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楽園

 列車に乗ってから、大体半日が経過した。

 長旅の疲れが溜まっているようでロウを除く乗客は眠っている。

 以前としてロウは窓の外を呆然と眺めている。

 すると、地平線から神々しく輝く太陽が顔を出し、真っ暗だった景色が鮮明になっていく。

 そして、眼下に広がっている景色にロウは思わず目を限界まで見開く。


「な、何だよ! これは!」


 ロウは思わず大声を上げて、驚愕する。

 窓の外に広がる光景は思い出深いものだった。

 高い壁に覆われた敷地。碁盤のように敷地内の至る所には上空からでも確認できるほど花々が咲き乱れている。

 園内をグルリと回るジェットコースターのコースと奥の方でそびえ立つ観覧車であった。

 何より目を引くのが中央で異様な存在感を放っている城であった。西洋風の佇まいにピンクの屋根に一切の汚れのない純白の壁。

 まるで遊園地だ。確かに人によっては「楽園」と呼べる場所である。


「見ろよ! あれ!」


 スーツの男性が窓の外を指差し、まるで子供のように無邪気にはしゃぐ。

 他の乗客も続々と窓の外に目を向け、死んだ魚のような目に光が帯びる。

 貧困や苦しみに喘でいた彼らにとって見たこともない奇々怪々建造物や如何にも明るそうな雰囲気に大きな期待と好奇心を抱くだろう。この世界とは明らかに浮世離れした遊園地はきっと違う生活が待っていると思い込むに違いない。

 彼らにとって現実とは苦しみであり、未知の世界こそ希望なのだ。


「どうして……あの遊園地がこの世界にあるんだ!」


 あまりの衝撃的な景色にロウは激しく動揺し、思わず窓ガラスを拳で殴ってしまう。

 ただの遊園地ならばここまで動揺することはなかった。

 だが、この楽園は過去に家族四人で遊びに行った遊園地と酷似していたのだ。

 妹が大好きだった遊園地。遊びに行く前日は楽しみで仕方なくて、なかなか眠れていなかった。ウサギの着ぐるみに抱き着いたり、キャラメル味のチュロスを食べたり、観覧車に乗って綺麗な夜景も見た。

 ロウにとっては儚くも幸福な思い出だ。


「なぁ、そんなわけがないよな! ないとしてくれよ!」


 しかし、今はただ息苦しい不安を募らせる毒でしかなかった。

 妹も死んだ人間だ。ロウと同じく転生者としてこの世界に存在している可能性はゼロではない。

 生前、妹はある夢を語っていた。過去に遊びに行った遊園地の来場者みたいに誰もが笑顔を浮かべて、平和に手を取り合える世界になって欲しいと。

 その夢が実現したらまさにこの楽園になるのだろう。

 不安に苛まれるロウに早く真実を確かめさせてやると言わんばかりに列車は降下を始める。

 間もなくして機関車は楽園の入口となる駅に到着する。

 列車は完全に停まり、汽笛が鳴ると同時に扉が開く。

 念願の地に早く向かいたいとロウ以外の乗客は我先にと降車する。まるで、早くアトラクションに乗りたくて駆け出す子供のようだ。

 そんな人達とは反対にロウは酷く重い足取りでゆっくりと列車から降りる。


「ここが楽園の入り口……」


 列車からまず目に入ったのは楽園をぐるりと囲む壁と繋がった巨大な石造りの門。

 これもまたロウには見慣れた建造物だ。


「これは……凱旋門か」


 その門はフランスの有名観光名所だったエトワール凱旋門そのままであった。

 四角形のシルエットに真ん中にはアーチ状の通り道。門の壁には天使や彫刻が掘られており、ご丁寧に第二次世界大戦時についた弾痕までも再現されている。

 確信した。この楽園は転生者によって作られた場所だ。

 エトワール凱旋門の完全再現など、元の世界にいた人間にしかできない。


「凱旋門。人は楽園に帰るという意味か……それともただのお洒落か」


「おい、なんだあれは!」


 黒人の男性が門に向かって指さす。

 そこにはウサギの着ぐるみがロウ達の元に迫ってくる。

 全身は様々な色の布でつぎはぎになっていて、目は青と緑のボタンになっている。

 一見愛らしいいマスコットに見えるが、不規則な色合いと成人男性ほどのある背丈と体格が異様な恐怖を醸し出していて、ホラー映画に出てきそうなクリーチャーにも見える。


「ようこそ! 楽園(パラダイス)へ! 僕はパッチワーク! 楽園の案内人だよ!」


 パッチワークと名乗る着ぐるみはポンと手を叩き、可愛らしい声でロウ達を祝福する。


「人型のウサギ!?」


「ウサギが喋るのかよ!?」


 ロウ以外の人間はパッチワークの存在に驚愕していた。

 当選だろう。この世界には着ぐるみなんてものは存在していない。


「さぁ、皆! 僕についてきて! 君達を楽園に向かい入れるよ!」


 すると、パッチワークはくるりと半回転し、楽園に向かってドタドタと歩き始める。

 彼らの反応に気にも留めず、ファンサービス皆無というマスコットとしてあるまじき対応にロウは歪さを感じる。

 確かに着ぐるみに見えるが、片言の台詞に無機質な動作から中に人が入っているようには感じられない。アンドロイドやロボットが中に入っていて、プログラム通りの動きをしているよう見える。

 見た目も言葉も行動も全てが上っ面ばかりで心の底が全く見えない。人を救おうという気概も無ければ騙すといった感情も。

 表情が見えず、変わらないということも相まって異様な恐怖がパッチワークにはあった。

 

「これで私達は……救われる!」


 しかし、ロウ以外は誰もパッチワークの歪さに気づかず、何も疑心と抱かずに付いていく。

 いや、彼らは信じるしか道はないのもあるだろう。ここで後戻りをしたところでまた、苦しい日々に喘ぐだけ。

 ロウの目に彼らがまるで初めに見たぜんまい仕掛けの人形を親と認識してしまったアヒルの子供に映っていた。



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