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異世界放狼記 神ヲ喰ラウ獣  作者: 島下 遊姫
破滅の幕開け
5/88

決意

 村長の家から飛び出してから、一時間以上経っていた。

 ロウは狩るべき敵、魔女カルヴェーラの元へ向かう為に砂利で荒れた山道を歩き続けていた。

 初めての土地ではあったが、元よりロウは土地勘はいい方。それに、カルヴェーラのアジトは山の頂上という比較的わかりやすい場所に構えている為、迷いはしなかった。


「お前、いつまで付いてくる気だ?」


 ロウの後ろには息が上がり、膝に手を置いているエマがいる。

 普通の成人男性でもきつい山道を少女が歩くには厳しいに決まっている。現にエマは疲労困憊であり、額の汗と荒い呼吸、引きつった表情が苦しさを物語っている。


「いつまでってあなたが歩くのを止めるまでよ」


 エマは汗を拭い、無理矢理笑みを浮かべる。

 このまま、歩かせれば疲労でエマが倒れるのも時間の問題。別に勝手に付いてきた人間の面倒を見る義理はないだろう。

 だからといって、ここで見捨てて、野垂れ死んでもらってもロウの良心に後味の悪いものを残す。


「はぁ。もう、疲れた。一度、休むか」


 赤ん坊でもわかるような大根演技を披露し、ロウはその場に座り込む。

 一連の不自然な流れにエマはきょとんと立ち尽くすも、すぐに脚の疲労を感じ、ロウの隣に座り込む。


「あなた、もしかして不器用な人?」


「かもな。そんなことより、何で付いてきた」


 エマの問を適当に流す。

 次にロウはお返しとばかりに付きまとう理由をエマに問う。


「お願いがあるの。子供達を助けて」


 すると、エマは真剣な表情で深々と頭を下げる。

 予想通りの答えだった。人の宝である子供達を救える存在が現れたのだ。どんな無礼を働いても力を貸して欲しいに決まっている。


「さっき、村長にも言われて断ったんだが」


「私達の村は狭いから……村全体が家みたいな感じなの。だから、みんな家族みたいに繋がりが強いの。私だって村長とか色んな人に我が子のように愛されているつもり」


「自分で言うのか。……羨ましいな」


 エマは照れくさそうに笑う。

 村特有の人間関係だろう。狭い世界で生きているからこそ、助け合いやすく、同時に手を取り合って生きなくてはならない。

 一人の繋がりが大きいからその繋がりが失った時の喪失感は大きい。


「だから、村の人達も子供が攫われて……すごく辛いの。後、これは私の勝手なんだけど……連れ去られた子供の中に私の妹がいるの」


 エマの話を聞いた瞬間、ロウの心が揺れる。

 かつて、ロウにも大事な妹がいた。

 だからこそ、妹に何かあった時の焦りと不安は人一倍わかっている。妹や弟というのは命を掛けてでも守らなくてはならない家族だ。

 しかし、同情で命を賭けるなどという浅はかな行動はしたくはなかった。誰かの都合でしか動けないロボットになりたくないからだ。


「……ダメだね。俺に無償で命を賭けろなんて、都合が良すぎる」


「なら、私の命をあげる!」


 エマの言葉にロウは眉を動かす。


「私には今すぐ用意できる程の食料も財産も無い。でも、命なら今すぐに!」


「ふざけるな! 命はお前の一人だけの物じゃない! お前が死んだら妹はどうする!」


 ロウは激怒し、地面を強く殴る。地面はひび割れ、小さなクレータができる。


「だって、妹を助けられるならこんな命!」


「それはお前の自己満足だ! 残された人にとって、命をかけて生かされるというのは重みなんだよ!」


 エマの犠牲の精神をロウは認めない。

 以前の世界でロウは、親友の命懸けの行動により、一命を取り留めたことがあった。

 しかし、ロウの命が救われた代わりに尊い親友の命が犠牲になった。


 自分の胸を鷲掴み、悔しそうに嘆くロウ。

 あの時の喪失感は今でも消えない。体の中から、全てが消え去ったあの感覚が今でも、鮮明に思い出され、ロウの心を苦しめている。


「辛くて、悲しくて! とてつもなく痛い傷を残すんだ! だから、安易に命を賭けるな! 他人の為に命を賭けないでくれ! 自分の命は、自分の為に使え!」


 エマの肩を掴んで、ロウは必死に訴える。


「あなた……」


 冷徹な人間だと思っていたロウが感情的になってまで、引き留め、エマの命を守ろうとしている。そんなものを目の当たりにすれば、言うことを聞かないわけにはいかない。


「わかったわ。命は賭けないわ。なら、私はあなたに何を与えればいい?」


「情報が欲しい。俺はこの世界のことは何も知らないからな」


「この世界を知らない? それじゃあ、あなたは今まで何処にいたの?」


「こことは別の世界だ」


 エマはロウの言っていることが理解できず、固まってしまう。


「俺は別の世界で死んでこの世界に来た転生者だ」


「信じられない」


「……なら、魔女と同じ存在と言えば信じられるか」


「……え?」


 ロウの言葉を聞いた瞬間、エマの全身に雷に打たれたような激しい衝撃が駆け巡る。

 エマにとってカルヴェーラと同じ存在ということは悪。

 しかし、子供達を助けてくれるような人間が悪な筈がない。実はそれは上っ面の嘘で奥底ではドス黒い本性があるのではと疑ってしまう。

 エマの心は信頼と疑惑の狭間で揺れ動き始めた。


「転生者は特異能力を持っている。魔女なら魔法。俺は圧倒的な力」


 ロウの話を聞きながらエマは村での戦闘を思い出す。カルヴェーラは火や魔方陣を発生させていた。一方で、ロウは魔方陣の壁を突き破る程の槍の投擲を行っていた。

 確かに二人のやっていることは常人ではなし得ないことだ。

 ロウの言ってることは恐らく嘘ではない。


「基本的に転生者は己の欲望や野望の為にこの世界の人間を陥れる。俺はそんな転生者を殺す為にここに転生した。だが、理由はどうであれ、カルヴェーラと同じ力を持つ俺は所詮、同じ化物だ」


 ロウの真剣な様子。そして、決意に満ちた瞳を見れば、嘘をついていないことは簡単にわかる。エマはロウの話を理解する。

 しかし、ただ一つだけ理解……否、納得できない部分があった。


「あなたは化物じゃないわよ。だって、転生者を嫌っているのでしょう?」


「同族嫌悪だ」


 ロウはあっさりと答える。

 だが、ロウがそう卑下してもエマにはロウとカルヴェーラが同じ悪の存在には見えなかった。寧ろ、この世界の人間を救う為に戦う姿勢は善でしかない。

 だが、ロウにとって力を持っていることそのものが悪なのだ。力を持つという事実が人々を脅かす。

 それならばカルヴェーラと何も違いはないのだ。


「だったら、どうして私に命を説き伏せたの? どうして、子供達を助けてくれるの? 他の転生者は人々を救うどころか脅かしているのでしょう?」


 エマはロウの手を握り、星のように煌めく瞳で真っ直ぐ見つめる。

 手から全身にゆっくりと人の温かさが伝わる。久しく味わった温もりに、ロウの冷めた心がじんわりと温まる。


「私は貴方を信じる」


 エマの偽りのない言葉が心に染みる。

 前の世界で戦争が始まってから他人から労られたり、心を寄せてくれるようなことは一度もなかった。むしろ、他人は基本的に敵であり、不用意に近づいてくるような人間は騙し討ちを狙っていると疑わなければならなかった。正に、信頼等とは程遠い世界。

 だからこそ、エマの言葉が染みるのだ。心からロウを信じる一言が、ロウの心を溶かすのだ。


「なんか、気が楽になった」


「そのようね。さっきよりも表情が柔らかいわ」


 いつの間にかに浮かんでロウの笑みを見て、エマは安心する。

 初めこそは矛先を向け、敵味方として出会いであった。その時から、ロウはずっと険しい顔つきであった。まるで、他を嫌う狼のようであった。

 そんなロウが恐ろしかった。あの魔女を生身で対抗するロウが化物にしか見えなかった。

 しかし、今は違う認識だ。ロウはれっきとした人だ。人から遠ざかっていたのも自分と他人を守る為。強大な力を持つことに苦悩し、他者の命を尊重する優しい人であった。

 そんな彼を支えねばならないとエマは決意した。

 転生者として、独りでこの世界に来たロウの唯一の繋がり、支えたいと思った。


「さて。そろそろ、行こうか。魔女狩りに」


「うん!」


 ある程度、休めた所で二人は立ち上がり、カルヴェーラの住処に向け、再び歩き始める。

 歩きながらロウは決意する。

 エマの為にもカルヴェーラを倒し、子供達を救う。

 先程のカルヴェーラの戦闘力を考慮すれば、狼鬼の力を使わずとも倒せる可能性がある。そうなれば、誰一人として犠牲者を出さずに済む。

 

「待っていろ、カルヴェーラ」


 人々の幸せと平和を守るため、ロウは戦う決意を再びするのであった。

 


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