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懸念

 ロウ達は先導するパッチワークをについていき、いよいよ楽園に入場する。


「……本当に遊園地みたいだ」


 門をくぐり抜けると広場と巨大なこの世界の地球儀のオブジェクトがお出向えする。そのオブジェクトは噴水になっていて、頂点から水が噴き出て、地球儀を伝って流れている。

 周辺には老若男女達が集まっていて、談笑していたり、読書にふけったりと憩いの場として利用していた。

 一見すれば、平和な日常のワンシーン。しかし、ロウは違和感を抱いた。

 噴水に周囲にいる人々全員が同じ汚れのない真っ白なヨーロッパの民族衣装のような服装に身を包んでいた。

 唯一の違いを指摘するのなら男女でズボンとスカートかどうかだ。それでも男性でもスカートの人や反対に女性でもズボンの人もいる。

 よく耳を傾けるとスカートの男性は一人称が「私」であり、口調も女性らしい。

 恐らく、()()()は体と心の性別が一致していないのだろう。

 それに対して、周囲の人間は特に気にすることなく、普通に接し、受け入れているようだ。


「あら、あなた達! 外の世界から来たのね!」


 噴水のへりに佇んでいた一人の黒髪の美女がロウ達に気づくとスッと立ち上がる。彼女はまるで背中にものさしでも当てているのかと思える程、綺麗な立ち姿。

 すると、噴水の周りでくつろいでいた住民も連なって立ち上がり、ロウ達に体を向ける。

 そして、二ッと笑みを作り、


「ようこそ! 楽園へ!」


 と一切のズレのない言葉と会釈を披露し、ロウ達を歓迎する。

 まるで軍隊--いや、思考と神経が繋がっているかのような規律の高さに皆、感嘆する。


「すごい!」


「ありがとうございます!」


 完璧とも言える歓迎にロウ以外の来園者は満面の笑みを浮かべて喜び、感謝する。


「嫌だな……この感じ」


 確かに完璧と言える一体感は称賛するべきだ。だからこそ違和感がある。

 彼らは軍隊なのか? ロウから見ればただの一般人にしか見えない。

 ただの一般人が同じ楽園に住んでいるだけでここまで連帯感を出せるのか?

 もし、彼女らが軍隊に入隊している、あるいはそれに準ずる規律の厳しいコミュニティに所属しているのならそれはそれで問題だ。

 笑顔が何より恐ろしく見えた。

 確かに作法と言葉では来園者を歓迎しているが、表情からは喜びも妬みどころか感情そのものが一切見えなかった。

 仮面をつけているかのような冷たく、薄っぺらい故に人形かロボットかと疑ってしまうほどだ。

 これが楽園に到達した人々かと思うと気味が悪い。


「さぁ、皆! 先に進もう!」


 住民達から手厚い歓迎を他所にパッチワークは再びを歩み始める。

 ロウ以外の来園者は大手を振って、今行える最大限の礼としばしの別れを惜しむ気持ちを住民に伝え、パッチワークの後を付いていく。

 噴水広場を抜け、そのまま三叉路を真っ直ぐ進むと今度はお店が並ぶ通りに出る。

 通りにはアパレルや飲食店と様々なお店が並んでおり、やはり真っ白な民族衣装風の服に身を包んだ人々が買い物を楽しんでいる。


「おいおい! これは祭りか何かか!」


「うわぁ、すごい! 面白い街並み!」


「この世にこんな場所があったとは!」


 皆、活気のある風景に瞳を輝かせる。

 これからこんな賑やかな場所で、これから生活を送ることを想像すれば、期待を胸に抱くのもうなずける。

 しかし、ロウだけは顔を顰めていた。

 またしても、この通りに見覚えがあったのだ。


「これは……竹下通りか?」


 この通りはかつて、若者の最先端のトレンドが並んでいた東京の原宿の竹下通りに酷似していた。

 ロウは数回だけだが恋人と一緒に原宿でデートをしたことがある。だから、真っ先に思い浮かんだ。

 ただただ愛していた人との数少ない思い出の場所であり、その場所をまた歩けることに少しは幸福を感じていた。

 だが、その幸福以上に無念もあった。

 妹は原宿に憧れを抱いていた。テレビでよく原宿の特集を観る度に高校生になったら友達で原宿で遊びたいとずっと語っていた。

 しかし、その夢が叶う前に核戦争が起きて、原宿どころか世界が崩壊。妹も十五になっても高校生になれないまま命を落とした。


「もう……勘弁してくれ……」


 歩く度に気が滅入る。

 妹の叶えれなかった願いが具現化したような楽園はロウにとっては地獄でしかなかった。

 懸念が一層大きくなり、段々と確信に迫っているような気がして、ナーバスになっていく。

 だが、落ち込むロウとは対照的に来園者のテンションは段々と高まっていく。

 そして、通りを抜けると美しくて可憐な花が咲き誇る花畑。花畑の中心で立派にそびえる城に迎えられ、テンションは最高潮を迎える。


「何だこの立派なお城は!」


「すっげぇ!」


「ここはプリンセス城! 楽園を創造したプリンセスが住むお城だよ!」


 ロウ達の目の前にそびえる西洋風の城――プリンセス城は外壁は汚れのない真っ白、屋根は淡いピンクで塗装されている。

 城というのは戦争における拠点として運用されるもの。

 だが、このプリンセス城には大砲や城壁と言った拠点要素は皆無はなく、それこそテーマパークのメインオブジェや美術的建造物でしかない。


「これから君達には洗礼を受けてもらう為にプリンセスに会ってもらうよ」


 そう言ってパッチワークは花畑の中に開かれた道をロウ達を引き連れ、歩く。

 花特有の甘い匂いがロウの心を僅かであるが癒す。

 約一分程度歩き、城の前に到着する。


「それじゃあ、いよいよ、プリンセス城の中に案内するよ」


 パッチワークが手を上げると重い扉がゆっくりと開く。

 城内からアロマのようないい匂いが流れてくる。頭の中がまるで空気を注入されたようなフワフワとした感覚に襲われる。その感じたことのない感覚にロウは気持ち悪さを覚える。


「この匂い……不快だ」


 眉をしかめ、周りを見る。ロウ以外の人間は誰一人として気持ち悪さを訴えていない。それどころか、気持ち良さそうに目をトロンとしている。


「この匂い……嗅いでいると幸せになれる……」


「俺の鼻が……効きすぎているだけか?」


 ロウの嗅覚は犬並に鋭い。その為、常人にとっては心地よい匂いがロウには過敏すぎて真逆の感じ方をすることがある。


「それじゃあ、城内にレッツゴー!」


 パッチワークは異臭が漂う城内に向かって歩き出す。他の人々も戸惑うことなく、後をついていく。

 正直、ロウは中に入りたくなかった。この匂いを嗅ぎ続けていたら理性が失われ、自分が自分でなくなりそう気がするのだ。

 だが、立ち止まる意味はない。この楽園を統べる存在を見極めない限り、戦いも何も始まらない。

 口と鼻に腕をあて、なるべく匂いを嗅がないようにして、城内へと入る。

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