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花冠

 ソフトクリームを食べ終え、ロウ達は最後に観覧車に乗ることにした。

 狭い密室で光はわざわざロウの隣に座り、ぎゅっと密着する。

 ゆっくりと上がっていくと同時に楽園の全体像が見えてくる。

 空を駆ける列車からならさらに高い位置から見えたがあの時はゆっくり見れなかった。

 冷静になって眺める楽園は闇鍋のような国だった。

 中心には綺麗な花畑に囲まれた城というファンタジーに溢れた場所と思えば、少し南下すると都会らしいごちゃごちゃしたストリート。西には西部劇に登場する建物が並んでいる。

 一つの国に様々な特色を持つ地域が点在する様子はさながら映画のセットのようで現実味を薄れさせる。


「ここの眺め、凄くいいでしょ」


「あぁ……」


 ロウは外を眺める光を見つめる。

 外の景色もこの中もまるで夢のようであった。

 だが、今まで遊園地内を光と共に歩いて、触れて、その感覚は紛れもなく本物であった。


「この国を……光が作ったのか」


「そう。私の能力でね」


 すると、光は掌を差し出す。すると、掌の上に粒子が集まり、やがて固まって小さなぬいぐるみに変化する。


「自分が望むものを創り出す。かっこよく言えば『創造』の能力」


「創造……」


 ロウは腑に落ちないと感じていた。

 光に創造という力は似合わないと思っているからだ。

 確かに女性は子を生むということから、あながち創造というのは本質なのかもしれないが。


「エーテル様は願いに応じて、力を与えてくれるの」


「何か生み出すことが……光の願いなのか」


「そうなの」


 光はじっとロウの瞳を見つめる。


「私はみんなに幸せになってほしい。そういう世界を作りたかった。だから……」


「光……」


 光の純粋な願い。

 前の世界は誰も幸せではなかった。善人だろうと悪人だろうと誰もが苦しんでいた。

 人であればあるほど生きることが難しく、悪魔になればなるほど生き残れるが、決して快いものではない。

 だからこそ、人が人としての幸福を得られる世界を作る。その当たり前を作る為に光は力を望んだ。


「成長したな」


 ロウは光の頭をクシャクシャと撫でる。

 見られるはすがなかった光の成長を見られたことに涙を流しそうになるほど嬉しかった。


「作れるさ。光なら」


「本当に!?」


「あぁ。出来なくても俺が手伝うまでさ」


「……ありがとう! お兄ちゃん!」


 ロウの言葉を聞いて、光は涙を流す程喜ぶ。

 観覧車は最高地点に達していた。


◇◇◇


「とても……美しい場所だ」


 花の甘い匂いが鼻孔をくすぐる。

 深呼吸をして、甘美な匂いを胸一杯に味わう。

 目の前に広がるのは様々な種類の花が咲き乱れる花畑。

 花畑の中では国民達が美しい花に寄り添い、美しさを楽しんできたいる。


「ここは私が一番好きな場所なの」


 眼下に広がる絵画のように色彩豊かな花畑を眺める。

 風によって花弁が舞い、花に負けず劣らず美しい美しい色の蝶が飛び回るその景色はまさに楽園に相応しい。


「私達の世界って殆どの植物がなかったでしょ。だから……」


 ロウもこの世界に来た時、緑豊かな景色に感動した。

 自然が滅んだ世界は茶色や灰色といった濁った色しか存在しなかった。

 空気は悪く、生命の鼓動は一切感じられない冷たい世界。人間が生まれる何億年も前から存在していた自然すらも滅んだ世界は死に満ちていて、一秒でも生きるのが苦しかった。

 だからこそ、自然が存在する世界に来て、二人は感動したのだ。

 自然があることで人々は当たり前のように農作物を育てることもでき、いい空気も作られる。自然は安らぎも幸福を作り出す。

 自然が存在しなければ人間おろか、生物は生命活動できない。自然なき世界に幸福は存在しない。


「お花は大好き。そこに存在するだけで私達を幸せにしてくれる」


 光はそっと一輪の花に触れる。


「だけど、人は……こんな綺麗なのに邪魔だからって踏み荒らす」


 光の声にロウはゾッと背筋を凍らせる。

 まるで獣の唸り声ののような低い声に明確な怒りを感じた。

 確かにそうだ。人によっては花に何も価値を見い出せず、平気で踏み荒らす者もいる。

 そして、人間の勝手な争い、戦争で花や自然を巻き込み、平気で壊す。

 

「そうだ。だけど、人は花を育むことだってできる。踏み荒らす人もいれば、それを悲しむ人がいて、懸命に育てる人もいる」


 ロウはそっと花に触れる。

 微かな生命の暖かさを感じる。

 人間は愚かな側面を持っている。自分達の欲望の為だけに他種族を滅ぼす事もする。

 だが、反対に他種族を慈しみ、保護することもできる。

 人間はその腕で絞め殺すこともできれば優しく抱くこともできる。


「俺は人間の可能性を信じたい。光もそうだろう?」


「……うん」


 ロウの思いに光は少し間をおいてから同意を示す。


「なぁ、花を摘んでいいか?」


「いいけど……何をするの?」


「色々ね。花、少しばかりいただくよ」


 ロウは花に詫びを入れて、花を数本だけ手折る。

 手折った花を集めて、一本ずつ丁寧に円上に結び、繋げる。

 でき上がったそれを見て、光は瞳を輝かせる。


「これって……」


「花冠。昔、よく作ってたろ?」


 幼い頃、お姫様に憧れていた光。両親にお姫様のようなドレスやアクセサリーをよく強請っていたが、なかなか買って貰えなかった。

 そんな光をせめてでもとロウは花を結んで、花冠をプレゼントして、少しでも願いを叶えてやろうとしていた。


「あの時と違って、今では本当にお姫様になったな。これよりもいい物を冠っていると思うけど……」


「そんなことない!」


 今では本当の王冠でも冠っているだろう。

 それに比べれば花冠なんて、価値の差など天と地だと言いかけるが、速攻で光に否定される。


「私にとってこの世のどんな宝物よりもお兄ちゃんの作ってくれた物、プレゼントしてくれた物の方が余程、価値があるから!」


「それは……製作者冥利に尽きるな」


 最愛の妹に喜ばれて、ロウのこの上なく嬉しかった。


「良かったら……お兄ちゃん。冠らせて」


「もちろんだ」


 ロウは作った花冠を光に冠らせる。

 所詮はただの花冠で大した派手さはない。

 でも、光によく似合っていた。

 花の可憐さと光のどこか今にも壊れそうな儚さが合わさって、芸術的な美しさが生まれていた。


「……ありがとう、お兄ちゃん! ずっと……ずっと大事にするね!」


 風が吹き、光の周囲に花弁が舞う。まるで光の体から花弁が吹き出ているように見えた。

 光は今日一番の眩しい笑顔を浮かべて、喜んだ。

次の話まではこんな感じの話が続きます

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