切の色眼鏡なくこの楽園を調査できる。

 確かにこの楽園は名前にふさわしい幸福に満ちた世界に見える。

 しかし、世の理に完璧なことなどない。光ある所に闇があるように幸福の裏には必ず不幸がある。

 どこかの店が儲けることは別の店が儲からないこと。

 この楽園も誰かが幸福に浸っている陰で誰かが苦しみにのたうち回っているのではないか。

 そう疑う原因を作ったのは昨日の様子の可笑しい男だ。

 明らかに病気とも違い狂いようとそれを鎮めた飴玉。

 薬物中毒にも似た症状を見て、何か裏があると勘ぐってしまう。

 しかし、疑うものの疑いたくないという願望がロウの判断力を鈍らせていた。

 いつもなら容赦なく相手を追求し、当然のように暴力で口を割らせるのだが、相手が最愛の妹。

 光がそんなことをするはずがないという思い込みとただ殺したくないという思いが邪魔をするのだ。

 人間の心を持つのなら当然の感情だが、この甘さがさらなる犠牲を生んでしまうのでは意味がない。

 心を鬼にしなくてはならないのだが、ロウは決心がつかない。


「ん? あいつは機関車に乗っていた男……か?」


 道を歩いていると、ふと見覚えのある男を見かけた。

 機関車内で出会ったスーツの男性だ。働いていた職場で辛い目に遭い、この楽園に逃げてきた。

 ロウは彼をスーツの男性と認識するのに時間がかかった。

 と言うもの出会った当初とは違い、彼の服装は黒いスーツではなく、何一つ特徴のない白い無地のもの。周囲の人間も同じ服装であり、逆に赤いジャケット姿のロウが周囲から、世界から浮いていた。

 まるで蟻の一匹を見ているようだ。個性が一切なく、見分けがつかない。個は喪失し、群の一部と周囲の人間とほぼ同化し、パッと見では区別が付かない。

 冷静になって見ると、そういう光景がロウにとって気持ち悪く感じた。

 良くも悪くも人間は個性的だ。様々な思想を持ち、自分という個性を自由に表現をする。髪型であったり、化粧や服装で個性を表現する。

 しかし、この楽園にはそう言った個性が存在しない。誰もが同じ服装であり、似たような髪型。化粧もしておらず、一体誰が誰だか区別が付きにくい。

 もし、ロウも周囲の人間と同じ姿になれば、おそらく「保谷ロウ」ではなくなる。ただの有象無象の人間の一人でしかなくなる。

 

「おい。そこのあんた」


「……あぁ。あなたは機関車にいた人ですね」


 ロウは男の肩を叩いて、呼びかける。

 男はゆっくりと振り返ると「あなたは乗り物の中にいた人」とあっと驚く。


「元気にしているか?」


「えぇ。おかげさまで。本当にこの楽園は素晴らしい場所です! 田畑を耕し、作物を育てることはしますがそれ以外の仕事は一切ない! 自由に生きていいなんて!」


「そうか……それは良かった」


 男は影一つもない笑みを浮かべる。

 列車内で骸骨のような生気のない表情はまるで仮面だったのかと思う程、男の表情は見違えるほど血が通っていた。

 少なくとも男にとって広い外の世界で苦しみながら生きることよりも狭く隔絶された箱庭での生きる方が幸福であったようだ。

 衣食住の殆どを光が提供し、それに縋る楽園の住人達。

 小屋で飼育されている家畜かとロウは思った。


「おっと、これから私は飴玉の配給に行かなくてはなりません」


「飴玉の配給?」


「洗礼の際に言われませんでした? 毎日、定時になったり飴玉を貰いに行きなさいと。それがこの楽園のルールって。あれを舐めてると体がフワフワして凄く気持ちがいい。頭の中もスッキリして、解放感が凄いんですよ。本当、病みつきになりますよ。いやぁ、毎日舐めたいですよ」


「あぁ……そうなのか」


 ロウは苦笑いを浮かべる。

 洗礼を受けていないロウは知らなかったルール。

 ルールとして設定させてまで飴玉を摂取させる。

 どんな苦しみも紛らわせ、毎日摂取したいと思う程の中毒性。

 幻覚や幻聴を聞かせるその恐ろしい副作用は薬物によるものとしか考えられない。


「止めた方が……俺は止めない。その権利はない」


「意外だな。無我夢中で止めようとすると思っていたが」


 背後から高圧的な声がロウに向けられる。

 ロウはゆっくりと振り返り、その声の持ち主の男に視線を向ける。


「リヒト。後を付いてくるとは趣味が悪い」


「お前は俺達の敵だ。放っておくわけがないだろう」


 リヒトは右手に拳銃を握り締めるながら、ロウは睨んでいる。


「止めはしない。ここにある幸福はまやかしだけど。己を蝕み、苦しむのなら本末転倒だとは思っている。だけど、嘘でも幻でも、幸福と感じたのならそれは嘘じゃない」


 男を含め、ここの住む人間は幸福を感じている。

 外の世界では世間の圧力や厳しい人間関係、理不尽な悪意によって苦しめられた人間達が集まっている。

 その苦しみから逃れるにはこの楽園に逃げ込むか死を選ぶしかない人間も多々いる。

 後のない人、普通に生きていては幸福を味わえない人にとって例え、心と体を蝕み、先を削るような結果になろうと幸福であることに変わりない。


「誰もお前のような強い人間じゃない。強い人間ってのは死に方を選べる。でも、俺達みたいな弱者は死に方も苦しみ方も選べない。光は……そんな弱者の為に自らの手を汚しているんだ」


 リヒトの言葉がロウの心に突き刺さる。

 以前の世界で弱い人間から真っ先に死んだ。食料を奪い取れず餓死や強者の労働力や性奴隷にされて、消耗品といて捨てられたりとろくでもない死に方ばかり。

 しかし、強者に抗い、殺せるほどの力があれば少なくともロウにように多少は長生きはできる。

 過去の英雄や武将は自ら戦いを選び、戦いの中で誇りを抱きながら死んだり、負けて切腹や自刃を選べる者もいた。無理に戦いに駆り出され、望まぬ死を味わなければならない足軽や兵に比べればマシである。

 光は弱者だった。弱者だったからこそ、男共に性奴隷として扱われ、無残な死を遂げた。

 その苦しみを知っているからこそ、光は楽園を作ったのだろう。

 ふと、光の何気ない言葉を思い出した。

 お兄ちゃんに殺されたい。変な人に殺されるのは嫌なこと。


「終わり良ければ……ってことかよ」


「話が意外とわかるのな。それなら、見逃してくれないか」


 リヒトの険しい顔が若干だが緩む。

 しかし、ロウの答えはリヒトの意にそぐわないものだ。


「それはできない。俺達、転生者はこの世界の癌。転生者によってもたらされた物は、この世界から取り除かないと行けない」


「何も取り除くことが正しいのか!? 誰もが手術に耐えらるわけがないんだぞ! そして、ここの人間が地獄に真っ逆さまに落ちるんだ。人の心があるのなら! 力があるのなら人を救ってみせろよ!」


「わかっているさ。善所はするさ。最大限のさ」


 世界は当然は救う。

 だからと言って少数の人間、それも苦しんでいる人を見捨てていい理由はないことをロウは肝に銘じている。


「信用できない。お前は今まで町の一つや二つを潰してきたんだろ!」


 ロウはリヒトの言葉に何も返すことができなかった。

 事実だったからだ。

 転生者を殺す代償にミルディアスという町とそこに住む人々、キャシーを奪った。

 救う為と体のいい言い訳として楽園の住人を見殺し、犠牲にする人間と見られても仕方のない悪行をロウは被ってきた。

 ただでさえ、光の死が楽園の崩壊と結びついているのだから尚更だろう。


「ここの住人にとってこの楽園が『世界』だ! 世界を守るために楽園を滅ぼさんとする魔獣を討伐してやるよ!」


 リヒトは覚悟を決め、真っすぐロウを睨む。

 そして、右手を空高く上げるとリヒトに頭上に円が現れる。その円から白銀の鎧が落ち、リヒトの体に装着される。


「お前も……転生者か」


「そうだ。そして、お前の最期の相手にする転生者だ!」


 龍を模した白銀の鎧を纏ったリヒトの目の前に身の丈と同じ大きさの大剣が突き刺さる。

 リヒトは大剣を軽々と抜き、剣先をロウに向ける。

 風が鳴く。

 互いに曲がることのない正義を持つ愚者達の無意味な戦いを嘆くかのように。



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